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銀龍のテクノ  作者: 銀獅子
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第一部:銀龍の覚醒 包囲網を抜けて(2)

轟音と、地響き。

人工的に引き起こされた土石流は、麓の森の一角を、まるで巨大な獣が喰いちぎったかのように、無慈悲に飲み込んでいった。木々は根こそぎ薙ぎ倒され、大地はえぐられ、炎の国の包囲網に、巨大な傷跡が刻み込まれる。


「――今だ!行けぇぇぇっ!」


仁の絶叫を合図に、四人は、その混乱を背に、一斉に、崖の上へと駆け出した。アドレナリンが、疲弊しきった彼らの体を、無理やり突き動かす。もはや、道なき道。手足を使い、岩肌に食らいつき、ただ、上へ、上へと、一心不乱に登っていく。


「くそっ、足場がねえ!」

「仁、右だ!その岩の突起を使え!」

「セリナ様、わたくしの手を!」


仁が力任せに体を押し上げ、蓮が冷静に最短ルートを指示し、勇三郎がセリナの手を引く。その連携は、言葉を交わさずとも、完璧だった。彼らは、もはや、ただの寄せ集めではない。互いの長所と短所を理解し、補い合う、一つの、生き物だった。


だが、彼らの背後、土煙が晴れた、破壊の爪痕の中心で。

一つの、絶望的な影が、立ち上がった。


「……ぐ、……は……っ」


隊長ザグラム。その屈強な体は、ボロボロになりながらも、確かに、立っていた。彼の傍らで、魂獣『溶岩蜥蜴』ボルガが、その巨体を盾にして、主を直撃から守ったのだ。ボルガの、マグマのように赤熱していた鱗は、その輝きを失い、あちこちが砕け散っている。だが、その瞳に宿る、主への忠誠心と、敵への憎悪の炎は、少しも衰えてはいなかった。


「……やって、くれる……」


ザグラムの口から、地獄の底から響くかのような、低い声が漏れた。

「小僧……どもが……っ!」

その顔に浮かんでいた、獲物を弄ぶかのような笑みは、完全に消え失せていた。代わりに、そこにあったのは、自らのプライドを、そして、自らの絶対的な力を、根底から覆されたことに対する、純粋な、そして、底なしの、怒り。


彼は、崖の上へと逃げていく、四つの小さな影を、その地獄の業火を宿した瞳で、睨みつけた。

「……逃がさん」

彼は、もはや、部下たちに指示を出すことさえしなかった。

「ボルガ!奴らを、追うぞ!」


ザグラムの檄に応え、ボルガが、咆哮を上げた。それは、傷ついた獣の、痛みに満ちた、しかし、それ故に、どこまでも凶暴な、魂の叫びだった。

次の瞬間、ボルガは、その巨大な四肢の爪を、崖の岩肌へと、深々と突き立てた。そして、信じられないほどの力で、ほとんど垂直な崖を、凄まじい速度で、登り始めたのだ。


「――まずい!追ってくる!」


上空から、紅羽の、悲鳴のような思念が、仁の脳裏に突き刺さる。

振り返った仁の目に、信じがたい光景が映った。巨大な蜥蜴が、まるで地面を這うかのように、崖を駆け上がってくる。その背中には、鬼の形相をした、ザグラムの姿。


「嘘だろ!?なんで、生きてやがるんだ!」

仁の絶叫に、全員が、戦慄した。

奇策は、確かに、成功したはずだった。だが、それは、絶対的な絶望を、ほんの少しだけ、先延ばしにしたに過ぎなかった。


ザグラムとボルガの速度は、彼らの比ではない。距離は、見る見るうちに縮まっていく。

「セリナ!氷だ!奴らの足元を凍らせろ!」

蓮が叫ぶ。

「は、はい!フィーナ!」


セリナが、必死に《氷結の囁き》を発動させるが、崖の斜面では、安定した足場も、凍らせるための水分も、ほとんどない。彼女の作り出した、か細い氷の膜は、ボルガの灼熱の体温の前に、触れる前に蒸発し、何の役にも立たなかった。


「くそっ!このままじゃ、追いつかれる!」


万策、尽きたか。

誰もが、そう、諦めかけた、その時だった。


「……違う……」

勇三郎が、ぜえぜえと息をしながら、呟いた。

「奴の動き……。速いが、直線的すぎる。そして、あの爪……。岩を掴むためだけに、特化している。……あれは、細かな動きが、できないはずだ」


勇三郎の脳裏で、何かが、繋がり始めていた。遺跡での、あの機械兵士との戦い。テクノの、魂の干渉。そして、前世の、ごくありふれた知識。


(そうだ……生物の、本能……。どんなに強くても、魂獣は、生き物だ。なら……!)


勇三郎は、腕の中で、ようやく意識を取り戻しつつあった、テクノに、最後の望みを託して、語りかけた。

(テクノ……!聞こえるか!?力を、貸してくれ!ほんの少しでいい!俺の『声』を、あいつに、届けるんだ!)


テクノの、瑠璃色の瞳が、弱々しく、勇三郎を見つめ返す。そして、こくり、と頷いた。

勇三郎は、崖の下、猛追してくる、ボルガの巨大な頭部を、まっすぐに見据えた。

そして、彼は、魂術でも、理屈でもない、ただ、一つの、純粋な「イメージ」を、テクノを通じて、ボルガの魂へと、叩きつけた。


それは、映像だった。

上空から、巨大な、黒い影が、凄まじい速度で、降ってくる。

それは、ボルガの、魂の奥底に刻み込まれた、天敵の記憶。――龍の、姿。


『――グルルッ!?』


ボルガの動きが、ほんの一瞬、確かに、止まった。その巨大な瞳が、恐怖と、混乱に、揺れる。本能が、存在しないはずの、天敵の影に、怯えているのだ。

そして、そのコンマ数秒の硬直が、決定的な、隙となった。


ボルガが、その巨体で、強く、しがみついていた、一つの、古い岩。

その岩が、主の、ほんの僅かな動揺によって、バランスを崩し――メシリ、と、嫌な音を立てて、崩れ落ちた。


「なっ!?お、おい、ボルガ!しっかりしろ!」


ザグラムの怒声も、虚しく響く。

足場を失ったボルガとザグラムは、為すすべもなく、崖の下へと、滑り落ちていった。


だが、それは、彼らを倒したわけではない。

遠く、崖の下から、ザグラムの、地獄の底から響くかのような、怒りに満ちた、咆哮が聞こえてくる。

彼らは、ほんの僅かな時間を、稼いだだけ。

そして、その代償として、テクノは、再び、ぐったりと、その意識を、手放していた。

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