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銀龍のテクノ  作者: 銀獅子
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第一部:銀龍の覚醒 森の奥で(2)

閃光の残滓が網膜に焼き付き、鼻腔の奥には、鉄と獣の匂いに混じって、金属が焼けるような奇妙な匂いがこびりついていた。激しい戦闘の後の静寂は、死そのもののように深く、三人の荒い息遣いだけが、かろうじてそこがまだ生者の世界であることを証明していた。


「……はぁ……はぁ……くそっ、なんて数だよ……」


仁が、へたり込むようにその場に膝をつく。彼の魂獣である紅羽も、主の疲労を映すかのように、近くの枝に止まってぐったりと翼を休めていた。無理もなかった。三人の連携があったとはいえ、格上の魔獣の群れを相手に、実質的な前線をほぼ一人で支え続けたのだ。その精神的、肉体的な消耗は計り知れない。


「油断するな、仁。まだ完全に去ったとは限らん」


蓮は、荒い息を抑えつけながらも、その視線は常に周囲の闇に向けられていた。彼の隣で、蒼もまた、土埃に汚れた優雅な体を少しも休めることなく、絶えず耳を動かし、警戒を怠らない。だが、その冷静な言葉とは裏腹に、蓮の額に浮かんだ汗と、短剣を握る指先のかすかな震えが、彼もまた限界に近いことを物語っていた。


勇三郎は、腕の中で意識を失った銀髪の少女を抱きかかえ、そのあまりの軽さに息を呑んだ。ボロボロになった革鎧の下の体は、驚くほどに華奢だった。自分たちと同じ年頃に見えるが、その顔色は青白く、唇からは血の気が失せている。無数の切り傷からは、絶えず血が滲み出ていた。


(まずい、このままじゃ出血で死ぬ……!)


前世の記憶が、警鐘を鳴らす。救急医療の知識など専門外だったが、それでも素人なりにやるべきことはわかっていた。止血、傷口の洗浄、そして体温の確保。


「蓮!安全な場所を探さないと!この子、手当てをしないと危ない!」

「わかっている!」


蓮は、すぐに思考を切り替えた。

「この場所は血の匂いが強すぎる。他の魔獣を呼び寄せかねん。少し離れたところに、小さな洞穴があったはずだ。そこまで移動するぞ」


蓮の的確な指示のもと、三人はすぐに行動を開始した。仁が少女を背負い、蓮が周囲を警戒しながら先導する。勇三郎は、少女の傍らで同じく意識を失っている、雪のように白いイタチに似た魂獣を、そっと抱き上げた。


その魂獣の体もまた、無数の傷で覆われ、その白い毛並みを赤黒く染めていた。ピクリとも動かないが、かろうじて、かすかな温もりが残っている。


(この子も、助けないと……)


襟元で、テクノが心配そうに「きゅる……」と悲しげな声を上げた。

『この子、すごく痛がってる……。魂の光が、消えそうになってる……』

(大丈夫だ、テクノ。俺たちが、なんとかする)


テクノから流れ込んでくる、他者への純粋な共感。その感情が、勇三郎自身の決意を強く後押しした。


森の奥深く、岩陰に隠れるようにして存在した小さな洞穴は、三人と一人の少女が身を寄せるには十分な広さがあった。蓮が手早く焚き火を起こすと、ようやく人心地がついたかのように、張り詰めていた空気がわずかに和らぐ。


「さて……どうしたものか」


蓮は、腕を組んで深刻な顔で少女を見下ろした。彼女の体からは、次々と装備が外されていく。体に合わない大きな革鎧、血に汚れた騎士団の上着、そして、懐からこぼれ落ちた、一つのペンダント。それは、磨き上げられた黒曜石に、精緻な銀細工で何かの紋章が刻まれたものだった。


