第一部:銀龍の覚醒 忘れられた遺跡(5)
意識が、ゆっくりと浮上してくる。
最初に感じたのは、鼻腔を突く、金属が焼けたような、オゾンの匂いだった。次に、完全な静寂。あれほど広間を埋め尽くしていた、無慈悲な機械の足音は、嘘のように消え失せている。
勇三郎は、恐る恐る、その瞼を開いた。
目の前に広がっていたのは、先程と何一つ変わらない、静まり返った広間だった。だが、あれほどいた機械兵士たちの姿は、どこにもない。まるで、悪夢でも見ていたかのように、その痕跡さえ、消え去っていた。
「……い、生きて……る……?」
隣で、仁が、か細い声を漏らしながら、ゆっくりと身を起こした。彼の顔には、安堵よりも、目の前で起きたことが理解できないという、純粋な混乱の色だけが浮かんでいる。
「……一体、何が起きたんだ……?あの機械どもは、どこへ……?」
蓮もまた、短刀を構えたまま、鋭い視線で周囲を警戒していた。だが、彼の瞳にも、わずかな動揺が走っている。彼の、常に冷静な思考をもってしても、この現象は、あまりにも常軌を逸していた。
セリナも、フィーナを強く抱きしめたまま、呆然と、光を放っていたはずの、今は沈黙したままの台座を見つめている。
彼らは、ただ、光に呑まれただけ。
だが、勇三郎だけは、違った。
(プロジェクト・アーク……方舟……)
あの、無機質な「声」。そして、意識が途切れる寸前に見た、鮮烈なビジョン。
星々の間を進む、巨大な銀龍。その背中に繋がれた、無数のカプセル。そして、彼が見つめていた、青く美しい故郷――地球。
断片的な情報が、彼の頭の中で、意味をなさないまま、渦を巻いていた。ここは、何なのか。俺は、誰なのか。この世界は、一体――。
「……テクノ!」
勇三郎は、はっと我に返り、腕の中の相棒を見下ろした。
テクノは、その瑠璃色の瞳をぱちくりとさせながら、きょとんとした顔で、勇三郎を見上げていた。その体は、もう冷たくない。確かな、力強い生命の温もりが、そこにあった。
「テクノ、お前、さっきのこと、覚えてるか!?『揺りかご』とか、『箱舟』とか……。あと、あの、巨大な龍のビジョンは……」
勇三郎が、必死に問いかける。
だが、テクノは、その小さな頭を、こてん、と傾げるだけだった。
『……?……ゆうざぶろう、どうしたの?僕、なんだか、すごく、気持ちのいい夢を、見てた気がする……。大きくて、キラキラした、優しい龍の夢……』
その、あまりにも無邪気な思念に、勇三郎は、言葉を失った。覚えていない。いや、あまりにも巨大すぎる情報を前に、この子の幼い魂が、それを処理しきれていないのだ。
テクノの力の秘密は、まだ、深い霧の向こう側にある。
「……ともかく、今は、ここを出るのが先決だ」
蓮が、厳しい声で、場の空気を引き締めた。
「あの機械兵士たちが、いつまた現れるかわからん。それに、我々には、時間がない」
その言葉に、全員が、はっと、本来の目的を思い出した。首都へ。そして、追手から、逃げなければ。
彼らが、広間の中央にある、黒曜石の台座に目をやると、それは、まるで最初から何もなかったかのように、完全に沈黙し、ただの石の塊へと戻っていた。
そして、彼らが振り返った先、閉ざされていたはずの入り口は、いつの間にか、再び、闇へと続く通路を、その口を開けていた。
まるで、この遺跡が、彼らに「役目は終わった。さあ、行け」とでも、告げているかのようだった。
四人は、互いの顔を見合わせた。言葉は、もういらない。
彼らは、この不可解で、そして、世界の根源に関わる秘密を胸に秘めたまま、再び、外の世界へと、その足を踏み出した。
遺跡の外の空気は、驚くほど、新鮮で、そして、生命の匂いに満ちていた。
太陽の光が、こんなにも温かく、風の音が、こんなにも優しいものだったとは。
四人が、生還の安堵に、思わず、深い息を吐いた、まさに、その時だった。
上空を偵察させていた紅羽が、これまでにないほど、鋭く、そして、切迫した警告の鳴き声を、二度、三度と、響かせた。
『仁!まずい!麓の森、その先だ!炎の国の旗が見える!奴ら、もう、この山を、完全に包囲するつもりだ!』




