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銀龍のテクノ  作者: 銀獅子
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第一部:銀龍の覚醒 炎国の影(1)

「……まずい。……『炎の国』の、正規兵だ」


蓮が絞り出した、声にならない声。その言葉は、洞穴の中にいた全員の動きを、まるで呪いのように縫い止めた。炎の国――日の国とは、長年にわたり国境で小競り合いを続ける、宿敵。その正規兵が、なぜ、日の国の、それもこんな辺境の森の奥深くにいるというのか。


洞穴の入り口から差し込む光が、複数の人影によって遮られる。ずしり、ずしりと、重い足音が近づいてくる。それは、魔獣の不規則な足取りではない。訓練され、統率の取れた、兵士の行軍だった。


「どうなってやがる……!なんで炎の国の奴らがこんな所に!」


仁が、憎々しげに吐き捨て、剣の柄を強く握りしめた。彼の肩の上で、紅羽が翼を広げ、いつでも飛び立てるように身構えている。その瞳には、明確な敵意が宿っていた。


「静かにしろ、仁。数は?装備は?」

蓮は、パニックに陥ることなく、即座に情報を求める。その冷静さが、かろうじて場の崩壊を防いでいた。

「……ざっと見て、十数名。全員が金属鎧を装備し、腰には曲刀。魂獣もいる。……炎を纏った、猟犬のような魂獣だ。まずいな、あれは追跡を得意とする『炎獄の猟犬えんごくのりょうけん』だ」


蓮の分析を聞きながら、勇三郎は思考を巡らせていた。

炎の国の正規兵。影鴉。そして、壊滅した王都騎士団の斥候部隊。バラバラだった点と点が、今、一つの線で結ばれようとしていた。


(奴らの目的は、魔獣退治なんかじゃない。――セリナだ)


勇三郎は、セリナに視線を送った。その瞬間、彼は息を呑んだ。

彼女は、洞穴の壁際に追い詰められたように立ち尽くし、その顔からは血の気が完全に失せていた。体は小刻みに震え、瞳には、影鴉と対峙した時とは比べ物にならないほどの、深い絶望と恐怖が浮かんでいる。それは、ただ敵に遭遇した者の反応ではなかった。自分の「運命」そのものに、追いつかれてしまった者の顔だった。


彼女の足元で、フィーナが必死に主を守ろうと、唸り声を上げ続けている。その姿は悲壮ですらあった。


『ユウザブロウ様……!』

セリナの口から、か細い、すがるような声が漏れた。

その時、洞穴の外から、地の底から響くような、威圧的な男の声が響き渡った。


「――そこにいるのは、わかっておりますぞ、セリナ・フォン・シルヴァーナ様!」


セリナ!やはり、彼女が目的だ!

しかも、その呼び名は、ただの貴族に対するものではなかった。フォン・シルヴァーナ。勇三郎には聞き覚えのない名だが、その響きには、特別な格式が感じられた。


「我が主、炎の国第三皇子、ヴァルガス殿下からの御命令です。大人しくこちらへお越しいただければ、あなた様の身の安全は、我らが命を懸けて保証いたします。ですが、もし抵抗なさるというのであれば……」


男は、そこで一度言葉を切った。その沈黙は、どんな脅しよりも雄弁に、その先に待つものを物語っていた。


「……そちらの、卑しき日の国の者どもごと、この森の塵にしてくれるまで」


その侮辱に満ちた言葉に、仁の堪忍袋の緒が、ぷつりと切れた。

「んだと、てめえ!誰が卑しいだと!?出てって、ぶった斬ってやらあ!」

「待て、仁!挑発に乗るな!」


蓮が必死に仁を抑えつける。だが、もはや、選択の余地はなかった。セリナを渡せば、自分たちは見逃されるかもしれない。だが、そんな選択肢は、三人の頭の中には、最初から存在すらしなかった。


