第一部:銀龍の覚醒 天覧試合(2)
勝負は一瞬だった。
だが、その一瞬は、この会場にいるすべての者の度肝を抜いた。
しんと静まり返った練兵場に、やや間を置いてから、審判の戸惑いに満ちた声が響く。
「しょ、勝者、間原勇三郎!」
その声で観客たちはようやく我に返り、場内は称賛ではなく、どよめきと戸惑いの声に包まれた。
「おい、今のはなんだ?」「魂術も使わずに勝ったぞ」「ただ転ばせただけじゃないか」「あんなの、戦いと呼べるか!」
非難とも取れるざわめきの中、勇三郎はただ黙って一礼すると、仲間たちの元へと戻った。
「お、おい、勇三郎!てめえ、今のは一体なんなんだよ!」
仁が真っ先に駆け寄ってきた。その顔は興奮と混乱でぐちゃぐちゃだった。
「あれは戦いじゃねえ!ただの悪戯じゃねえか!」
「……合理的だ」
仁の言葉を遮ったのは蓮だった。
「最小限の力で最大の結果を得た。魂力の消耗もほぼない。……見事なものだ、勇三郎」
その冷静な分析に、仁はぐっと言葉を詰まらせる。
「ご無事で何よりです、勇三郎様」
セリナの心からの安堵の微笑みが、勇三郎の張り詰めていた心をそっと溶かしてくれた。
その時、再び試合開始を告げる鐘の音が鳴り響いた。
掲示板に、次の組み合わせが張り出される。
「――第二試合場、イズミ村、仁!」
「よし、来た!」
仁の顔つきが変わった。彼は勇三郎の肩を力強く叩くと、不敵な笑みを浮かべた。
「見てろよ、勇三郎!俺が本物の魂術使いの戦いってやつを見せてやる!」
仁が試合場に立つと、対戦相手がしなやかな足取りで姿を現した。
それは細身で、どこか猫を思わせるようなしなやかな動きの女だった。
その口元には、獲物を見つけたかのような残忍な笑みが浮かんでいる。
女の傍らには、一匹のイタチに似た、しかしその爪は剃刀のように鋭い、俊敏そうな魂獣が寄り添っていた。
「あら、今度の相手は元気のいい坊やなのね」
女が舌なめずりをしながら言った。
「あたしの魂獣『鎌鼬』の魂術《真空刃》の前に、その威勢がいつまで持つかしら?」
試合開始の合図と共に、女とその魂獣はまるで陽炎のようにその姿を揺らめかせた。
「なっ!?」
仁が驚く暇もなく、その頬を鋭い痛みが走った。
いつの間にか間合いに入られ、浅く切り裂かれていたのだ。
「遅いわねえ、坊や」
女の嘲るような声が右から聞こえたかと思えば、次の瞬間には左から魂獣の鋭い爪が襲いかかる。
仁は、そのあまりにも変幻自在な動きに完全に翻弄されていた。
彼はがむしゃらに剣を振るうが、その刃はことごとく空を切るだけ。
観客席から笑い声が起きる。
(くそっ……!どこにいるのか、全く読めねえ……!)
焦りが仁の剣筋を鈍らせる。
その時だった。
『仁!落ち着け!』
頭上から、紅羽の鋭くも冷静な魂の思念が飛んできた。
『お前の目で見ようとするな!僕の目で、見ろ!』
仁ははっと我に返った。そうだ、俺は一人じゃない。
彼は一度ぐっと目を閉じ、そして全ての意識を空を舞う相棒と一つにする。
《天眼》。
次の瞬間、彼の脳裏に戦場を真上から見下ろす、もう一つの完璧な視界が広がった。
女と鎌鼬のすべての動きが手に取るようにわかる。
次にどこへ動き、どこから攻撃してくるのか、そのすべてが。
仁はゆっくりと目を開いた。その瞳には、もう焦りの色はない。
彼は誰もいないはずの左の空間へと、渾身の一撃を叩き込んだ。
その一瞬後、そこに女の驚愕に歪んだ顔が現れた。




