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銀龍のテクノ  作者: 銀獅子
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第一部:銀龍の覚醒 決死の逃避行(1)

肺が、焼けるように痛い。足は、鉛を引きずっているかのように重く、一歩踏み出すごとに悲鳴を上げていた。それでも、彼らは走るのをやめなかった。背後から迫る、見えざる死の気配から逃れるために。


「はあっ、はあっ……!まだ、見えねえのかよ、川は!」


先頭を走る仁が、喘ぎながら叫んだ。彼の自慢の体力も、度重なる戦闘と逃走で、すでに限界に近づいていた。それでも彼が先頭を走り続けるのは、己を鼓舞するためであり、そして何より、後ろを走る仲間たちに、弱気な背中を見せたくないという、彼の意地だった。


「がんばれ、セリナ!もうちょいだ!」

仁は、息も絶え絶えなセリナを振り返って励ます。その気遣いが、かえってセリナの心を苦しめた。


(わたくしの、せいで……。わたくしさえいなければ、この方たちが、これほど苦しむことはなかった……)


セリナは、必死に足を動かしながら、何度も自分を責めていた。貴族として、そして特別な血筋として、厳しい訓練も受けてきた。だが、実戦経験も乏しく、体力も成人男性には到底及ばない。明らかに、自分が一行の足手まといになっていた。悔しさと申し訳なさで、涙が滲む。その足元を、主の悲痛な思いを映すかのように、フィーナが必死の形相で並走していた。


「……無駄口を叩くな、仁!体力を消耗するだけだ!」


最後尾から、蓮の鋭い声が飛ぶ。彼は、一行の中で最も冷静に状況を把握していた。


(まずい。追いつかれる……!)


蓮の研ぎ澄まされた感覚が、背後から迫る脅威を明確に捉えていた。それは、単なる気配ではない。風に乗って運ばれてくる、微かな獣の匂いと、そして、魂獣が放つ、敵意に満ちた魂力の残滓。

『炎獄の猟犬』。その追跡能力は、想像を遥かに超えていた。


(川まで、あとどれくらいだ?このままでは、開けた場所に出た瞬間に狩られる。何か、策は……?ない。今の我々に、あの手練れの部隊と正面から戦う力は残されていない……!)


蓮の隣を、蒼が大地を蹴って駆けていく。その力強い足取りだけが、この絶望的な状況下における、唯一の希望だった。


そして、勇三郎は、肉体的な疲労とはまた別の、魂の芯から凍えるような感覚と戦っていた。テクノの力を使った代償は、彼の思考を鈍らせ、五感を麻痺させていく。だが、その一方で、魂が極度に消耗したせいか、彼の感覚は奇妙な形で研ぎ澄まされてもいた。


(……わかる。奴らが、俺たちの何を追っているのか)


それは、匂いではなかった。もっと、根源的なもの。魂が、この世界に残した痕跡。自分たちが歩き、呼吸し、存在しているという、その事実そのものが、追跡者たちへの道標となっていた。そして、その痕跡が最も色濃く残っているのは、間違いなく、自分と、そしてセリナだった。


(俺の、テクノの特異な魂。そして、セリナの、特別な血筋……。奴らは、この二つの巨大な魂の光を、目印にしているんだ)


絶望的な事実。だが、今はただ、走るしかない。

その時、かすかに、しかし確かに、彼の耳が水の音を捉えた。


「……川だ!」


勇三郎の叫びに、全員の顔に、わずかな希望の色が浮かんだ。

音のする方へ、最後の力を振り絞って突き進む。木々の密度が低くなり、視界が開けていく。そして、彼らの目の前に、ついにその流れが現れた。


幅は二十メートルほどだろうか。陽光を反射してきらめく、しかし、見た目以上に流れの速そうな川。


「飛び込め!」


蓮の叫びと、背後の森から、複数の影が飛び出してくるのは、ほぼ同時だった。

炎を纏った猟犬――『炎獄の猟犬』が、ついにその姿を現したのだ。その背後には、曲刀を抜き放った炎の国の兵士たちが続く。


「間に合わねえ!」


仁が、セリナを庇うように立ち塞がる。もはや、これまでか。

誰もが、そう覚悟した、その瞬間。


「――蒼!」


蓮の檄に応え、蒼が咆哮のような嘶きを上げた。彼は、その驚異的な脚力で、後ろ向きに走りながら、兵士たちと仲間たちの間に立ちはだかる。そして、後脚で、力任せに地面を蹴り上げた。

土と、石と、草の塊が、巨大な壁となって追手の顔面へと叩きつけられる。


「ぐあっ!」

「目が!」


一瞬の混乱。その隙を、蓮は見逃さなかった。

「今だ!行けぇぇっ!」


四人は、ためらうことなく、川の冷たい流れへとその身を投げ出した。

あまりの水の冷たさに、心臓が止まりそうになる。激しい流れが、疲弊した彼らの体を容赦なく弄び、飲み込んでいく。


「がはっ……!くそっ、流される……!」


勇三郎は、必死にセリナの腕を掴み、自分の方へと引き寄せた。仁もまた、蓮の服を掴み、互いが離れ離れにならないように抵抗する。

川岸では、炎の国の兵士たちが、悔しげに川面を睨みつけていた。炎獄の猟犬たちは、その名の通り、水を嫌うのか、岸辺で苛立たしげに吠え立てるばかりで、飛び込んでくる気配はない。


やがて、兵士たちの中から、一際体格のいい、隊長らしき男が進み出てきた。男は、兜の下から鋭い視線を投げかけ、川を流されていく四人を、まるで値踏みするかのように見つめていた。その視線が、勇三郎とセリナの上で、一瞬、ぴたりと止まったのを、勇三郎は見逃さなかった。


男は、やがて何も言わずに踵を返すと、部下たちに何かを命じた。兵士たちは、一糸乱れぬ動きで川岸に沿って下流へと走り始める。


追跡を、諦めたわけではない。

彼らは、先回りして、この川のどこかで、必ず待ち伏せるつもりだ。


激流に呑まれ、なすすべもなく流されながら、勇三郎は確信した。

これは、終わりではない。

もっと過酷で、もっと長い戦いの、ほんの序章に過ぎないのだということを。

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