第一部:銀龍の覚醒 嘆きの山脈(1)
奇跡の橋が奈落へと消え、後に残されたのは、四人の荒い息遣いと、泥と傷にまみれた仲間たちの姿だけだった。彼らは、しばらくの間、ただ互いの存在を確かめ合うように、無言でそこにいた。生きて、いる。その事実が、じわじわと、しかし確かに、凍てついた心を溶かしていく。
「……へ、へへ……。やって、やったぜ……!」
最初に沈黙を破った仁の、子供のような笑い声が、その場の空気を一変させた。
「ああ。奇跡、だな」
蓮も、珍しく、感情のこもった声で呟いた。
その言葉を皮切りに、四人の間には、これまでの旅では決して生まれなかった、純粋な安堵と、達成感からくる、温かい笑いが広がっていった。
その夜、彼らは、渓谷から少し離れた、風を避けられる岩陰で野営をした。セリナが《氷結の囁き》で保存しておいた最後の魚を、四人で分け合う。それは、ほんの数口でなくなってしまうほどの量だったが、彼らにとっては、どんな王宮の晩餐よりも、美味しく感じられた。
「しかし、セリナの魂術、すげえな!あんな橋、作っちまうんだから!」
仁が、心底感心したように言う。
「いいえ、わたくしの力だけでは、何もできませんでした。仁様の『目』と、蓮様の『脚』、そして、勇三郎様の『知恵』。その全てがあったからこそです」
セリナは、はにかみながら答えた。その顔には、もう、孤独な王女の影はない。仲間を信頼し、そして、仲間から信頼される、一人の少女の、柔らかな笑顔があった。
『フィーナも、がんばったんだぞ!』
主が褒められたことが嬉しいのか、フィーナが、セリナの膝の上で、得意げに小さな胸を張る。
『うん、すごかった。氷、キラキラで、きれいだった』
勇三郎の腕の中で、ようやく温もりを取り戻したテクノが、それに答えるように、眠たげながらも、賞賛の思念を送った。
その、魂獣同士の、微笑ましいやり取りに、また、笑いが起きる。
(……ああ、いいな、こういうの)
勇三郎は、焚き火の炎に照らされる仲間たちの顔を見ながら、しみじみと思っていた。
前世では、常に孤独だった。プロジェクトを成功させても、そこに分かち合う仲間はいなかった。ただ、成果と、次の仕事があるだけ。だが、今は違う。ここには、温かい絆がある。
そんな、穏やかな時間が過ぎていく。
旅の疲労は、ピークに達していた。やがて、一人、また一人と、安らかな寝息を立て始める。
勇三郎も、心地よい疲労感に身を任せ、ウトウトとし始めた、その時だった。
「……ん?」
見張りをしていた蓮が、不意に、低い声を漏らした。その視線は、彼らが野営している岩陰の、さらに奥、蔦や苔で覆われた、ただの岩壁にしか見えない場所へと注がれていた。
「どうした、蓮?」
勇三郎が、眠い目をこすりながら尋ねる。
「……いや。この岩の形……。どこか、不自然だ。自然にできたものにしては、あまりにも、直線が多すぎる」
蓮は、蒼と共に、その岩壁へと近づいていく。
「考えすぎだって。ただの岩だろ」
勇三郎も、そう言いながら、後に続いた。
蓮は、岩壁を覆う分厚い蔦を、力任せに引き剥がし始めた。すると、その下から現れたのは、苔むしてはいるものの、明らかに人の手によって磨かれた、滑らかな石の表面だった。そして、そこには、複雑で、幾何学的な紋様が、びっしりと刻み込まれていた。
「なんだ、これ……」
勇三郎が息を呑む。
その紋様は、日の国で見る、自然を模した優美なものでもなければ、炎の国の力強い直線的なものでもない。どの国の文化にも属さない、異質な、しかし、どこか数学的な美しさを持つ、未知の文様だった。
「……遺跡、か……?こんな、山奥に……?」
その時、勇三郎の腕の中で、眠っていたはずのテクノが、びくん、と大きく体を震わせた。そして、ゆっくりと顔を上げると、その瑠璃色の瞳を、大きく見開いて、目の前の紋様を、じっと見つめている。
テクノの体から、淡い、銀色の光が、明滅し始めた。
『……これ……知ってる……。懐かしい……。僕を、創った、あの大きな龍の……匂いがする……』
テクノから流れ込んできた、混乱と、そして、郷愁にも似た、強い感情。
その思念が、勇三郎の脳裏に響いた、まさにその瞬間。
遺跡の紋様が、テクノの光に呼応するかのように、同じ、淡い光を放ち始めた。
そして、ゴゴゴゴ……という、地響きと共に、彼らの目の前にあったはずの岩壁が、ゆっくりと、内側へと沈み込んでいく。
その奥に現れたのは、全てを飲み込むかのような、深淵の闇へと続く、石造りの、巨大な入り口だった。




