第一部:銀龍の覚醒 四人の仲間(1)
岩屋での夜が明け、旅の五日目の朝が訪れた。焚き火の燃え殻が、昨夜の激しい告白と、その後に生まれた静かな覚悟の余韻を物語っているかのようだった。セリナの正体を知ったことで、彼らの間を隔てていた見えない壁は消え去り、代わりに、運命共同体としての、どこかぎこちなくも、確かな一体感が生まれていた。
「……よし!腹も減ったし、何か食いもんでも探しに行くか!」
その新しい空気を最初に動かしたのは、やはり仁だった。彼は、まるで昨夜までの重苦しい雰囲気を振り払うかのように、勢いよく立ち上がった。
「その前に、だ」
その仁を、蓮が静かに制した。
「俺たちは、もうただの寄せ集めじゃない。一つの隊として、共に死線を越えていくことになる。ならば、互いの手の内は、正確に知っておくべきだ。改めて、自己紹介と行こうじゃないか。……俺たちが何者で、何ができて、何ができないのかを」
蓮の提案は、合理的で、そして、今の彼らにとって何よりも必要なことだった。四人は、顔を見合わせ、静かに頷いた。
「よっしゃ、じゃあ俺からだ!」
仁は、待ってましたとばかりに、自分の胸をドンと叩いた。
「俺は仁!イズミ村の剣術道場の跡取りだ。ガキの頃から、親父に叩き込まれてきたから、刀の腕にはまあまあ自信がある!夢は、もちろん、国一番の剣士になることだ!」
彼は、腰の刀を抜き放ち、ビュン、と空気を切り裂く。その剣筋には、若さゆえの荒削りさはあるものの、紛れもない才能の片鱗が宿っていた。
「そして、こいつが俺の最高の相棒、紅羽だ!」
仁が肩を差し出すと、紅羽が誇らしげにそこへ舞い降りた。
「俺の魂術は、この紅羽がいてこそ成り立つ。その名も**《天眼》**!」
「天眼?」
セリナが、興味深そうに問い返す。
「ああ!俺が集中すれば、紅羽が見ている光景が、そっくりそのまま俺の頭の中に流れ込んでくるんだ。上空から、戦場を丸ごと見渡せるってわけよ!敵の背後も、死角も、全部お見通しさ!これのおかげで、俺の刀は誰にも見切れねえ!」
仁は、得意満面に胸を張った。だが、すぐに少しだけバツが悪そうに付け加える。
「……まあ、剣が光ったり、炎が出たりするわけじゃねえから、ちょっと地味だけどな」
その言葉に、勇三郎は内心で感心していた。
(すごい能力だ……。偵察と戦闘を同時に、完璧にこなせる。ドローンを使った近代戦の基礎を、一人で体現しているようなものじゃないか。本人は地味だと思っているようだが、とんでもない戦術的アドバンテージだ)
「次は、俺だ」
蓮が、静かに一歩前に出た。
「蓮だ。見ての通り、剣も振るうが、俺の真価はそこにはない」
彼は、傍らに寄り添う蒼の、滑らかな青毛の首筋を優しく撫でた。蒼は、主の言葉に応えるように、静かに、しかし力強く、地面を一度だけ前脚で掻いた。
「俺の魂獣、蒼の魂力の根源は『風』と『速』。そして、俺の魂術は、《神速》。俺と蒼の魂が完全に同調した時、俺たちは常人には捉えられないほどの速度で、戦場を駆けることができる」
蓮の言葉は、淡々としていたが、その瞳の奥には、自らの力に対する絶対的な自信が燃えていた。
「もっとも、この力は魂力の消耗が激しい。使えるのは、ごく短い時間だけだ。乱発はできん。……ここぞという時の、切り札だと思ってもらえればいい」
高速の強襲、あるいは、絶体絶命の状況からの離脱。蓮の力は、このパーティの機動力を、そして生存率を飛躍的に高めるだろう。
二人の自己紹介を受け、セリナは、居住まいを正した。その顔には、もはや昨日までのか弱さはなく、王女としての気品と覚悟が満ちていた。
