第一部:銀龍の覚醒 首都への潜入(2)
「それはこれから作るんだよ」
勇三郎の悪戯っぽい笑顔に、仁と蓮、そしてセリナは呆気にとられた。
「作るって何をどうやってだよ」
仁が尚も食い下がる。金もなければまともな道具もない。この状況から商人になるなどまるで夢物語だ。
「まずは身なりからだ」
勇三郎は落ち着き払って言った。まるで前世で実現不可能な企画を通すための発表を始めた時のように、彼の頭脳は冷静に回転していた。
「俺たちの服はボロボロすぎる。これじゃあ商人どころかただの難民だ。幸い布自体はまだ使える。これを染め直すんだ」
「染める?」
「ああ。この森にある木の実や木の皮を使えば色くらいは作れる。全員の服を旅の一座が着るような統一感のある暗い色に染めれば、多少の綻びは目立たなくなるはずだ」
彼はセリナへと向き直った。
「そしてセリナ。君のその美しい銀髪も一時的に色を変えさせてもらう。この森に生えている『クルミの木』の皮を煮詰めれば、髪を傷めずに黒に近い色に染められるはずだ」
それは勇三郎の前世の、それもほとんど役にも立たないと思っていた雑学の知識だった。だがこの世界ではそれが彼らの運命を左右する最高の知恵となり得た。
「次に商品だ」
勇三郎は近くに生えていたしなやかで光沢のある黒い蔓を指差した。
「この蔓とこの辺りに落ちている鳥の綺麗な羽根、それから色のついた小石。これらを使って腕飾りやお守りのような小さな細工物を作る。――『遥か東の山の民に伝わる幸運を呼ぶお守り』。そんな物語をつけて売るんだ」
その奇想天外でしかし妙に具体的な計画に、三人はただ言葉を失って聞き入っていた。
蓮が最初にその沈黙を破った。
「……なるほどな。確かにそれならば元手は要らない。それに、見慣れない細工物は首都の人間にとってはかえって物珍しく価値があるように見えるかもしれない。……だがうまくいく保証はどこにもないぞ」
「ああ。だが森を彷徨って犬死にするよりは、ずっといい」
勇三郎の言葉に蓮はふっと息を吐くように笑った。
「よし!なんだか面白くなってきたぜ!」
仁が完全にその気になって叫んだ。
「俺そういうちまちました作業得意だぜ!任せとけ!」
『キィ!』(綺麗な羽根なら僕が見つけてきてやる!)
紅羽が主の言葉に応えるように空高く舞い上がった。
こうして四人の奇妙な「商売準備」が始まった。
仁は持ち前の器用さで勇三郎が教えた通りの蔓の編み方をすぐに習得した。蓮はその冷静な分析力で最も効率の良い材料の収集ルートを見つけ出し蒼と共に森を駆け回る。セリナはフィーナと共に飾り付けに使う美しい色の小石や苔を集めて回った。
そして勇三郎はセリナの髪を染める準備をしていた。
煮詰めたクルミの木の皮はどろりとした黒い液体になった。
「……少し匂いがきついかもしれない。我慢してくれ」
「……はい」
セリナは覚悟を決めたように目を閉じた。
勇三郎はその雪のように白い銀の髪にそっと黒い液体を塗り込んでいく。王女の気高く美しい髪が泥のような色に染まっていく。その光景はどこか神聖な儀式のようでもあり、抗いがたい運命に身を任せる悲しい儀式のようでもあった。
その時勇三郎の腕の中でずっと静かだったテクノがもぞりと動いた。
『……なんだかこの匂い好きじゃない……。セリナが悲しい匂いになる……』
その純粋な思念にセリナの瞳から一筋涙がこぼれ落ちた。
「……ありがとうテクノ様。でも大丈夫ですわ。これはわたくしたちが生きるための戦いの色ですから」
やがて準備は整った。
彼らの服は森の草木で染められ落ち着いた深緑色に統一されていた。セリナの髪は見事なまでに艶やかな黒髪へと姿を変え、深く頭巾を被ればもはや誰も彼女が異国の王女であるとは気づかないだろう。
そして彼らの手には十数個の素朴だがどこか不思議な魅力を放つ蔓の腕飾りが握られていた。
四人は生まれ変わった自分たちの姿を互いに見つめ合った。そして誰からともなく笑い出した。
それは絶望の淵から這い上がった仲間たちの力強い鬨の声のようだった。
彼らはボロボロの難民でも孤独な逃亡者でもない。
遥か東の国から夢を抱いて首都へとやってきた若き四人の商人一座。
その新たな役割を胸に彼らはついに首都へと続く街道へとその第一歩を踏み出した。
彼らの前には巨大な城壁と厳しい衛兵の目が待ち構えている。
彼らの一世一代の大芝居の幕が今上がろうとしていた。




