第一部:銀龍の覚醒 天覧試合(4)
大男の巨体は、ありえない角度で宙を舞っていた。
地響きを立てて突進してきたその勢いを、蓮は殺さなかった。
彼はただ最小限の動きで相手の力の奔流を受け流し、その進路をわずかに逸らしただけだった。
大男は、自らの巨大な質量と運動エネルギーによって、為す術もなく体勢を崩し、盛大に地面へ叩きつけられたのだ。
「……ぐ……が……っ」
何が起きたのか理解できないまま、大男は完全に意識を失っていた。
練兵場は一瞬の静寂の後、これまでのどの試合よりも大きな驚愕と熱狂に包まれた。
力と力のぶつかり合いを期待していた観客たちは、自分たちの目の前で起きた、あまりにも鮮やかで不可解な「柔よく剛を制す」光景に度肝を抜かれたのだ。
「しょ、勝者、イズミ村、蓮!」
審判の声が響き渡る中、蓮は静かに一礼すると、仲間たちの元へ戻った。
「……蓮、お前、《神速》を使わなかったのか?」
勇三郎が驚きを隠せずに尋ねる。
「ああ。あのような相手に、俺の切り札を使うまでもない」
蓮は平然と答えた。
「あれはただの体捌きだ。相手の力を利用したに過ぎん」
だがその瞳の奥には、自らの力がこの大舞台で通用したという確かな手応えと自信が宿っていた。
「へっ、相変わらずスカした野郎だぜ! だがまあ、見事だった!」
仁は悔しさと賞賛が入り混じった顔で、蓮の肩を叩いた。
イズミ村から来た三人の無名な少年たち。
その戦い方は三者三様だったが、彼らが予選の初戦をすべて突破したという事実は、観客たちの間に確かな波紋を広げ始めていた。
彼らが自分たちの勝利の余韻に浸っていた時だった。
別の試合場から、ひときわ大きな歓声が上がった。
四人がそちらへ視線を向けると、一人の青年が対戦相手を派手な魂術で打ち破り、観客に向かって、まるで舞台役者のように芝居がかったお辞儀をしているのが見えた。
その青年は、他の参加者たちとは明らかに雰囲気が違っていた。
日に焼けた肌に、遊ぶように結った髪。着こなしはわざと崩されており、真剣さよりもこの戦いそのものを楽しんでいるかのような、不敵な笑みがその顔に浮かんでいる。
そして何より異彩を放っていたのは、彼の魂獣だった。
それは孔雀に似ていたが、その羽は七色に輝く光の粒子でできており、開くたびに周囲に幻惑的な光の鱗粉を撒き散らしていた。
「……なんだ、あいつは……」
仁が面白くなさそうに呟く。
「……知らん。だが、あの魂術……。光を屈折させ、幻を見せる。極めて高度なものだ。……厄介な相手だな」
蓮が冷静に分析する。
青年は試合に勝ったというのに、すぐに試合場を降りようとしない。
彼は観客席にいる美しい女性たちに次々と手を振り、投げキスを送り始めた。
その軽薄な態度に、会場からは野次と、そして一部の女性たちからの黄色い声援が飛んでいる。
やがて青年は、ふとこちらの四人に気づいた。
そして、その視線はセリナの上でぴたりと止まった。
青年はにやりと人の悪い笑みを浮かべると、セリナに向かってひときわ大きな投げキスを送ってきた。
そのあまりにも不躾な態度に、仁の額に青筋が浮かぶ。
その時、青年の傍らにいた孔雀の魂獣が、まるで主の心を読むかのように七色の羽を優雅に、しかし挑発的に、一度だけ大きく広げてみせた。




