表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀龍のテクノ  作者: 銀獅子
51/258

第一部:銀龍の覚醒 大空の舞(1)

「――飛べぇぇぇぇっ!」


勇三郎の絶叫が、背後から迫る鉄の足音に掻き消される。

崖から虚空へと踏み出した瞬間、全身を襲ったのは、奈落へと真っ逆さまに引きずり込まれるかのような、凄まじい落下感だった。


「うわああああああああっ!」


仁の、素直すぎる悲鳴が、風の中で木霊する。眼下に広がるのは、どこまでも続く雲海。体が、心臓が、魂そのものが、浮き上がるような、あるいは、無限に落ちていくような、不快な感覚。背中に背負った『風受け傘』が、巨大な風圧を受けて、バタバタと暴れ馬のように荒れ狂う。


(ダメだ!このままじゃ、ただ落ちるだけだ!)


勇三郎は、パニックに陥りそうになる思考を、必死で押さえつけた。前世の記憶が、悲鳴を上げている。これは、安全が保障されたスカイダイビングなどではない。一本の蔓だけが命を繋ぐ、あまりにも、粗末な翼。


(思い出せ!上昇気流を、捕まえるんだ!傘を、ただの抵抗にするな!風を、受け流し、翼に変えるんだ!)


彼は、ハーネスを握りしめ、必死に体の重心を移動させた。傘の角度を、ほんの少しだけ、前に傾ける。

すると、それまでただ落下していた体が、ふわり、と、ほんのわずかに、持ち上げられる感覚があった。風を、捕まえたのだ。


「みんな!傘を、少しだけ、前に傾けろ!風を、下から、受けるんだ!」


勇三郎の、魂からの叫び。

その声に、仲間たちが、はっと我に返る。


「くそっ、こうか!うおっ!」

仁は、持ち前の運動神経で、勇三郎の動きを模倣する。彼の巨体が、ぐらり、と大きく傾いたが、すんでのところで体勢を立て直した。

『仁!もっと、体の力を抜け!風と、喧嘩するな!』

その頭上を、紅羽が、まるで手本を見せるかのように、美しい円を描いて滑空していた。その、滑らかな翼の動きが、仁に、風を支配するための、直感的なヒントを与えてくれる。


「……っ!」

蓮は、誰よりも早く、そして、正確に、その「理屈」を理解していた。彼は、蒼と共に、垂直の崖を駆け上がった時と同じ、絶対的な集中力で、風の流れを読んでいた。体重移動、傘の角度、空気抵抗。その全てを、彼の頭脳は、恐るべき速度で計算し、最適化していく。

『主よ、風が、歌っている。この流れに乗れ、と』

蒼の、静かで、力強い思念が、蓮の覚悟を、さらに、研ぎ澄ませていった。


「きゃあああっ!」

一番、苦戦していたのは、セリナだった。彼女は、体重が軽い分、風の影響を、最も強く受けてしまう。その体は、まるで木の葉のように、くるくると回転し、制御を失いかけていた。

『主!しっかり!わたくしを、信じて!』

フィーナが、主の腕の中で、必死に叫ぶ。そして、彼女は、自分の体を、重り代わりにするように、風下に、その身を乗り出した。その、ほんのわずかなバランスの変化が、セリナの回転を、ぴたり、と止めた。


「……フィーナ……!」

セリナは、相棒の健気な行動に、勇気づけられた。彼女は、涙をぐっと堪え、必死に、勇三郎の教えを守ろうと、その小さな体で、風と、格闘した。


やがて、四つの、いびつな翼は、何度も体勢を崩しながらも、奇跡的に、安定した滑空状態へと移行した。

彼らは、飛んでいた。

翼を持たぬ身で、確かに、嘆きの山脈の、大空を、舞っていたのだ。


眼下には、先程まで自分たちがいた、山の頂が、みるみるうちに、小さくなっていく。そして、そこに、米粒のように群がる、炎の国の兵士たちの姿が見えた。彼らは、空を飛ぶ四つの影を、ただ、呆然と、見上げているだけだった。


「へ、へへ……。見たか、馬鹿どもめ……!」

仁が、勝ち誇ったように、眼下に向かって叫んだ。

その時だった。


『――仁!下だ!空から、来る!』


紅羽の、切迫した警告。

四人が、はっと、下方に視線を向けた。

そこには、炎の国の陣地から、黒い煙を上げながら、何十という、黒い影が、こちらへと向かって、急上昇してくる光景があった。

翼を持つ、トカゲ型の魂獣。空の包囲網だ。

そして、その先頭を飛んでくる、ひときわ巨大な影。


「……ザグラム……!」

蓮が、忌々しげに吐き捨てる。

その背中には、あの、絶対的な絶望の象徴、隊長ザグラムが、地獄の業火をその瞳に宿して、こちらを、睨みつけていた。


束の間の勝利は、終わった。

空という、新たな戦場で、死の鬼ごっこが、今、再び、始まろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