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銀龍のテクノ  作者: 銀獅子
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第一部:銀龍の覚醒 森の奥で(3)

洞穴の中の夜は、ひときわ長く感じられた。

勇三郎は、焚き火が燃え尽き、辺りが冷たい闇に包まれるまで、ほとんど一睡もせずに少女と二体の魂獣のそばに付き添っていた。時折、少女が苦しげなうめき声を上げ、そのたびに勇三郎は布で汗を拭い、声をかけ続けた。不思議と、眠気は感じなかった。アドレナリンのせいか、あるいは、守るべき命がすぐそばにあるという極度の緊張感が、彼を覚醒させ続けていたのかもしれない。


空が白み始め、再び森が生命のざわめきを取り戻した頃、勇三郎の体に、鉛のような重い疲労感がどっと押し寄せてきた。


(なんだ、これ……。急に、体が……)


それは、単なる寝不足の気だるさではなかった。魂の、もっと根源的な部分からエネルギーがごっそりと抜き取られたかのような、虚脱感。視線を落とすと、腕の中で眠るテクノは、銀色の輝きをわずかに失い、石のように冷たくなっていた。呼吸はしているが、その生命の灯火は、昨日よりもさらにか細くなっている。


(そうか……これが、ペナルティ……)


テクノが白い魂獣を癒やすために使った、未知なる力。その代償は、テクノ自身の魂の消耗となり、そして魂で繋がった勇三郎にも、直接フィードバックされていたのだ。この虚脱感は、テクノの苦痛そのものだった。


「……テクノ、すまない……。俺が、無理をさせたな」


眠る相棒に囁きかけ、そっとその体を毛布で包む。この力は、諸刃の剣だ。決して、軽々しく使っていいものではない。その事実を、勇三郎は自らの体で痛感していた。


「……起きていたのか、勇三郎」


背後から、蓮の静かな声がした。いつの間にか起きていた彼は、すでに周囲の警戒を終えた後らしく、その手には数本の薬草が握られていた。

「顔色が悪いぞ。お前も少し休め。見張りは俺と仁で代わる」

「ああ、ありがとう……。でも、大丈夫だ」


勇三郎がそう答えていると、仁も大きなあくびをしながら起きてきた。

「んん……朝か。……なあ、あの子、どうだ?」

仁は、真っ先に少女の様子を気遣った。その真っ直ぐな優しさが、今はひどくありがたい。


「まだ、意識が戻らない。熱も少しあるみたいだ」

「そうか……。まあ、でも、俺たちがついてるんだ。なんとかなるだろ!」


仁は、努めて明るく笑った。だが、その目の奥に、昨日の激戦の疲れと、自分では何もできなかったことへの悔しさが、まだ色濃く残っているのを勇三郎は見逃さなかった。


三人が今後の相談をしようとした、その時だった。

少女の傍らで横たわっていた白い魂獣が、ぴくり、と耳を動かした。そして、ゆっくりと、震える足でその身を起こす。その動きはまだおぼつかないが、その琥珀色の瞳には、確かな意志の光が宿っていた。


白い魂獣――雪のように白い毛並みを持つ、しなやかなイタチのような姿の魂獣は、まず最初に、眠っている主の顔を優しく舐めた。そして次に、洞穴の中にいる三人を、一体一体、値踏みするかのようにじっと見つめる。その視線は、紅羽と蒼の上を通り過ぎ、最後に、勇三郎の腕の中で眠るテクノの上で、ぴたりと止まった。


白い魂獣は、テクノに対して、深々と、まるで騎士が王に礼をするかのように、一度だけ頭を下げた。それは、命を繋ぎ止められたことへの、魂からの感謝の表明だった。

そして、その感謝の念は、テクノの主である勇三郎にも、温かい波動として伝わってきた。


だが、感謝はそこまでだった。次の瞬間、白い魂獣は警戒心をむき出しにし、主である少女を守るようにその前に立ちはだかると、三人に向かって「フシャーッ!」という威嚇の声を上げた。その小さな体には、主を守るためなら、たとえ相打ちになってでも戦うという、悲壮なまでの覚悟が満ちていた。


