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銀龍のテクノ  作者: 銀獅子
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第一部:銀龍の覚醒 最初の森(1)

夜明けの光が、鬱蒼と茂る木々の隙間から、まるで神の指のように幾筋も差し込んでいました。イズミの森。故郷の村を覆うように広がるこの広大な森は、子供の頃は絶好の遊び場であり、同時に、決して深入りしてはならないと固く戒められていた畏怖の対象でもありました。首都へと続く街道は、この森を抜けるところから始まります。


三人は、誰一人として口を開かずに歩みを進めていました。先頭を行くのは仁。彼の肩では、魂獣の紅羽が鋭い眼光で周囲を窺っています。しんがりを務めるのは蓮と、その傍らに寄り添う蒼。そして、その中間に勇三郎がいました。彼の襟元では、銀龍のテクノが、初めて見る深い森の光景に落ち着かない様子で、きょろきょろと小さな頭を動かしていました。


(……やべえ。思ったより、ずっと静かだ)


先頭を歩く仁は、必死に平静を装いながら、内心で悪態をついていました。鳥の声、風が木々を揺らす音、遠くで響く獣の咆哮。その一つ一つが、研ぎ澄まされた刃のように神経を逆撫でしていきます。


『ちょっと、仁!あんたが一番びくびくしてるじゃない!シャキッとしなさい!』


肩の上の紅羽から、呆れたような魂の思念が飛んできます。


「う、うるせえ!警戒してんだよ、これは!」


仁は小声で悪態をつき返すと、わざと大きな声で振り返りました。


「しかし、いい天気だな!絶好の旅日和ってやつだ!このまま一気に森を抜けちまおうぜ!」


「……仁。森では大声を出すなと、師匠に教わらなかったのか。無用な注意を引くだけだ」


間髪入れずに飛んできたのは、蓮の呆れたような、冷ややかな声でした。


『主よ。彼のあの陽気さが、今は我らの緊張を和らげているのも、また事実かと』


隣を歩く蒼が、静かな思念を送ります。


「……それも、そうだな」


蓮は短く応えると、思考を切り替えました。この森に潜む危険、食料と水の残量、最短で森を抜けるためのルート。彼の頭の中では、あらゆる情報が整理され、最適解が導き出されようとしていました。


そんな二人のやり取りを、勇三郎は少し離れた場所から感じていました。


(すごいな……。もう、あんな風にコミュニケーションが取れるのか)


『ゆうざぶろう、なんだか空気が、ねばねばする感じがする。それに、腐った草みたいな、嫌な匂いも……』


襟元で、テクノがぴくりと体を震わせ、襟の中に完全に潜り込んでしまいました。テクノの恐怖が、肌を粟立たせるように伝わってきます。彼が示す方向――道の少し先、鬱蒼とした茂みの奥から、確かに、獣が涎を垂らすような、ねっとりとした気配が漂ってきていました。


「――止まれ」


蓮の鋭い声が響きます。ほぼ同時に、仁も腰に差した刀の柄に手をかけていました。紅羽が、警告するかのように甲高い声を一度だけ上げました。


茂みが、がさがさと揺れる。そして、ぬらり、と姿を現したのは、猪ほどの大きさでありながら、全身がぬめった苔のようなもので覆われた、六本足の奇怪な獣でした。その口からは、酸のような匂いのする緑色の液体が滴り落ちています。


「森喰い……!厄介なのに出くわしたな!」


仁が、忌々しげに吐き捨てます。森喰いは、三人を獲物と定めたのか、「グルル」と低い唸り声を上げました。


「俺が前に出る!」


仁が叫び、大地を蹴った。彼の刀が、森喰いのぬめった皮膚へと叩きつけられます。だが、「グチャリ」という鈍い感触と共に、刀は粘液に絡め取られ、その動きを封じられてしまいました。


「しまっ……!」


「仁!」


森喰いはその隙を見逃さず、口から酸液を吐き出します。蓮と蒼が神速で動き、仁の体を突き飛ばしてそれを回避させましたが、酸液が地面に落ち、「ジュウウ」と音を立てて土を溶かしていきます。


(ダメだ!正面からのぶつかり合いは最悪だ!)


勇三郎の頭の中では、前世の記憶と、テクノから流れ込んでくる恐怖の感情が、高速で結びついていました。


(粘着質の皮膚、酸の液体。だが、どんな生物にも、必ず弱点がある。あいつの動きは直線的だ。そして、あの足……六本もあるが、関節の動きがぎこちない。急な方向転換は苦手なはずだ!)


「蓮!あいつの右側、少し開けてる崖の近くに誘導できるか!?」


「崖だと?何を考えている?」


「仁!刀は捨てろ!左側から、あいつの注意を引いてくれ!ただし、絶対に近づきすぎるな!」


突然の指示に戸惑いながらも、二人は勇三郎の必死の形相に、何か策があることを感じ取った。


「……チッ、わかったよ!死ぬなよ、勇三郎!」


「……いいだろう。お前の策に乗ってやる。だが、失敗は許さん」


仁が、森喰いの左側で派手に動き回り、注意を引きつけます。その隙に、蓮は蒼と共に右側へ回り込み、巧みに石を投げるなどして、森喰いを崖際へとじりじりと追いやっていきます。


狙い通り、森喰いは苛立ったように仁と蓮を交互に見ながら、巧みに誘導されていきます。そして、勇三郎は動いた。彼は刀を抜くのではなく、森喰いが立っている地面の少し先、崖の縁にある、人の頭ほどの大きさの岩と、そこに倒れかかっている朽ちた大木に目をつけた。


(いける……!テコの原理だ!)


勇三郎は、全力で朽ちた大木の端へと走った。仲間を救いたい、その一心だけが彼を突き動かす。彼は、全体重をかけて、その大木に飛び乗った。


その瞬間だった。襟元にいたテクノが、主である勇三郎の、そのあまりにも強い「あの岩を、飛ばしたい」という意志の奔流を感じ取った。テクノは理屈などわからない。だが、主の願いを叶えたい、その一心で、彼の魂が無意識のうちに、その未知なる力を解放した。


ギシリ、と古びた木が軋む。テクノの力が、勇三郎の踏み込みに、物理法則を超えた力を与えたのだ。大木のもう一方の端が、まるで投石器のように、ありえない勢いで跳ね上がり、崖の縁にあった岩を、砲弾のように撃ち出した!


予期せぬ方向からの強力な一撃に、森喰いは反応できませんでした。岩は、そのアンバランスな六本足の側面にクリーンヒットします。


「グギャアアアッ!」


悲鳴を上げ、体勢を崩した森喰いは、為すすべもなく、足元の崖から転がり落ちていきました。しばらくの静寂の後、崖下から鈍い音が響き渡りました。


「…………は?」


仁が、あんぐりと口を開けています。蓮もまた、信じられないものを見るかのように、目を見開いて勇三郎と崖下を交互に見ていました。勇三郎自身も、自分の起こした結果に、少しだけ戸惑っていた。


(……今のは、なんだ?ただのテコの原理にしては、威力が、強すぎた……)


彼の視線が、襟元で満足げに、しかし少しだけ疲れたように息を弾ませているテクノへと注がれる。


「お、おい、勇三郎……今のは、なんだ……?魂術、なのか……?」


「いや……」


勇三郎は、自らの混乱を隠すように、仲間たちへと向き直り答えた。


「魂術じゃない。ただの、理屈と、俺たちの連携だ」


その言葉に、テクノが「きゅる!」と誇らしげな鳴き声を上げた。その小さな魂獣は、仲間たちとの最初の共同作業の成功を、誰よりも喜んでいるかのようだった。

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