第一部:銀龍の覚醒 追跡の川(1)
夜明けの光が岩屋の中に差し込み、四人の新たな旅立ちを祝福しているかのようだった。自己紹介を終え、互いの覚悟と秘密を共有したことで、彼らの間の空気は昨日までとは比べ物にならないほど澄み渡り、そして、鋼のように強固なものへと変わっていた。もはや、そこにいるのは、辺境の少年たちと、孤独な王女ではない。一つの目的のために、運命を共にする、四人の仲間だった。
「よし、じゃあ、腹ごしらえと行こうぜ!」
仁は、まるで生まれ変わったかのように、快活な声を上げた。
「俺と紅羽で、何か食えるもんを探してくる!蓮は、この辺の地図と、川までの最短ルートを頼む!勇三郎とセリナは、悪いが、ここで待機だ。特に勇三郎、お前とテクノは、今は休むのが一番の仕事だからな!」
その口調は、いつものように軽快だったが、そこには明確な役割分担と、仲間を気遣うリーダーとしての自覚が芽生えていた。
蓮も、異を唱えることなく、静かに頷く。
「それが、最も合理的だな。行くぞ、蒼。周辺の地形を頭に叩き込む」
仁と蓮が、それぞれの魂獣と共に岩屋を出ていく。その背中は、昨日までとは比べ物にならないほど、頼もしく見えた。
残された岩屋の中で、勇三郎とセリナは、少しだけ気まずいような、しかし穏やかな沈黙の中にいた。
「……あの」
その沈黙を破ったのは、セリナだった。
「仁様と蓮様は、昔から、ああなのですか?」
「え?ああ……。まあな。いっつも、仁が突っ走って、蓮がそれを呆れながらも、結局は一番うまく手綱を引いてる。俺は、その真ん中で、どっちにも引っ張られてる感じかな」
勇三郎は、苦笑しながら答えた。前世の人間関係は、利害と建前で塗り固められた、ドライなものばかりだった。こんな風に、何の計算もなく、ただ互いを信頼し合える関係が、これほどまでに心地よく、そして尊いものだとは、思いもしなかった。
「……羨ましい、です」
セリナが、ぽつりと呟いた。その横顔には、王女という立場ゆえの、深い孤独が滲んでいた。
「わたくしには……フィーナしか、本当の心を打ち明けられる相手はおりませんでしたから」
主の言葉に、フィーナが、慰めるようにその頬にすり寄る。
その時、勇三郎の腕の中で、テクノがもぞりと動いた。まだ体は冷たいままだが、その魂の光は、昨日より、ほんの少しだけ、力強さを取り戻している。
『……フィーナ、悲しいの?』
テクノが、フィーナへと、直接思念を送る。
『……主が、悲しいから。だから、私も悲しい』
フィーナが、静かに応えた。
『そっか……。じゃあ、僕が、勇三郎からもらった、温かい気持ちを、少しだけ、分けてあげる』
テクノの体から、ごくごく淡い、陽だまりのような光が放たれ、フィーナの体を優しく包み込んだ。それは、癒やしの力などではない。ただ、純粋な「共感」と「友情」の光。フィーナは、驚いたように目を見開いたが、やがて、心地よさそうにその光を受け入れた。
その、魂獣同士の健気なやり取りに、勇三郎とセリナは、思わず顔を見合わせて、ふっと微笑んだ。
張り詰めていた二人の間の氷が、また一つ、静かに溶けていく。
やがて、仁と蓮が、それぞれ成果を手に戻ってきた。仁は、木の実や食べられる野草を、蓮は、この先の地形を記した、即席の地図を。
四人は、簡単な食事を済ませると、ついに岩屋を出て、川を目指し、再び歩き始めた。その足取りは、昨日までの逃避行とは違い、明確な意志と、希望に満ちていた。
しかし、平穏は、長くは続かなかった。
半日ほど歩いた頃だろうか。上空を偵察していた紅羽が、鋭い警告の鳴き声を響かせた。
「どうした、紅羽!?」
仁が空を見上げる。
『……見つけた。川だ。でも、それだけじゃない。川岸に……奴らがいる!』
紅羽の思念が、焦りの色を帯びて仁の脳裏に流れ込む。
「追いつかれたのか!?」
「いや、違う!」
蓮が、即座に否定した。
「これは、待ち伏せだ。我々が川を目指すことを見越して、先回りしたんだ。……どこまで、頭の切れる指揮官がいるんだ、あの部隊は」
蓮は、忌々しげに舌打ちをした。
「どうする?別のルートを探すか?」
仁が問いかけるが、蓮は首を横に振った。
「無駄だ。この森を抜けるには、あの川を越えるしかない。そして、我々には、もう時間がない」
その言葉通り、彼らの背後、遠くの森の奥から、あの炎獄の猟犬たちの、勝利を確信したかのような遠吠えが、はっきりと聞こえてきた。前門の虎、後門の狼。まさに、絶体絶命。
「……行くしかない、か」
勇三郎が、覚悟を決めて呟いた。
「ああ。やるぞ」
蓮が、短く応える。
「いいぜ、望むところだ!」
仁が、不敵に笑う。
「……わたくしも、戦います!」
セリナが、決意の瞳で前を見据えた。
四人は、顔を見合わせた。言葉は、もういらない。
彼らは、敵が待ち受ける川岸へと、静かに、しかし確かな足取りで、進んでいく。
それは、もはや単なる逃避行ではなかった。
自らの運命を、その手で切り拓くための、最初の戦いの始まりだった。




