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銀龍のテクノ  作者: 銀獅子
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第一部:銀龍の覚醒 決死の逃避行(2)

全身の骨が、氷の槌で砕かれるかのような衝撃。肺に流れ込んできた水が、喉の奥で燃えるように熱い。意識が、何度も暗転しかける。勇三郎は、ただ本能的に、セリナの腕を掴む自分の腕に力を込めていた。離せば、この激流の中では二度と見つけられないだろう。


(くそっ……!冷たい……!息が……!)


前世で経験した、安全管理されたプールとはわけが違う。これは、人を殺す自然の牙だ。容赦なく体を打ち付ける岩、渦を巻いて体を引きずり込もうとする流れ。なすすべもなく、彼らは木の葉のように翻弄され、下流へと流されていく。


「セリナ!しっかりしろ!意識を保て!」

隣で、同じように流されながら、仁が必死に叫んでいる。彼は、勇三郎とは反対側の腕で、蓮の服をがっしりと掴んでいた。この土壇場で、普段の訓練で培われた彼の驚異的な体幹と腕力が、かろうじて四人の繋がりを保っていた。


その仁の激励に、セリナはか細く頷くことしかできない。

(寒い……。力が、抜けていく……)

恐怖と、体力の限界。そして、自分のせいで仲間を巻き込んだという罪悪感が、彼女の生きる気力そのものを奪い去ろうとしていた。その時、主の危機を察したのか、セリナの懐に潜り込んでいたフィーナが、最後の力を振り絞って、彼女の体に温かい魂力を流し込んだ。それは、傷を癒やすほどの力はない。だが、まるで「主よ、諦めないで」と語りかけるかのような、必死の温もりだった。その温もりに、セリナはかろうじて意識を繋ぎとめる。


「……このままでは、全員溺死か、低体温症で死ぬ……!」


蓮が、水を飲み込みながら、苦しげに呻いた。彼の冷静な思考でさえ、この絶対的な自然の暴力の前では、有効な策を見いだせずにいた。蒼は、陸では頼りになるが、この激流の中では、その自慢の脚も役に立たない。


(何か……何か、方法はないのか……!)


勇三郎は、朦朧とする意識の中で、必死に思考を巡らせた。だが、テクノの力を使った代償は、彼の思考能力を著しく低下させていた。魂が消耗しきった体では、まともな判断すら難しい。腕の中のテクノは、氷のように冷たいまま、ぴくりとも動かない。


(ダメだ……考えろ、考えろ前田健太!お前の三十四年間の知識は、飾りか!?)


自らを叱咤した、その時だった。

視界の端に、川の流れが大きくカーブし、その内側に、比較的なだらかな岸辺と、そこから川の中ほどまで倒れ込んでいる巨大な倒木が見えた。


(あれだ……!)


「仁!蓮!あそこだ!あの倒木に、捕まれ!」

勇三郎の必死の叫びに、二人がはっとそちらを向く。

「よし、わかった!セリナ、歯を食いしばれ!」


仁は、最後の力を振り絞り、足で流れを捉え、巧みに軌道を変える。その絶妙な体捌きで、四人はなんとか倒木のある方へと近づいていく。

そして、ついにその時が来た。


「今だ!」


蓮の合図で、四人は一斉に、倒木の太い枝へと手を伸ばした。

凄まじい衝撃。激流の力は、彼らの腕を引きちぎらんばかりの勢いで襲いかかってきた。だが、彼らは離さなかった。生きたいという、ただその一心で、食らいついた。


なんとか倒木の上へと這い上がった時、四人はもう、指一本動かす力も残されてはいなかった。びしょ濡れのまま、冷たい樹皮の上に倒れ込み、ただ荒い呼吸を繰り返す。


「……助、かった……のか……?」

仁が、かすれた声で呟く。

だが、彼らに安息の時は与えられなかった。

対岸の森の中から、あの炎獄の猟犬たちの、苛立ちと飢えに満ちた遠吠えが聞こえてきたのだ。奴らはまだ、諦めていない。


「……早く、ここを離れるぞ。体温が、奪われる……」

蓮が、震える体で仲間を促す。

彼らは、互いに肩を貸し、体を支え合いながら、倒木を伝って岸辺へとたどり着いた。そして、追手の目から逃れるように、再び森の奥深くへと、そのよろめく足を進めていく。


どれくらい歩いただろうか。もはや、時間の感覚もなかった。

やがて、彼らの目の前に、巨大な岩が折り重なるようにしてできた、天然の岩屋が現れた。雨風を凌ぐには、十分な場所だった。


四人は、吸い込まれるようにその中へと入り、ついに力尽きてその場に座り込んだ。

仁が、最後の力を振り絞って火打石を打ち、小さな焚き火を起こす。その小さな炎の温かさが、凍えた彼らの体に、そして心に、ゆっくりと染み渡っていくようだった。


しばらく、誰も口を開かなかった。ただ、炎を見つめ、生きていることを実感する。

その沈黙を破ったのは、セリナだった。


彼女は、おずおずと顔を上げると、三人の前に進み出て、そして、これまでで最も深く、丁寧な礼をした。その額が、地面につきそうになるほどに。


「……本当に、申し訳、ありませんでした」


その声は、震えていた。

「わたくしのせいで、皆様を、このような危険な目に……。もう、これ以上、ご迷惑はおかけできません。わたくしは、ここで……」


彼女が、一人で行くとでも言いたげな言葉を続けようとした時、仁が、それを遮るように言った。

「……バカ野郎」

その声は、怒っているようで、しかし、どこまでも優しかった。

「俺たちが、お前を助けるって決めたんだ。お前が、気にすることじゃねえ。そうだろ?」


蓮も、静かに頷いた。

「……我々は、君を見捨てたつもりはない。それに、今のお前が一人で森に出れば、一時間と持たずに魔獣の餌食だ。足手まといになるという自覚があるなら、今は黙って、体力を回復させることだけを考えろ」


ぶっきらぼうな、蓮なりの気遣いだった。

二人の言葉に、セリナの瞳から、堪えていた涙が、大粒の雫となってぽろぽろとこぼれ落ちた。それは、悔しさや恐怖の涙ではなかった。人の温かさに触れた、安堵の涙だった。


勇三郎は、そんな彼女の姿を、黙って見ていた。そして、静かに口を開いた。

「……セリナ。一つだけ、教えてくれないか」

セリナが、涙に濡れた顔を上げる。


「君は、何者なんだ? 炎の国の奴らは、君を『セリナ・フォン・シルヴァーナ様』と呼んでいた。そして、彼らは君を殺そうとしていたわけじゃない。……連れ戻そうとしていた。一体、何のために?」


それは、誰もが抱いていた疑問。そして、これからの彼らの運命を左右する、最も重要な問いだった。

セリナは、しばらくの間、逡巡するように唇を噛んでいた。だが、やがて、覚悟を決めたように、顔を上げた。その瞳には、もう涙はなかった。そこには、自らの過酷な運命と向き合うことを決めた、王族の気高さが宿っていた。


「……わたくしは……氷の国の、第一王女です」


その告白は、静かだったが、岩屋の中の空気を、再び凍りつかせるには、十分すぎるほどの衝撃を持っていた。

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