第一部:銀龍の覚醒 忘れられた遺跡(1)
ゴゴゴゴ……という、地響きにも似た重い音を立てて、石造りの扉は、深淵の闇を完全に露わにした。その闇の奥から、ひやり、とした空気が流れ出してくる。それは、洞穴や夜の森の冷たさとは全く異質の、まるで生き物の体温という概念そのものが存在しないかのような、無機質で、人工的な冷気だった。
「……なんだよ、これ……」
仁が、目の前の光景を信じられないといった様子で、かすれた声を漏らした。他の三人も、言葉を失ったまま、その不気味な入り口から目を離すことができない。
「……蓮。どう思う?」
勇三郎が、かろうじて声を絞り出す。
「……わからない。千年以上前の、失われた時代の遺跡か……あるいは、我々が知る、どの文明にも属さない、全くの『異物』か。……いずれにせよ、尋常な場所ではないことだけは、確かだ」
蓮の分析は、いつも通り冷静だったが、その声には、未知のものに対する、抑えきれない緊張が滲んでいた。
『主よ、戻りましょう。ここには、わたくしたちにとって、あまりに危険な何かが眠っております』
セリナの腕の中で、フィーナが、恐怖に震えながら訴える。普通の判断ならば、即座にこの場を立ち去るべきだろう。
だが、彼らは、動けなかった。
いや、一人だけ、動いている者がいた。
「……テクノ?」
勇三郎の腕の中から、テクノが、するりと抜け出した。そして、彼は、恐怖を示すどころか、まるで、懐かしい故郷に帰ってきた子供のように、好奇心に満ちた瑠璃色の瞳を輝かせ、よたよたと、その闇の中へと歩き始めたのだ。
『……こっち……。呼ばれてる、気がする……』
その、無邪気な思念に、勇三郎は、はっと我に返った。
そうだ。この遺跡は、テクノと、そして、テクノを創り出した、あの巨大な銀龍と、深く関わっている。ならば、ここには……。
「……行ってみよう」
勇三郎の呟きに、仲間たちが、驚いて彼を振り返る。
「正気か、勇三郎!」
蓮が、厳しい声を上げた。
「我々には、時間がないんだぞ!首都へ急がなければ、セリナ殿の国も、そして、お前の村も、手遅れになるかもしれんのだ!こんな、気味の悪い遺跡に、構っている暇など……」
蓮の言うことは、正論だった。完全に、正しい。
だが、勇三郎は、静かに首を振った。
「わかってる。わかってるんだ、蓮。でも、考えろ。このまま首都へ向かって、もし、またザグラムのような奴らに襲われたら?俺の、このよくわからない力は、テクノが本調子じゃなければ、まともに使えない。あの子の力のことを、俺は何も知らないんだ。このままじゃ、俺たちは、また、誰かの犠牲の上で、かろうじて生き延びることしかできない」
勇三郎は、仲間たちの顔を、一人一人、真剣な目で見つめた。
「この遺跡は、テクノを呼んでいる。なら、ここには、あの子の力の秘密や、あの子を元気にするための手がかりが、あるのかもしれない。……これは、寄り道じゃない。俺たちが、これからを生き抜くために、必要なことだと思うんだ」
その、悲痛なまでの訴え。
仁と蓮は、顔を見合わせた。そして、ふっと、諦めたように、しかし、覚悟を決めたように、笑った。
「……へっ。お前がそう言うなら、仕方ねえな。付き合ってやるよ、どこまでも」
「……全くだ。お前のその『理屈』とやらは、どうにも、無視できない切り札だからな」
セリナもまた、フィーナを強く抱きしめ、決意の瞳で、力強く頷いた。
四人は、互いの覚悟を確かめ合うと、テクノの後を追い、未知なる遺跡の、その闇の中へと、ついに、その第一歩を踏み出した。
遺跡の内部は、彼らの想像を、完全に超越していた。
壁も、床も、天井も、全てが、継ぎ目のない、滑らかな、金属とも石ともつかない、不思議な素材でできていた。そして、その表面には、無数の、淡い光の線が、まるで血管のように、複雑な幾何学模様を描きながら、明滅を繰り返している。
「……なんだ、ここは……。まるで、巨大な生き物の、腹の中みたいだ……」
仁が、呆然と呟く。
「いや、違う」と、勇三郎は、内心で否定した。
(これは……サーバー、だ。前世で見た、データセンターの内部構造に、酷似している……)
空気が、ひどく乾燥していて、埃一つない。数千年、あるいは、それ以上の時が経っているはずなのに、一切の劣化が見られない。まるで、昨日作られたかのように。
一行が、慎重に奥へと進んでいくと、やがて、広大な、円形の広間へとたどり着いた。
その部屋は、ドーム状の天井になっており、天井全体が、まるでプラネタリウムのように、無数の光の点を、ゆっくりと動かしていた。
そして、その広間の中央には、黒曜石で作られたかのような、巨大な円形の台座が、静かに鎮座していた。
テクノは、誰に促されるでもなく、その台座へと、一直線に向かっていく。
そして、彼が、その小さな前脚で、台座の表面に、そっと触れた、その瞬間。
ウィィィン……という、静かな起動音と共に、台座が、淡い光を放ち始めた。
そして、その中央から、青白い光の柱が、天へと向かって伸び、ドーム状の天井に、立体的な、巨大な星の地図を映し出した。
それは、彼らが知る、どの星座とも違う、異質な星の配置だった。
いくつかの惑星が、中心にある、燃えるような恒星の周りを、正確な軌道で周回している。美しい輪を持つ、巨大なガス惑星。赤い、錆びついたような惑星。そして――
ひときわ、目を引く、青く、そして、白い雲を纏った、美しい惑星。
(……嘘だろ……)
勇三郎は、息をすることさえ、忘れていた。
見間違えるはずがない。
あれは、火星。あれは、木星。そして、あの、美しい青い星は――地球。
前世で、何度も、写真や映像で見た、故郷の星系図。
(なぜ、こんな場所に、俺の故郷の星が……?これが、テクノと、何の関係があるんだ……?)
勇三郎の混乱が、頂点に達した、その時。
星の地図が、ふっと消えた。
そして、次に映し出されたのは、地球の衛星軌道上に浮かぶ、巨大な、しかし、見るも無惨に破壊された、宇宙ステーションの残骸だった。
そして、その残骸の傍らに、静かに、浮かんでいる、一つの、巨大な影。
――全身を、磨き上げられた銀の鱗で覆われた、星々さえも、その巨躯の前では霞んで見えるほどの、荘厳な、銀色の龍。
それは、テクノを創り出し、そして、勇三郎を、この世界へと導いた、あの龍の姿だった。
その、あまりにも非現実的な光景に、四人が完全に思考を停止させていた、まさに、その時。
カシュッ、という、空気が圧縮されるような、冷たい音。
振り返ると、彼らが入ってきたはずの、石造りの入り口が、いつの間にか、継ぎ目のない、完全な壁へと姿を変えていた。
そして、広間の、反対側の闇の奥から、何かが、近づいてくる音がする。
それは、獣の足音ではない。
ギ、……ギ、……ギ、……と、一定のリズムを刻む、重く、そして、冷たい、機械の音だった。




