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銀龍のテクノ  作者: 銀獅子
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第一部:銀龍の覚醒 四人の覚悟(3)

セリナの白い指先から放たれた冷気は、まるで意志を持つ生き物のように、蔓のロープへと絡みついていく。きらきらと輝く氷の粒子が、植物の繊維一本一本をコーティングし、その強度を、そしてその美しさを、刻一刻と増していく。陽光を浴びたその姿は、伝説に語られる龍の鱗で作られた橋のようだった。


「……すごい……」 仁が、我を忘れて感嘆の声を漏らす。 「これなら、いける……!」


だが、セリナの顔色は、見る見るうちに青白くなっていた。彼女の魂術は、派手な戦闘力こそないものの、その本質は物質の構造を分子レベルで変容させる、極めて繊細で、そして膨大な集中力と魂力を必要とするものだった。額には玉のような汗が浮かび、その体は小刻みに震えている。


「セリナ、もう十分だ!」 勇三郎が、慌てて彼女の肩に手を置いた。 「これ以上は、お前の体が持たない!」 「……ですが、まだ……」 「いいから!」


勇三郎の強い声に、セリナははっと我に返り、魂術を解いた。その瞬間、彼女は崩れ落ちそうになるが、すかさず勇三郎がその体を支える。


「……申し訳、ありません……」 「謝るな。君は、自分の役目を、完璧以上に果たしてくれた」


勇三郎は力強く言った。彼の腕の中で、テクノが主の言葉に同意するかのように、『うん、うん』と頷く思念を送ってくる。その温かい思念が、セリナの消耗しきった心に、わずかながらも力を与えてくれた。


「さあ、行くぞ!」 蓮が厳しい声を上げた。 「この橋が、いつまで持つかわからん。俺と蒼が、最初に渡って対岸の安全を確保する!」


蓮は少しもためらうことなく、きらめく氷の橋へとその第一歩を踏み出した。 橋は、彼の体重を受けて、ミシリ、と微かに軋む音を立てた。その音は、彼らの心臓を直接握りつぶすかのような、不吉な響きだった。蓮は慎重に、しかし確かな足取りで、一歩、また一歩と進んでいく。その全身の神経を、足の裏の一点に集中させているのが、背中からでもわかった。


半分ほど渡ったところで、蓮は一度だけ振り返り、短く頷いた。安全だ、という合図。


「よし、次は俺たちだ!セリナ、俺にしっかり掴まってろ!」 仁が、セリナを背負うようにして、その後に続く。勇三郎もまた、テクノを懐にしっかりと抱きしめ、最後尾から橋を渡り始めた。


一歩、踏み出す。 眼下には、奈落のような渓谷が、白い牙を剥いて口を開けている。轟音を立てて渦巻く激流が、容赦なく彼らの恐怖心を煽り立てた。


(……くそっ、やっぱり高いな……)


勇三郎の足が、意思に反してすくむ。 前世の記憶がフラッシュバックする。ビルの窓拭きバイト? いや、そんな生易しいものじゃない。これは、命綱なし、安全帯なし、労災保険なしの、完全なるデス・マーチだ。


(プロジェクトなら中止案件だぞ、こんなの……。強度は? 耐久テストは? リスクアセスメントは?)


サラリーマン時代の自分が、脳内で警報を鳴らし続けている。 だが、今の自分は「間原勇三郎」。この理不尽な世界で、仲間と共に生きることを選んだ男だ。


(……理屈じゃねえ。渡るんだよ!)


勇三郎は恐怖をねじ伏せ、足を前に出した。 その時だった。


ピシッ、という、鋭い音。 勇三郎の足元、氷の橋の表面に、蜘蛛の巣のような細い亀裂が走った。 セリナの魂力が切れ、維持されていた氷の強度が限界に達しつつあるのだ。


「……っ!」 全員が、息を呑む。 「走れぇぇぇっ!」 仁の絶叫が、渓谷に響き渡った。


もはや、慎重に進んでいる余裕はない。四人は、最後の力を振り絞って、対岸へと向かって全力で駆け出した。 背後で、ミシミシ、バキバキ、と、氷の橋が断末魔のような悲鳴を上げている。崩落が始まったのだ。


「うおおおおっ!」


勇三郎は、前世の営業回りでも出したことのないような必死の形相で、地面を蹴った。あと数メートル。あと一歩。


そして、勇三郎の足が、ついに対岸の固い地面を踏みしめた、まさにその瞬間。 彼の背後で、轟音と共に、四人の絆が生み出した奇跡の橋は、きらめく光の粒子となって、奈落の底へと崩れ落ちていった。


「……はぁっ……はぁっ……はぁ……」


四人は、対岸の地面に倒れ込み、ただ空を仰ぐことしかできなかった。 生きて、いる。 渡り、きった。


「……へ、へへ……。やって、やったぜ……!」

仁が、泥だらけの顔で、子供のように笑った。

「……ああ。奇跡、だな」

蓮もまた、珍しく、感情のこもった声で呟いた。

セリナは、ただ、安堵の涙を、静かに流していた。


勇三郎は、空を見上げた。どこまでも青く、澄み渡った空。

絶望的な状況。誰もが、不可能だと思った挑戦。

だが、彼らは、成し遂げた。それぞれの、決して強くはない、しかし、かけがえのない力を、信じ、結集させることで。


(……これが、仲間、か)


前世の記憶を持つ、孤独な魂は、今、初めて、本当の意味で、他者と繋がることの温かさと、力強さを、知った。

腕の中で、テクノが、誇らしげに「きゅる!」と一声鳴いた。その体は、もう、すっかりと、温もりを取り戻していた。

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