「おいおい、落ち着けって!俺たちは敵じゃねえよ!」

仁が慌てて両手を上げるが、白い魂獣の警戒は解けない。


(すごい忠誠心だ……。それに、誇り高い)


勇三郎が感心していると、その白い魂獣の警戒心が、ふっと和らいだ。いや、和らいだのではない。その視線が、三人の背後、洞穴の入り口へと向けられていた。


三人が振り返るより早く、凛とした、しかしどこか幼さを残す声が響いた。


「……フィーナ、やめなさい。その方たちは、命の恩人です」


声の主は、いつの間にか身を起こしていた銀髪の少女だった。彼女は、まだ青白い顔をしながらも、ゆっくりと、しかし確かな足取りで立ち上がると、白い魂獣――フィーナの頭を優しく撫でた。そして、三人の前に進み出ると、騎士がするような、丁寧で、美しい礼をした。


「助けていただき、心より感謝いたします。わたくしは、セリナと申します。あなた様方の、お名前を伺っても?」


その口調と立ち居振る舞いは、明らかに、ただの村娘のものではなかった。育ちの良さが、ボロボロになった鎧の下からさえも滲み出ている。


「俺は仁!こっちは……」

「蓮だ」

「……勇三郎だ」


三人がそれぞれ名乗ると、セリナと名乗った少女は、再び深く頭を下げた。

「ジン様、レン様、ユウザブロウ様。このご恩は、生涯忘れません」


そのあまりに丁寧な態度に、仁は少し戸惑ったように頭を掻いた。

「様なんてやめろよ!俺たちは、ただの村の魂術使いだぜ。なあ?」

「……そうだ。それより、いくつか聞きたいことがある」


蓮が、単刀直入に切り込んだ。彼の瞳は、もはや少女を傷ついたか弱い存在としてではなく、この異常事態の鍵を握る重要人物として捉えていた。


「君は何者だ? なぜ、騎士団と行動を共にしていた? そして、彼らを襲った『影鴉』の目的は、一体何だったんだ?」


蓮の矢継ぎ早の質問に、セリナの表情が、かすかに曇った。彼女は何かを言いかけて、しかし、ぎゅっと唇を結ぶと、力なく首を横に振った。


「……申し訳、ありません。そのことについては、お話しすることは……できません」

「何だと!?」

仁が声を荒らげる。

「俺たちは、命がけで助けたんだぞ!それなのに、何も話せねえってのかよ!」

「仁、やめろ」


勇三郎が、仁を制した。セリナの瞳の奥に、深い悲しみと、そして、何かを隠し通さなければならないという、強い決意の色が見えたからだ。彼女には、彼女なりの、命を賭してでも守らなければならない事情があるのだろう。


「……今は、休んだ方がいい。体も、まだ万全じゃないだろう」


勇三郎の言葉に、セリナは少し驚いたように目を見開いた。そして、ふっと、初めて警戒を解いた、柔らかな笑みを浮かべた。


「……ありがとうございます、ユウザブロウ様。お言葉に、甘えさせていただきます」


その笑顔は、これまでの気丈な態度が嘘のように、年相応の少女のか弱さと、儚い美しさを感じさせた。勇三郎は、理由もなく、その笑顔を守ってやりたいと、強く思うのだった。


こうして、洞穴の中での奇妙な共同生活が始まった。

セリナという大きな謎を抱え、三人の少年と一人の少女、そして四体の魂獣は、互いに腹の内を探り合うような、緊張感に満ちた時間を過ごすことになる。


旅の目的は、もはや、ただ首都を目指すことだけではなかった。彼らは、知らず知らずのうちに、この国を、いや、この世界を揺るがす巨大な陰謀の、まさに渦中へと足を踏み入れていたのだ。

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