第一部:銀龍の覚醒 光都にて(3)
「――ついて参れ。特別に紹介してやろう。神殿の筆頭武官長様にな」
男の口の端がにやりと歪んだ。
筆頭武官長。神官長ではなく、神殿の武の頂点に立つ者。
それは彼らが望んだ蜘蛛の糸とは全く違う、鋼で作られたかのような硬質で危険な響きを持っていた。
だが彼らに拒否権などない。
「……わかりました。ご案内、お願いします」
勇三郎は覚悟を決めると深く頭を下げた。
男は何も言わず踵を返す。四人は無言でその大きな背中の後を追った。
東門を抜けた先は、表通りの華やかさとは打って変わって、荘厳で静まり返った世界だった。どこまでも続く白い回廊。磨き上げられた床には、自分たちの汚れた姿がぼんやりと映っている。すれ違う神官や巫女たちは、彼らに一瞥もくれず、静かに通り過ぎていく。
その空気は冷たく澄み渡り、彼らの存在そのものが場違いであると、無言のうちに告げているかのようだった。
「……すげえな。じっちゃんの村の社とは、比べ物にならねえ……」
仁が畏怖の念を込めて呟く。
「静かにしろ。一挙手一投足、見られていると思え」
蓮が低い声で警告する。彼の言う通り、回廊の柱の影や、建物の角に立つ神殿兵たちの視線が、針のように突き刺さっていた。
やがて一行は、本殿から離れた一つの巨大な建物へとたどり着いた。そこは道場だった。中からは、鋭い気合と共に、木刀が激しく打ち合う音が、途切れることなく響いてくる。
「ここで、お待ちください」
男はそう言うと、一人で道場の奥へと消えていった。
残された四人を、道場の熱気と、張り詰めた緊張感が包む。
しばらくして男が戻ってきた。
「……筆頭武官長様がお会いになる。こちらへ」
案内されたのは、道場の一番奥にある、板張りの簡素な一室だった。余計な装飾は何一つない。ただ、壁に掛けられた「心技体」という掛け軸だけが、この部屋の主の在り方を、静かに物語っていた。
部屋の中央に、一人の男が、胡座をかいて座っている。
年の頃は四十代半ばだろうか。日に焼けた肌、短く刈り込んだ髪。神官の白い衣ではなく、動きやすい黒い稽古着を身につけている。その体は、岩を削って作ったかのように、無駄なく鍛え上げられていた。
だが、勇三郎が息を呑んだのは、その肉体ではなかった。
男の、魂の光。
これまで出会った誰とも違う。それは、静かだった。
あまりにも静かでまるでそこに存在しないかのように、凪いでいる。だが、その静けさの奥には一度荒れ狂えば全てを飲み込むであろう底なしの力が眠っている。
(……化け物だ……)
ザグラムとはまた違う種類の、絶対的な強者の気配。 男はゆっくりとその閉じていた瞼を開いた。
その瞳はまるで古井戸の底のように深く、そして何もかもを見透かしているかのようだった。
「……お前たちが、小夜様が気にかけておられるという、旅の者か」
その声は低くそしてよく響いた。
「は、はい!遥か東の山から……」 勇三郎が用意していた口上を述べようとした、その時。
男はそれを手のひらを向けて制した。
「……茶番は良い」
その一言で勇三郎の背筋を冷たい汗が伝った。
男の視線がゆっくりと四人を一人一人舐めるように見た。
仁の隠しきれない闘争心。 蓮の冷静な観察眼。 セリナの気高くも怯えた魂の揺らぎ。
そして最後に男の視線は、勇三郎の懐――そこに隠れる、テクノの上でぴたりと止まった。
男の凪いでいたはずの瞳がほんのわずかに細められる。
「……なるほどな。面白いものを連れている」
男はそう言うとおもむろに立ち上がった。
そして勇三郎の目の前まで歩み寄る。 その距離わずか一歩。手を伸ばせば届く距離。
勇三郎の心臓が大きく脈打った。
男は勇三郎に何を問うのか。何を求めるのか。
だが、男が口にした言葉は、彼の全ての予測を裏切るものだった。
男は勇三郎のそしてその腕の中のテクノの魂の奥底を覗き込むようにじっと見つめると、静かにそしてはっきりとこう言った。
「――お前の魂獣、腹が減っているのではないか?」




