第一部:銀龍の覚醒 天覧試合(3)
女の驚愕に歪んだ顔がそこに現れた。
仁の木刀は、彼女の予測をはるかに超え、その肩を正確に捉えていた。
「ぐっ……!?」
女は信じられないといった顔で後方へ飛び退く。
これまで彼女を翻弄していたはずの速さが、完全に見切られている。
その事実に、女の表情から余裕が消えた。
「……なるほどな」
仁は静かに呟いた。彼の瞳に、もはや焦りの色はない。
(お前の動きは確かに速い。だが、それはただ闇雲に動き回っているだけだ。紅羽の目から見れば、お前の次の動きなんざ、手に取るようにわかる)
仁は、もう女の姿を追っていなかった。
彼の意識は空を舞う相棒と一つになり、その脳裏には、戦場を支配する神の視界が広がっている。
「終わりだ」
仁はそう言うと、今度は自ら踏み込んだ。
女は慌てて横へ跳び、距離を取ろうとする。
だが、その動きはすでに仁の予測のうちだった。
仁の木刀が、まるでそこに女が現れることを知っていたかのように空間を薙いだ。
女の体がくの字に折れ曲がり、土埃を上げて練兵場に転がる。
勝負は決した。
「しょ、勝者、イズミ村、仁!」
審判の声に、それまで仁を嘲笑っていた観客たちが、今度は本物の熱狂に包まれた。
魂術を駆使し、圧倒的な速さの敵を、さらにその上を行く予測で打ち破った――
それこそが彼らの求める、魂術使いの華麗な戦いだった。
「見たかよ、勇三郎!」
仁は仲間たちの元へ駆け寄ると、満面の笑みで胸を張った。
「ああ、見事だった」
勇三郎も素直にその勝利を称えた。
「……無駄な動きが多すぎる。だが、結果だけ見れば悪くない」
蓮の辛辣ながらも、どこか満足げな評価に、仁はさらに得意満面になった。
彼らの勝利は、無名の田舎者たちの快進撃として、観客たちの間に確かな印象を刻みつけていた。
そして次に掲示板に張り出されたのは、その名を誰もが知る男の名だった。
「――第三試合場、イズミ村、蓮!」
「……行くか」
蓮は短くそう言うと、静かに試合場へと向かった。
彼の対戦相手は、仁の時とは対照的だった。
山のような巨躯を持つ、兜を被った大男。
その傍らには、全身が岩石でできた熊の魂獣『岩石熊』が、重々しく鎮座している。
速さの仁とは真逆――絶対的な力と防御の相手。
試合開始の鐘の音が鳴り響く。
大男は魂術を発動させた。
「《剛力装甲》!」
岩石熊の魂力が男の体を包み、その肉体は、まるで岩そのものへと変わったかのようだった。
「小僧!その細い剣で、この俺の体に傷一つつけられるかな!」
男が挑発するように笑う。
蓮は答えない。ただ静かに相手を、そしてその魂術を観察していた。
男が地響きを立てて突進してくる。
誰もが、蓮がその攻撃を神速でかわすと思った。
だが、蓮は動かなかった。
彼は、巨大な岩の拳が自らを粉砕する、その寸前――
ほんの一瞬だけ動いた。
そして、次の瞬間。
大男の巨体は、ありえない角度で宙を舞っていた。




