第一部:銀龍の覚醒 四人の覚悟(1)
夜明けの光が、岩屋の中に差し込み、四人の新たな旅立ちを祝福しているかのようだった。互いの全てを曝け出し、覚悟を共有した朝。その空気は、昨日までとは比べ物にならないほど澄み渡り、そして、鋼のように強固なものへと変わっていた。
「……さて」
その静かで、しかし力強い空気を最初に動かしたのは、蓮だった。彼は、即席の地図を地面に広げ、全員の顔を見回した。その瞳には、もはや迷いはなく、ただ、困難な未来を見据える、冷徹な戦略家の光だけが宿っていた。
「感傷に浸るのは、もう終わりだ。我々は、生き延び、そして、首都へたどり着かねばならない。そのためには、今、我々が置かれている状況を、正確に把握する必要がある」
蓮は、木の枝で、地図上の一点を指し示した。
「炎の国の隊長、ザグラム。奴は、我々を単なる逃亡者として追っているのではない。明確な『獲物』として、狩りをしている。我々が川に飛び込んで匂いを消したとしても、追跡を諦めるはずがない。奴は、我々の思考を読み、行動を予測し、必ず、この先のどこかで、再び罠を張ってくるだろう」
その言葉に、誰もが息を呑んだ。あの、絶望的なまでの実力差。再び対峙すれば、次はないかもしれない。
「では、どうする?このまま街道を進むのは、自殺行為だ」
勇三郎が、問いかける。
「ああ。だから、我々は、道なき道を行く」
蓮は、地図の上に、新たな線を引いた。それは、街道を大きく外れ、イズミの森よりもさらに険しいと言われる、「嘆きの山脈」の麓を抜ける、危険なルートだった。
「このルートは、魔獣も多く、非常に過酷だ。だが、それ故に、敵も、我々がこの道を選ぶとは予測しにくい。そして何より、この山脈を抜ければ、首都へと続く、別の主要な川に出ることができる。そこで完全に追跡を断ち切るのが、我々の唯一の活路だ」
それは、あまりにも無謀な賭けだった。だが、彼らに、他の選択肢は残されていなかった。
「……へっ。面白えじゃねえか。望むところだ」
仁が、不敵な笑みを浮かべた。
「わたくしも、異論はございません」
セリナもまた、力強く頷いた。
「よし、決まりだ」
勇三郎の言葉に、全員が頷く。
四人は、互いの顔を見合わせた。恐怖も、不安もある。だが、それ以上に、仲間と共にあるという、絶対的な信頼が、彼らの心を支えていた。
嘆きの山脈の麓は、彼らの想像を絶するほど、過酷な環境だった。ごつごつとした岩肌が剥き出しになり、足場は悪く、時折、鋭い爪を持つ、岩トカゲのような魔獣が姿を現した。
「ちっ、キリがねえな!紅羽、上から、安全なルートを探せ!」
『キィィ!』(了解!)
仁と紅羽が、先陣を切って進む。彼の役割は、もはや単なる切り込み隊長ではなかった。紅羽の《天眼》で得た情報を、後続の仲間に的確に伝え、危険を回避させる、パーティの「目」としての、重要な役割を担っていた。
その後ろを、蓮と蒼が、驚異的なバランス感覚で続く。彼らは、常に左右の警戒を怠らず、魔獣の奇襲に備える。
そして、しんがりを務めるのは、勇三郎とセリナだった。
「勇三郎様、足元、お気をつけて」
「ああ、ありがとう。セリナこそ」
互いを気遣いながら、慎重に歩を進める。勇三郎の腕の中では、テクノが、まだ本調子ではないものの、時折、周囲の気配を、断片的な思念として勇三郎に伝えてきていた。
『……あっちの岩陰、何か、いる……。小さい。怖がってる』
その思念を頼りに、彼らは何度も、無用な戦闘を避けることができた。勇三郎は、テクノのこの力が、直接的な戦闘能力以上に、この旅において重要になるかもしれないと感じ始めていた。
旅を始めて、二日が過ぎた頃。
彼らの目の前に、最大の難関が、その姿を現した。
幅三十メートルはあろうかという、深い渓谷。その底では、雪解け水を集めた激流が、轟音を立てて渦巻いている。対岸に渡るための、橋など、どこにも見当たらない。
「……嘘だろ……。これ、どうやって渡るんだよ……」
仁が、呆然と呟いた。
蓮も、さすがに険しい表情で、渓谷を見下ろしている。
「……飛び越えるのは、不可能だ。迂回するにしても、最低でも三日はかかる。……我々に、そんな時間はない」
背後からは、いつ追手が現れるかわからない。まさに、進退窮まった状況。
全員が、言葉を失った、その時だった。
「……皆様。わたくしに、考えがございます」
セリナが、静かに、しかし、強い意志を宿した瞳で、仲間たちを見つめていた。
「ですが、それには、皆様一人一人の、お力が必要です」
彼女の言葉に、三人は、顔を見合わせた。そして、誰からともなく、力強く頷いた。
絶望的な渓谷を前に、四人の仲間たちの、真の力が、今、試されようとしていた。




