第一部:銀龍の覚醒 忘れられた庭(3)
「だってわたくしには――魂獣がおりませんから」
ルナの衝撃的な告白は、しんと静まり返った家の中に奇妙なほどあっさりと響いた。
だがその言葉が持つ意味はあまりにも重かった。
魂獣がいない。それはこの世界において人が人であるための最も根源的な定義からの逸脱を意味する。
「……何を言っている?」
最初にその沈黙を破ったのは蓮だった。彼の声は珍しく冷静さを失いわずかに震えていた。
「魂獣がいない人間などいるはずがない。十五の歳を迎え魂を持つ者であれば必ずその魂は形を成す。それがこの世界の絶対の理だ」
「ええ、そうですわね。あなた方の世界では」
ルナはこくりと頷いた。その金色の瞳には何の感情も浮かんでいない。
「ですがわたくしはあなた方の世界の理の外におりますから。わたくしはこの庭と共にあるもの。この庭が生まれた時からここにこうしておりました。わたくしには祝うべき十五の誕生日も魂を形作るための過去もありませんでしたので」
そのあまりにも淡々とした口調は、彼女が自分を人間とは違う何か全く別の存在として認識していることを物語っていた。
「じゃあ、あんた一体何なんだよ……?」
仁が思わず後ずさる。彼の肩の上で紅羽がこれまでにないほどの強い警戒心をむき出しにしてルナを睨みつけていた。魂を持つ者と持たざる者、その本能的な断絶。
「わたくしはルナ。ただの番人ですわ」
ルナはそう言うと、勇三郎の腕の中で静かに眠るテクノへとその視線を向けた。
「その銀色の子がわたくしを呼び覚ました。……いいえ違うかしら。その子がこの庭に落ちてきたからわたくしはあなた方を見つけることができた。……この庭は懐かしい匂いのするものを決して見逃しはしませんから」
その言葉に勇三郎ははっとした。
(世界の理の外……。遺跡もそうだった。そしてテクノも……。この子はこの世界に俺と同じように外から来た異物なんだ)
「……ルナ。君は俺たちがここから出る方法を知っているのか?」
勇三郎が問いかける。
「炎の国の追手がすぐそこまで迫っている。俺たちには時間がないんだ」
その切実な訴えにルナは少しだけその金色の瞳を伏せた。
「……ええ、存じております。この庭は世界の隙間。ですが時折あなた方の世界と道が繋がることがありますわ。その道を通ればあるいは……」
「本当か!」
仁が身を乗り出す。
「ですが」とルナは続けた。
「その道はとても不安定。そしてあなた方がどこへ出るのかはわたくしにもわかりません。……もしかしたら炎の国の軍の真っただ中かもしれない」
その言葉に希望に輝きかけた四人の顔が再び絶望の色に染まる。
それはあまりにも危険な賭けだった。
だが彼らに他の選択肢はもうない。
「……それでも行くしかない」
蓮が覚悟を決めた低い声で言った。
「ここに留まっても待つのは緩やかな死だけだ。ならば俺はその万に一つの可能性に賭ける」
蓮の決意に全員が力強く頷いた。
ルナはそんな彼らの姿をどこか眩しいものを見るような、そしてどこか羨むような複雑な表情で見つめていた。
「……わかりました。ならばご案内いたしましょう。――『月の道』へ」
ルナは静かに立ち上がると家の奥にある一枚の古いタペストリーをゆっくりと捲り上げた。
その下にあったのは壁ではなかった。
そこに広がっていたのはまるで夜空そのものを切り取って嵌め込んだかのような、星々がきらめく漆黒の空間。
そしてその空間の遥か彼方に一つの青白い光の出口が確かに見えていた。
「さあ、お行きなさいな。勇敢な星の涙の子と、その仲間たち」
ルナはふわりと微笑んだ。
「あなた方の物語がどうか悲劇で終わりませんように」