「この紋章……王家のものじゃない。どこかの貴族のものか?それも、かなり高位の……」

蓮が呟く。謎は深まるばかりだった。


「そんなことより、手当てだろ!」


仁が、もどかしげに叫んだ。彼は、自分の服を破って即席の包帯を作り、少女の傷口を圧迫しようとするが、その手つきはひどくぎこちない。

「くそっ、どうすりゃいいんだ……!ただ押さえるだけでいいのかよ!」


そんな二人を尻目に、勇三郎は冷静に行動を開始していた。

「仁、ただ押さえるだけじゃだめだ。まず、傷口を綺麗にしないと。蓮、水筒の水を少し貰えるか?煮沸して、冷ました水が一番いいんだけど……」

「煮沸?なぜだ?」

「……悪い菌を殺すためだ。傷口から入ると、熱が出たり、もっとひどいことになったりする」


勇三郎の口から淀みなく発せられる、聞いたこともない理論。蓮は一瞬眉をひそめたが、昨日の森喰いとの一件もあり、黙って自分の水筒を差し出した。

勇三郎は、清潔な布にその水を浸し、少女の傷口の汚れを丁寧に拭っていく。その手際の良さは、まるで熟練の薬師のようだった。


(消毒……本当はアルコールかヨードがあれば一番いいんだが、この世界にあるはずもない。せめて、清潔な水で洗い流すだけでも、やらないよりは遥かにマシだ)


彼は、前世で得た断片的な知識――テレビで見た医療ドラマ、ネットで読んだサバイバルの記事、そういった雑多な情報を必死で繋ぎ合わせ、今できる最善を尽くしていた。


傷口を洗い終えると、猛次郎から渡された薬草を取り出し、石で潰してペースト状にする。

「これは、止血と化膿止めに効く薬草だ。これを塗ってから、包帯を巻く」

その手際の良さに、仁はただ感心し、蓮はますます興味深そうな、そしてどこか探るような目で勇三郎を見つめていた。


少女の手当てが一段落すると、勇三郎は次に、傍らで横たわっている白い魂獣へと向き直った。

「この子はどうすればいい?魂獣の傷って、どうやって治すんだ?」

勇三郎の問いに、蓮が答えた。

「基本的には、人間の傷と同じだ。だが、魂獣の治癒力は、主の魂力に大きく左右される。今、あの少女は意識を失い、魂力も底をついているだろう。このままでは、この魂獣の回復は絶望的だ」


その言葉に、勇三-郎の胸が締め付けられる。

その時、テクノが、勇三郎の腕からするりと抜け出し、白い魂獣のそばへと歩み寄った。そして、何を思ったか、その傷だらけの体に、自分の小さな銀色の体を、そっと重ねた。


すると、テクノの体から、淡い、温かい光が放たれ始めた。それは、魂術の発動時に見られるような激しい光ではない。まるで、陽だまりのような、穏やかで、優しい光。その光が、白い魂獣の体をゆっくりと包み込んでいく。


「な……!?」

蓮が、驚きの声を上げた。

「これは……魂力の譲渡……?いや、違う。もっと根源的な……魂そのものを、癒しているのか……?」


テクノの光に包まれた白い魂獣の、荒かった呼吸が、少しずつ、穏やかになっていくのがわかった。致命傷が治るわけではない。だが、その命の灯火が、消えかかっていたところを、かろうじて繋ぎ止められた。そんな奇跡のような光景だった。


『……がんばれ……。死んじゃ、だめ……』


テクノの、必死で、純粋な祈りが、勇三郎の心に流れ込んでくる。

自分の相棒が見せた、未知の力。勇三郎は、テクノの小さな体に、自分たちの想像を絶する、とてつもない可能性が秘められていることを、改めて確信するのだった。


やがて、光が収まると、テクノは疲れたようにふらつきながら、勇三郎の足元へと戻ってきた。

「よくやったな、テクノ。お前は、すごいよ」

勇三郎が抱き上げると、テクノは安心したように、すぐにその腕の中で眠ってしまった。


静まり返った洞穴の中で、三人は改めて、意識のない少女に視線を落とす。

王都騎士団の壊滅。謎の紋章。そして、凶悪な魔獣『影鴉』の襲撃。


この少女は、一体何者なのか。

そして、この森で、一体何が起きていたのか。


夜が更けていく。答えの見えない問いだけが、焚き火の炎に揺らめきながら、三人の心に重くのしかかっていた。

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