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銀龍のテクノ  作者: 銀獅子
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第一部:銀龍の覚醒 世界の掟(1)

猛次郎に腕を引かれ勇三郎はなすすべもなく家路を急いだ。


先程までの喧騒が嘘のように静まり返った村の中を二人は無言で歩く。道すがら出会う村人たちは誰もがぎこちない動きで道を譲り遠巻きにこちらを見つめていた。その視線には昨日までの親愛や尊敬の色はない。ただ得体の知れないものを見るかのような冷たい畏怖と戸惑いだけが浮かんでいた。祭りのために飾られた色とりどりの布が今はまるで不幸を告げる弔いの旗のように見えた。


家の扉を乱暴に閉め猛次郎は勇三郎を囲炉裏の前にどさりと座らせた。その傍らにはいつの間にか戻っていた猛次郎の魂獣灰色の犬ワダンが静かに座っている。賢い目を伏せぴくりとも動かないその姿はまるで石像のようだった。


重い沈黙が部屋を支配する。薪がぱちりと爆ぜる音だけがやけに大きく響いた。


「じっちゃん……あの、俺は……」


何かを言わなければと勇三郎が口を開きかけた時猛次郎がそれを遮るように低く押し殺した声で言った。


「聞け、勇三郎。今から話すことはおとぎ話ではない。この世界を律する絶対の掟だ」


猛次郎はゆっくりと語り始めた。その声はこれまで聞いたこともないほどに重く厳粛だった。


「遥か昔この世界は形もなく混沌の中にあったという。荒れ狂う嵐、焼き尽くす炎、凍てつく氷雪。人々はただ力なきままにその猛威に怯えて暮らすしかなかった。――『龍の創世記』が始まるまでは」


それは勇三郎も幼い頃に寝物語で聞いたことのある創世神話の冒頭だった。


「混沌の中から十柱の偉大なる龍が現れた。光龍、火龍、氷龍……。龍たちはその絶大なる力で混沌を鎮め大地を固め海を分かち天を支えた。そして自らが平らげた土地をそれぞれの領域としそこに生きる人々を守護することを誓ったのだ。我らが住まう『日の国』は光龍様が、『炎の国』は火龍が、『氷の国』は氷龍が。そうして十の国が生まれ今の世界の秩序が形作られた」


猛次郎は一度言葉を切り囲炉裏の炎に揺れる勇三郎の顔を射抜くような鋭い目で見つめた。


「故にこの世界には一つの絶対的な大原則が存在する。それは『天を支える柱は一つ、国を護る龍は一柱』。良いか勇三郎。あの家の柱を見ろ。あの一本があるからこそこの家は崩れずにいられる。もし無理やりもう一本柱を隣にねじ込んだらどうなる? 家は軋み歪みやがては己の重さに耐えきれず崩れ落ちるだろう。国もそれと同じだ」


「龍とは単なる強力な魂獣ではない。国の存在そのものを定義しその安寧を保証する天の柱なのだ。光龍様がおわすからこそこの日の国は日の国として存在できる。他国からの侵略を退け我らは平穏に暮らすことができる。龍とは国の礎であり法であり神そのものなのだ」


勇三郎は息を呑んだ。魂獣が龍であることの重大さを彼はまだ理解していなかった。それは単に「珍しい」「強い」という次元の話ではなかったのだ。


猛次郎の声がさらに低くなる。


「ならばその国に二体目の龍が現れたとしたらどうなると思う?」


「え……?」


「それは祝福などでは断じてない。――国の滅びを告げる最悪の『災い』の兆しだ」


猛次郎の言葉に勇三郎の血の気が引いていくのがわかった。


「考えてもみろ。二体目の龍の出現はすなわちその国が本来戴いている守護龍の力が衰えたか、あるいはその正統性が揺らいでいるというこれ以上ない証左となってしまうのだ。それは国の内外に『この国は脆弱である』と宣言するに等しい」


ワダンがまるで主の言葉に同意するかのように低く喉を鳴らした。


「そうなればどうなるか。隣国の火龍や氷龍が何を考える? 日の国の守りが揺らいだと見れば彼らがこの豊かな土地を黙って見過ごすと思うか? 必ず侵攻の好機と捉えるだろう。国境ではこれまでとは比べ物にならんほどの大規模な紛争が起きる。国は内と外からの圧力で引き裂かれ戦火に呑まれやがては滅びる。だからこそ二体目の龍は『災龍さいりゅう』と呼ばれ発見され次第国の全戦力を以て討伐せねばならんと古来より定められているのだ」


討伐――その一言が雷鳴のように勇三郎の頭に響いた。


自分の足元で不安げに衣の裾を噛んでいるこの温かくて小さな命が国を滅ぼす災い? 討伐されるべき敵?


「そん……な……」

「これが、現実だ」


猛次郎は苦渋に満ちた顔でそう断言した。


「お前が龍を宿したと知れた今この村はもはや安全な場所ではない。いずれ首都から討伐隊が送られてくる。そうなればお前だけでなくこの村に住む全ての者が災いに与した反逆者として断罪されるだろう」


絶望的な現実に勇三郎は言葉を失った。自分のせいで? じっちゃんも、蓮も、仁も、親切にしてくれた村の人たちも、みんな?


そんなことはあってはならない。絶対に。


震える勇三郎の肩を猛次郎のごつごつとした手がしかし力強く掴んだ。


その瞳には絶望の闇の中にあってなお消えぬ闘志の炎が宿っていた。


「じっちゃん……。俺、どうすれば……」


すがるような孫の問いに猛次郎はただ一言覚悟を決めた声で答えた。


「――逃げるのではない。我らから動くのだ。お前の魂の正しさをこの国の天に直接問い質しに行く」

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