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銀龍のテクノ  作者: 銀獅子
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第一部:銀龍の覚醒 成人の義(3)

陽が落ち、紺色の夜空に満月が昇るとイズミ村の祭りは最高潮の熱気に包まれた。広場の中央では大きな篝火が赤々と燃え盛りその光が楽しげに行き交う人々の顔を照らしている。


しかし夜が更け午前零時を告げる鐘の音が近づくにつれてその喧騒はゆっくりと静まっていく。村人たちは広場の中央注連縄で囲われた神聖な円を見つめる。その中には今年十五を迎える七人の若者たち――勇三郎、蓮、仁も緊張した面持ちで立っていた。


「いよいよだな……」


仁が興奮を抑えきれない様子で呟く。その隣で蓮は静かに目を閉じ精神を集中させていた。勇三郎もまた高鳴る鼓動を感じながらその瞬間を待っていた。


やがて社の扉を開いた巫女が厳かに口を開く。


「これより『成人の義』を執り行います。若人よ己が魂の声に耳を澄ませなさい。あなたたちの十五年間の生が今形を成すのです」


その言葉を合図に村は完全な静寂に包まれた。


時が満ちる。


最初に変化が訪れたのは蓮だった。


彼の足元からふわりと青白い光の靄が立ち上る。それはまるで風そのものが形を得たかのように彼の体を包み込みそして次の瞬間優雅な輪郭を描き出した。現れたのは夜の闇に映える美しい青毛の馬。そのたてがみは風にそよぎ賢く澄んだ瞳は主となる蓮をじっと見つめている。


「おお……なんと気高い魂獣だ!」


村人たちから感嘆の声が漏れる。蓮は満足げに口元を緩めそっとその美しい馬の首筋を撫でた。


続いて仁の番だった。彼の体からはまるで内なる情熱が爆ぜるかのように真っ赤な光が迸った。光は鋭い軌跡を描いて空へと駆け上り一声甲高い鳴き声を響かせる。光が収まった時そこにいたのは燃えるような赤い羽を持つ一羽の鷹だった。鋭い嘴と爪は何者にも屈しない意志の強さを示している。


「見事だ仁! まさしく剣士の魂獣よ!」


仁は「おう!」と力強く応え誇らしげに空を舞う鷹を見上げた。


他の若者たちも次々とその身に魂獣を宿していく。森熊、川獺、山猫。いずれもこの辺境の地で生きる彼らの魂を体現した力強く頼もしい相棒たちだった。残るは間原家の跡取りである勇三郎ただ一人。


村中の期待が一身に集まるのを感じる。じっちゃんの厳しいながらも誇らしげな視線が背中に突き刺さるようだった。


(頼む……俺のところにも来てくれ)


強くそう願ったその時だった。


世界が軋んだ。


勇三郎の目にだけ異様な光景が映る。


夜空に輝いていた満月と無数の星々がまるで糸の切れた操り人形のようにその光を失い代わりに冷たく無機質な光の線が夜天を格子状に埋め尽くしていく。


星空が巨大な電子基板へと姿を変えていく――前世の記憶の片隅にあるあの光景だ。


「な……んだこれ……?」


周囲の人々にはこの異常が見えていないようだった。彼らはただ勇三郎の体から何の光も発せられないことをいぶかしげに見ているだけだ。


焦りと得体の知れない恐怖が勇三郎を襲う。


(なぜだ? 俺だけ魂獣が現れないのか? 俺の魂は空っぽだとでも言うのか――?)


その絶望が胸をよぎった瞬間電子基板と化した夜空の中心に一点ひときわ強い光が生まれた。それは凄まじい速度で勇三郎の元へと降り注ぎ彼の目の前の空間を激しく歪ませる。


村人たちがようやくその異常事態に気づき悲鳴とも驚愕ともつかない声を上げた。


そして光の渦の中心から静かに何かが姿を現した。


それはトカゲほどの大きさしかない小さな生き物だった。


だがその体は磨き上げられた銀のように輝き頭には二本の小さな角が生え背中には折り畳まれた翼らしきものが見える。


伝説に謳われる最強にして最も神聖な魂獣。


ありえない。この国に二体も存在するはずのない絶対的な存在。


「……龍……だと……?」


誰かがか細く呟いた。


その言葉が引き金となり祝福と期待に満ちていた祭りの空気は一変した。


畏れ、不信、そして根源的な禁忌に触れてしまったかのような冷たい困惑。


その空気の変化を誰よりも早く感じ取ったのは勇三郎ではなかった。


広場の隅で誰よりも誇らしげに孫を見守っていたはずの祖父猛次郎。


彼の顔から血の気が完全に引いていた。


その瞳に宿っていたのは孫への誇りではない。


自らの村が家族がそしてこの国そのものが終わってしまうかもしれないという深い深い絶望の色だった。

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