「わたくしは、セリナ・フォン・シルヴァーナ。氷の国の第一王女です。剣の心得も、多少はありますが、お二人のように、戦いのための力は持っておりません」
彼女がそっと手を差し出すと、フィーナがその腕の中へと、しなやかな体をするりと滑り込ませた。
「わたくしの魂獣、フィーナの力は、ささやかなものです。魂術は、《氷結の囁き(ひょうけつのささやき)》。ごく小さな氷の粒を作り出したり、触れた場所の温度をわずかに下げたり……。地面を薄く凍らせて、敵の足を滑らせるくらいが、精一杯です」
セリナは、少し寂しそうに微笑んだ。それは、戦闘にはほとんど役に立たない、あまりにもささやかな力。だが、蓮はその力の真価を見抜いていた。
(……いや、使い方次第では、恐ろしく有効な力だ。高速で動く敵の足を止める、罠として機能させる……。彼女は、自分の力の可能性に、まだ気づいていないだけだ)
そして、最後に、全員の視線が勇三郎へと集まった。仲間たちの、期待と、そして好奇に満ちた視線。
勇三郎は、腕の中で眠り続けるテクノを優しく撫でながら、正直に、そして慎重に、言葉を選んだ。
「俺は勇三郎。見ての通り、このイズミ村の出身だ。剣術は、じっちゃんに少しだけ習った程度で、二人には遠く及ばない」
彼は、そこで一度、息を吸った。
「そして、こいつが俺の相棒の、テクノだ」
全員の視線が、眠る小さな銀龍に注がれる。その存在そのものが、規格外の謎だった。
「俺の力についてだが……。正直に言うと、俺にもまだ、よくわかっていないんだ」
勇三郎は、困ったように笑った。
「蓮や仁のような、魂術と呼べるものがあるのかどうかも、定かじゃない。森喰いを倒した時も、洞穴の岩を動かした時も、俺は魂力を使った感覚がなかった。ただ、頭の中にあった『理屈』を、テクノが手伝ってくれて、現実に起こした……としか、言いようがないんだ」
勇三郎は、テクノの体にそっと触れた。その体は、まだ少し冷たい。
「一つだけ確かなのは、この力は、テクノに物凄い負担をかけるということだ。見ての通り、一度使えば、こうして何日も眠り続けてしまう。……蓮の言う通り、切り札ですらあるかどうか。下手をすれば、テクノの命に関わる、危険な賭けにしかならないかもしれない」
その正直な告白に、岩屋は再び静寂に包まれた。
勇三郎の力は、未知数。計り知れない可能性を秘めていると同時に、計り知れないリスクを孕んでいる。
だが、その言葉を聞いた仁は、ニッと歯を見せて笑った。
「なんだ、そういうことかよ!だったら、話はもっと簡単だ!」
仁は、勇三郎の肩を、今度は優しく、しかし力強く叩いた。
「お前のその『理屈』ってやつが使えるようになるまで、そして、テクノが元気になるまで、俺と蓮と、セリナで!お前たちのことを、しっかり守ってやるってことだろ!」
その言葉に、嘘も、気負いも、打算もなかった。ただ、仲間を信じ、守るという、彼の魂そのものから発せられたかのような、力強い宣言だった。
その瞬間、勇三郎の心の中で、前世からずっと抱えてきた、孤独な壁が、ガラガラと音を立てて崩れていくのを感じた。
(……ああ、そうか。俺は、ずっと、一人で戦ってきたんだな。でも、もう、一人じゃないんだ)
四人の少年少女と、四体の魂獣。
それぞれの過去と、目的と、そして秘密を抱えながら、彼らは今、本当の意味で、一つの隊になった。
夜明けの光が、岩屋の中に差し込み、彼らの新たな旅立ちを、静かに祝福しているかのようだった。




