第一部:銀龍の覚醒 忘れられた庭(1)
「――この、『忘れられた庭』の、最後の番人ですわ」
ルナと名乗った少女の静かな言葉が、薬草の香る不思議な家の中にゆっくりと、そして重く響き渡った。
忘れられた庭。最後の番人。
そのおとぎ話のような言葉の意味を、勇三郎とセリナはすぐには理解できなかった。
「……忘れられた、庭……?」
セリナがかすれた声で問い返す。
「ここは一体何なのですか?わたくしたちは、嘆きの山脈の霧深い谷底に落ちたはず……」
その問いに、ルナはふふ、とどこか寂しげに微笑んだ。
「ええ、その通りですわ。あなた方は確かに嘆きの山脈から落ちてこられました。ですが、この庭は嘆きの山脈にはありません」
「……どういう意味だ?」
勇三郎の鋭い問いかけに、ルナはゆっくりと薬草を煎じるための鍋に水を注ぎながら語り始めた。
「この『忘れられた庭』は言うなれば世界の隙間。地図のどこにも載っていない、時の流れから忘れ去られた小さな小さな箱庭ですの」
そのあまりにも非現実的な説明に、勇三郎の脳裏にはあの遺跡で見た光景が鮮明に蘇っていた。
プロジェクト・アーク。方舟。揺りかご。
この少女が言う「箱庭」は、それらと何か関係があるのではないか。
「……なぜそんな場所に、君が一人で?」
「さあ、なぜでしょうね」
ルナは悪戯っぽく片目をつぶった。
「気づいた時には、わたくしはここにおりました。物心ついた時からずっと一人でこの庭を守っております。……それがわたくしの『役割』ですから」
その瞳の奥に宿る何百年という時の重み。彼女は本当にこの場所で途方もない時間をたった一人で過ごしてきたのかもしれない。
その想像を絶する孤独を思い、勇三郎とセリナは言葉を失った。
「さあ、お話はこれくらいに。まずはその傷を癒やさなければ」
ルナは手際よく薬草を煎じると、その湯気の立つ温かい薬湯を二つの木の椀に注いだ。
「お飲みなさいな。少し苦うございますけれど、よく効きますわよ」
勇三郎とセリナは差し出された椀をおそるおそる受け取った。
薬湯からは花の蜜のような甘い香りと、大地のような力強い匂いがした。
一口飲む。
その瞬間、体の芯から温かい力がじんわりと広がっていくのがわかった。疲弊しきった筋肉がほぐれ、魂を削られたことによる鉛のような疲労感が薄らいでいく。
「……これは……」
「すごい……。力が戻ってくる……」
二人は夢中でその薬湯を飲み干した。
『主よ……。この方の力、わたくしたちの知るどの魂術とも違います……。もっと根源的な、生命そのものに働きかけるような……』
フィーナがセリナの心に、畏敬の念を込めた思念を送る。
ルナは満足そうにその光景を眺めていた。そして彼女の視線は再び、勇三郎の腕の中で静かに眠るテクノへと注がれた。
「……その子はまだ目覚めませんか」
「ああ。遺跡で力を使いすぎたみたいで……」
「遺跡……?まあ、あのガラクタのお墓のことですの?」
ルナはこともなげに言った。
「やはり、あなた方はあそこから……。道理で『創造主』様の懐かしい匂いがするわけですわ」
「創造主!?」
勇三郎が思わず声を上げる。
「君は知っているのか!?あの遺跡のこと、そしてこの子のことを!」
その必死の問いかけに、ルナは少しだけ悲しそうな顔をした。
「……わたくしにわかるのは、ほんの少しのことだけ。この庭に流れ着く、世界の夢の断片を垣間見るくらいですわ」
彼女はそっと、テクノの銀色の鱗に指先で触れた。
「……ですが、これだけはわかります。この子はただの龍ではありません。……この子は、星の涙。世界が終わる時に、次の始まりを紡ぐために流された、最初の一滴」
星の涙。
その詩のような言葉の意味を勇三郎が理解できずにいると、ルナはふっと顔を上げた。その星屑を散りばめたような金色の瞳が、家の入り口の方をじっと見つめている。
「……あらあら。どうやら、あなた方のお仲間がお探しのようですわね」
「え?」
その言葉の意味を理解するよりも早く、家の外から聞き覚えのある、やかましくも頼もしい声が響き渡ってきた。
「――おーい!勇三郎ー!セリナー!どこだー!生きてるなら、返事をしろーっ!」




