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銀龍のテクノ  作者: 銀獅子
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第一部:銀龍の覚醒 炎国の影(2)

息が、できない。

岩と土の壁に挟まれた、人が一人やっと通れるほどの狭く暗い通路。それは、まるで大地の喉笛を這い進むかのような、圧迫感と閉塞感に満ちていた。背後からは、巨大な岩を破壊しようとする炎の国兵士たちの怒号と、金属が岩を叩く甲高い衝撃音が、地響きとなって追いかけてくる。その音は、彼らの恐怖を煽り、足を止めることを許さなかった。


「くそっ、前を急げ!明かりはまだか!」


先頭を進む仁が、焦燥に駆られて叫ぶ。彼のすぐ後ろを、セリナが必死の形相で続く。その後ろで、蓮が冷静に、しかし切迫した声で指示を飛ばした。

「もう少しだ!この先に、外気を感じる!」


しんがりを務める勇三郎は、全身を襲う虚脱感と戦いながら、必死に足を前に進めていた。テクノの能力を使った代償は、彼の魂そのものを削り取ったかのように、思考力さえも鈍らせていく。


(やばい……頭が、回らない……)


前世で経験した徹夜明けの比ではなかった。脳に霧がかかったように、何も考えられない。ただ、仲間たちに遅れまい、足を引っ張るまいという一心だけが、彼を突き動かしていた。腕の中で、テクノが石のように冷たくなっているのが、その代償の大きさを物語っていた。


どれくらい進んだだろうか。やがて、背後から聞こえていた破壊音は遠のき、代わりに、前方から、微かだが新鮮な外の空気と、木々の匂いが流れ込んできた。そして、一条の光が、暗闇を切り裂くように差し込んだ。


「出口だ!」


仁の歓声と共に、一行は雪崩を打つようにして、その光の中へと転がり出た。

そこは、洞穴の入り口とは森の反対側に位置する、小さな木立に囲まれた窪地だった。幸い、周囲に人の気配はない。


「はぁ……はぁ……、助かっ、たのか……?」


仁は、その場に大の字になって倒れ込み、天を仰いだ。その全身は土と汗にまみれ、疲労困憊といった様子だ。蓮もまた、壁に背を預けて荒い息を繰り返している。その額には、常に冷静な彼には珍しく、脂汗が滲んでいた。


「……申し訳、ありません……。わたくしの、せいで……」


セリナが、震える声で謝罪の言葉を口にした。彼女の顔は、恐怖と、そして自分たちのせいで仲間を危険に晒してしまったという罪悪感で、青ざめている。フィーナが、そんな主を慰めるように、その足元にそっと寄り添った。


「謝んなよ。お前を渡せって言われて、はいそうですかって言うほど、俺たちは腑抜けじゃねえ」

仁が、仰向けになったまま、ぶっきらぼうに言った。

「それに、お前を助けるって決めたのは、俺たちだ。違うか、蓮?」

「……フン。お前にしては、まともなことを言う」


蓮は、息を整えながらも、その口元にかすかな笑みを浮かべた。

その、仲間たちの気高いやり取りが、勇三郎の心に温かく染み渡る。


(……ああ、そうか。俺は、この関係が、この絆が、守りたかったんだ)


前世では、誰かのために自分を危険に晒すことの意味が、わからなかった。だが、今は違う。この、不器用で、真っ直ぐで、そして何よりも温かい仲間たちとの繋がりこそが、自分がこの世界で得た、何物にも代えがたい宝物なのだ。


「……勇三郎様」


セリナが、おずおずと勇三郎に近づいてきた。

「あなたの魂獣は……その……」

彼女の視線は、勇三郎の腕の中でぐったりとしているテクノに注がれていた。その瞳には、深い感謝と、そして、自分のせいで彼の相棒を危険な状態にしてしまったことへの、痛切なまでの後悔の色が浮かんでいた。


「……大丈夫だ。こいつは、ちょっと燃費が悪いだけだから」


勇三郎は、無理に笑みを作って見せた。だが、その時だった。蓮が、まるで冷水を浴びせるかのように、厳しい声で言った。


「……感傷に浸るのは、そこまでだ。我々は、まだ全く安全ではない」


蓮は、先程まで追ってきていた兵士たちのことを指差した。

「思い出せ。奴らが連れていた魂獣を。『炎獄の猟犬』。あれは、ただの猟犬ではない。一度覚えた匂いを、地の果てまで追い続けると言われる、炎の国が誇る最高の追跡者だ。あの岩壁も、奴らの前では、いずれ破られる。我々は、今この瞬間も、追われているのだ」


その言葉に、ようやく取り戻しかけた安堵の空気は、再び凍りついた。


「じゃあ、どうすんだよ!このままじゃ、また追いつかれちまう!」

仁が、勢いよく身を起こす。


「匂いを消すしかない。川だ。川を見つけて、流れの中を下れば、匂いを断ち切れる可能性がある」

蓮が、即座に結論を出す。

「この近くに、森を縦断する川があったはずだ。そこまで、全力で走るぞ。いいな?」


もはや、一刻の猶予もなかった。

三人は顔を見合わせ、力強く頷くと、疲労困き憊ぱいした体に鞭を打って、再び走り出した。


セリナが、息を切らしながら勇三郎の隣に並ぶ。

「勇三郎様……先程は、本当に、ありがとうございました。あなたがいなければ、私たちは……」

「礼なら、後でいくらでも聞く。今は、生き延びることだけを考えろ」


勇三郎は、前だけを見据えて言った。

その力強い横顔を、セリナは、眩しいものを見るかのような目で見つめていた。彼女の心の中に、これまでに感じたことのない、新しい感情の芽が、確かに生まれ始めていた。


だが、彼らはまだ知らない。

炎の国の追跡は、彼らの想像以上に執拗で、そして、その先には、さらなる過酷な運命が待ち受けていることを。

彼らの本当の逃避行は、まだ始まったばかりだった。

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