第一部:銀龍の覚醒 王女の告白(2)
「……覚悟を決めろ。俺たちの旅は、もう俺たちだけのものじゃなくなった。一つの国の運命を、背負うことになったんだ」
蓮の、静かだが、鋼のように硬質な言葉が、焚き火の炎に揺れる小さな岩屋に重く響いた。その言葉の本当の重さを、この時、三者三様に受け止めていた。
「……おう。なんか、よくわかんねえけどよ」
最初に沈黙を破ったのは、やはり仁だった。彼は、ガシガシと自分の頭を掻きながら、まっすぐにセリナの瞳を見つめて言った。
「小難しいことは、俺にはわかんねえ。国の運命だとか、政略結婚だとか、そういうのは、全部こいつに任せる」
仁は、親指で隣に座る蓮を指し示す。その顔は、いつものように自信満々だったが、そこには、仲間への絶対的な信頼が滲んでいた。
「でもよ、セリナ。一つだけわかったことがある。お前は、悪い奴らに追われてて、泣きそうになるのを、ずっと一人で我慢してたんだろ。だったら、話は簡単だ」
仁は、ニカッと、太陽のように笑った。
「俺たちが、お前を守る。ただ、それだけだ。違うか?」
そのあまりに単純で、しかし何よりも力強い言葉に、セリナの瞳が、再び潤んだ。仁の肩の上で、紅羽が主の言葉を肯定するかのように、誇らしげに胸を張る。その真っ直ぐな忠誠心は、まさに仁そのものだった。
仁の言葉は、勇三郎の心にも、温かい光を灯してくれた。そうだ、仁は、いつだってこうだった。物事の本質を、誰よりも早く、心で理解する。
(国の運命……。前世なら、どう考えただろう。地政学的リスク、勢力均衡、外交戦略……。そんな言葉を並べて、アナリストみたいに状況を分析して、結局は、何もしなかっただろうな。安全な場所から、高みの見物を決め込んで……)
だが、今は違う。目の前には、助けを求める一人の少女がいる。隣には、彼女を守ると決めた、最高の親友がいる。ただそれだけの事実が、どんな複雑な分析よりも、勇三郎の心を強く、そしてシンプルにした。
(守る。俺が、この手で)
勇三郎は、深く、静かに頷いた。
「……仁の言う通りだ、セリナ。君が、俺たちを信じて、全部話してくれたこと、感謝する。俺たちは、君を、首都まで必ず送り届ける。……いや、違うな」
勇三郎は、そこで言葉を切ると、蓮と、そして仁の顔を順番に見つめた。
「俺たちは、一緒に首都へ行くんだ。俺には、俺の目的がある。君には、君の目的がある。そして、蓮と仁も、それぞれの想いを持って、ここまできた。俺たちは、もう、ただの護衛と依頼人じゃない。――同じ目的地を目指す、仲間だ」
その言葉に、蓮が、ふっと息を吐くように笑った。
「……フン。いつの間にか、随分と大きなことを言うようになったじゃないか、勇三郎」
その声には、呆れと、しかしそれ以上の、確かな同意が込められていた。蓮の傍らで、蒼が静かに、しかし力強く、前脚で地面を一度だけ打った。まるで、主の覚悟に、そして、新たに生まれたこのパーティの決意に、敬意を表すかのように。
セリナは、もう涙を流してはいなかった。彼女は、こぼれ落ちそうになる涙をぐっと堪え、三人の顔を、そして三体の魂獣の顔を、一人一人、その記憶に刻みつけるように見つめた。
そして、彼女の魂獣であるフィーナが、おずおずと勇三郎の元へと歩み寄った。そして、彼の腕の中で、氷のように冷たくなって眠るテクノの体に、そっとその鼻先を触れさせた。
『……ありがとう。あなたの光がなければ、私と、私の主は、もう……』
フィーナから流れ込んできたのは、深く、澄んだ、魂からの感謝の念だった。それは、テクノの消耗しきった魂に、かすかな温もりを与える。テクノが、それに反応するように、ぴくり、と小さく動いた。
『……どういたしまして……。仲間、だろ……?』
テクノから返ってきたのは、まだ弱々しいが、確かな友情の響きだった。
その、魂獣同士の静かなやり取りが、彼らの間に生まれた絆を、何よりも雄弁に物語っていた。
「……ありがとう、ございます。仁様、蓮様、そして、勇三郎様」
セリナは、立ち上がると、改めて三人の前に立ち、今度は、王女としてではなく、一人の仲間として、その頭を下げた。
「わたくしの命、そして我が国の未来、皆様に、お預けいたします」
その顔には、もう迷いはなかった。
その夜、四人は初めて、本当の意味で心を通わせながら、眠りについた。
岩屋の外では、依然として、見えざる敵の気配が森の闇に満ちている。彼らの前には、想像を絶する困難が待ち受けているだろう。
だが、彼らの心は、不思議なほどに穏やかだった。
孤独な王女と、三人の辺境の少年たち。そして、四体の魂獣。
運命の奔流に呑み込まれた彼らは、今、一つの小さな、しかし何よりも固い絆で結ばれた、運命共同体となったのだ。
彼らの本当の旅は、この夜、この瞬間から、始まった。