「……どうする、蓮」

勇三郎が、低い声で尋ねる。

「……戦えば、確実に負ける。相手は手練れの正規兵だ。我々が消耗していることを差し引いても、勝ち目はない。……逃げるしかない」

「逃げるって、どこへ!」


蓮は、洞穴の奥、一番暗い隅を顎で示した。

「この洞穴、奥にもう一つ、小さな風穴が空いている。人が通れるかはわからんが、他に道はない」


三人は、セリナを促し、洞穴の奥へと後ずさった。蓮の言う通り、奥の壁には、大人が一人、なんとか屈めば通れそうな、不規則な形の穴が空いていた。だが、その入り口は、大小様々な落石で半ば塞がれている。


「くそっ、これじゃあ時間がかかりすぎる!」

仁が、焦燥に駆られて岩を動かそうとするが、びくともしない。


外では、炎の国の兵士たちが、じりじりと洞穴の入り口へと近づいてくるのが気配でわかった。

「最後の警告です、セリナ様!十数えたら、突入いたします!――いち!にぃ!」


カウントが始まった。絶望的な状況。

その時、勇三郎の脳裏に、再び前世の記憶と、テクノが教えてくれた「理屈」が、閃光のように結びついた。


(岩……隙間……そして、あの、天井から突き出ている、頑丈そうな木の根っこ!)


「仁!蓮!あの、一番でかい岩の下に、何か棒のようなものを差し込める隙間を作ってくれ!できるだけ深く!」

「はあ!?何言ってんだ、こんな時に!」

「いいから、早く!」


勇三郎の、有無を言わせぬ気迫に、二人は戸惑いながらも、必死で小さな岩をどかし、一番大きな岩の下にわずかな隙間を作り出した。


「蓮!その近くに落ちてる、一番長くて頑丈そうな木の棒を、その隙間に差し込んでくれ!」


蓮は、勇三郎の意図を瞬時に察したのか、目を見開いた。

「……まさか、お前……!昨日の、あれを……!」

「ごちゃごちゃ言ってないで、早くしろ!――しち!はち!」


外からの声が、すぐそこまで迫っている。

蓮が、言われた通りに太い木の棒を岩の下に差し込んだ。


「仁!セリナを連れて、先に穴の向こう側へ!蓮、手伝ってやれ!」

「お前はどうすんだよ!」

「俺が、これを動かす!」


勇三郎は、二人がセリナを穴へと押し込むのを見届けると、木の棒の、岩とは反対側の端へと走った。そして、彼は、天井から太い蔓のように垂れ下がっていた木の根を、力一杯掴んだ。


「――きゅう!」


「うおおおおおおっ!」


勇三郎は、ぶら下がるようにして、全体重を木の棒の端へと叩きつけた。テコの原理。支点となった小さな岩が、悲鳴のような音を立てて砕ける。そして、これまでびくともしなかった巨大な岩が、ぎぎぎ、と地響きのような音を立てて、ゆっくりと、しかし確実に持ち上がった。


「――じゅう!突入せよ!」


炎の国の兵士たちが、雄叫びを上げて洞穴へとなだれ込んできた、その瞬間だった。

持ち上がった岩が、わずかな時間差で、轟音と共に元の位置へと落下した。


「なっ!?」


兵士たちの目の前で、洞穴の奥へと続く道は、再び巨大な岩によって完全に塞がれていた。


「……行ったか」


勇三郎は、全身の力を使い果たし、その場にへたり込んだ。腕の中で眠るテクノの体が、さらに冷たくなったような気がした。


だが、休んでいる暇はない。

彼は、最後の力を振り絞って立ち上がると、仲間たちが待つ、暗く、狭い、未知の通路へと、その身を滑り込ませた。


背後で、炎の国の兵士たちが、岩を破壊しようとする怒号と衝撃音が響いている。

もはや、振り返ることはできない。彼らの逃避行は、今、本当の意味で始まったのだ。

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