第一部:銀龍の覚醒 光都にて(5)
「俺の相棒、『黒炎』だ」
橘と名乗った男の言葉と、目の前に静かに座す圧倒的な存在感の漆黒の虎。
勇三郎たちは自分たちが対峙している男が何者なのか、そして自分たちの運命が全く新しい段階へ進もうとしていることをようやく理解した。
黒炎はただそこにいるだけで部屋の空気を支配し、その青白い鬼火のような両目が四人を順番に見る。それは値踏みする視線ではなく、ただそこに在るものを認識するかのような超越者の静けさだった。
「……さて」
橘が重々しく口を開いた。
「小夜様からお前たちの話は聞いた。東の山の麓から来た、しがない行商人だったか」
その言葉には揶揄する響きはない。だがそれ故に全てを見透かされているという事実が四人の肌を粟立たせた。
もう嘘は通用しないと悟り、勇三郎は覚悟を決めた。彼はゆっくりとしかし深くその場に頭を下げる。
「……お見通しの通り我々は商人などではありません。筆頭武官長様そして小夜様を欺いたこと、心よりお詫び申し上げます」
「頭を上げろ」
橘の静かな声が響く。
「俺が聞きたいのは謝罪ではない。――お前たちの真の目的だ」
その問いに蓮と仁そしてセリナが息を呑んだ。全てを話せばどうなるか。この国で「災龍」を宿す者は討伐対象だ。
だが勇三郎の決意は揺らがなかった。この男は敵ではないと直感が告げていた。
「俺は間原勇三郎、イズミ村の出身です。そしてこの子はテクノ、俺の魂獣です」
勇三郎は元気を取り戻したテクノを仲間たちそして橘の前にハッキリと見せた。成長し王者の気高さを宿した銀色の龍の姿を。
「俺は国そして巫女様を欺くつもりはありません。ですが俺の故郷では国に二柱目の龍が現れることは『災い』とされています。このままではテクノは災龍として討伐されることになり、俺だけでなく家族や村の仲間たちも反逆者として罪に問われるかもしれません」
勇三郎は橘の目をまっすぐに見つめ返した。
「俺たちはそれを確かめるために首都へ来ました。テクノが本当にこの国を滅ぼす災いなのか、それとも……。その真実を光龍の巫女様に直接お伺いしお裁きをいただくために」
彼はもう一度深く頭を下げた。
「お願いします橘様。どうかテクノを殺さないでください。そして我々が巫女様にお会いできるようお力添えをお願いできないでしょうか」
魂からの必死の願いに、仁と蓮そしてセリナがはっと顔を上げた。そうだ、これが彼らの旅の始まりであり全てだった。
「そうだぜ橘の旦那!」
仁がたまらず前に出た。
「こいつは悪い奴じゃねえ!俺たちが保証する!こいつとテクノがいたから俺たちは何度も死線を越えられたんだ!」
「……仁様の言う通りです」
セリナもまた勇気を振り絞りそのか細い声で続けた。
「この方はわたくしのような素性の知れぬ者さえその命を懸けて守ってくださいました。そのようなお方が災いを呼ぶなど決して……」
仲間たちの必死の訴えを橘はただ黙って聞いていた。その表情からは何を考えているのか全く読み取れない。黒炎もまたその青白い瞳でじっとテクノを見つめている。
長い長い沈黙の後、やがて橘はふっと息を吐いた。
「……巫女様は誰にも会われぬ」
その言葉は非情な宣告だった。
「光龍様のご神託が途絶えてより大巫女様は神殿の一番奥で祈りの日々を送っておられる。神官長様ですらお会いすることは叶わん。……ましてやお前たちのような田舎の小僧などが会えるはずもない」
絶望が再び四人の心を覆い尽くそうとしたその時、橘は続けた。
「……だが」
その瞳に初めて鋭い武人としての光が宿った。
「……巫女様に会えずとも道が完全に閉ざされたわけではない。古来よりこの国にはもう一つだけ、己が魂の正しさを天にそして龍に示す方法がある」
橘はゆっくりと立ち上がり、その巨躯が部屋に巨大な影を落とす。彼は道場の中央を指差した。
「――『天覧試合』。光龍様と大巫女様の御前で己が魂と技の全てを懸けて戦い、その頂点に立つ。それこそが言葉よりも雄弁に、お前たちの魂の在り様を証明する唯一の道だ」




