第一部:銀龍の覚醒 光の守護者(1)
光の庭に満ちていた荘厳で、圧倒的な光龍の気配がゆっくりと天へと還っていく。
後に残されたのは絶対的な静寂と、光の粒子が舞う幻想的な空間そして裁きの座から静かに降り立った、光龍の巫女・月詠澄音の姿だけだった。
「……すげえ……。あれが、光龍様……」
勇三郎たちは今しがた体験した魂の根源に触れられるかのような感覚の余韻からまだ抜け出せずにいた。
仁が畏怖と興奮が入り混じった声で呟く。
「なあ、蓮! あれだけの御方がいれば炎の国なんて一ひねりじゃねえのか!? 巫女様と光龍様が一緒に戦ってくれれば……!」
それは、この場にいる誰もが心のどこかで抱いた純粋な期待だった。
だがその言葉に、澄音は静かに、そしてどこか悲しげに首を横に振った。
「……それは叶わぬ願いです紅鷹仁」
彼女の声は穏やかだったがその響きには変えることのできない世界の理のような、重さがあった。
「わたくしは光龍様の“声”をこの地に繋ぎ止めるための『器』……そして『楔』。この神殿をこの光都を離れることは龍との繋がりを弱め、この国全体を覆う守りの光そのものを危うくするのです」
彼女はただの術者ではない。この国の安寧を保証する巨大な結界の中枢。それが光龍の巫女としての彼女の役割だった。
「では、光龍様ご自身は……?」
セリナがおそるおそる問いかける。
その問いに答えたのはいつの間にか彼らの背後に立っていた筆頭武官長・橘だった。
「光龍様の御力は絶大だ。だがそれ故に動くことはできん」
橘は腕を組み厳しい顔で続けた。
「考えてもみろ。王が自ら一兵卒として前線に出るか? 否。王は玉座にあってこそ国全体を統べる。光龍様も同じこと。その存在そのものが敵のより強大な力……例えば炎の国の守護龍である火龍の直接的な干渉を防ぐ、巨大な“抑止力”となっているのだ」
その言葉は冷徹な国家間の真理だった。
最強の駒は盤上にあるだけで、相手の最強の駒を牽制する。
もし、光龍がこの神殿から動けばその一瞬の隙を突かれ、本土に直接火龍の牙が届くやもしれん。
「龍が動かぬ故に、龍の牙たる我らが動く」
橘の鋭い視線が、四人を一人一人射抜いていく。
「そしてお前たち“龍装者”は、その最も鋭い切っ先となってもらう。光龍様の御力が直接は届かぬ戦場で、その御心と御威光を代行する人の『剣』としてな」
その言葉の本当の重み。
勇三郎たちはようやく、自分たちが授けられた「資格」の意味を理解した。
彼らはただ認められたのではない。
動くことのできない神の代わりに戦うことを命じられたのだ。
(……そういうことか)
勇三郎は、拳を強く握りしめた。
(最強の切り札は常に鞘に収まっているからこそ最強なのだ。そして、俺たちは――その鞘から抜かれた、ただの一振りの剣)
謁見が終わり神殿出て程なくして仁がセリナに目を向ける。
「そういえば、セリナ……巫女に“伝えるべきこと”、あったんじゃねえか?」
セリナは少し驚いたように顔を上げた。
「……そう、ですわね。本来なら……わたくしはこの国に“亡命”し、氷の国の内情、炎の国の属国化の危機、そして内乱の可能性について光龍の巫女に直接“協力の要請”をするはずでした」
「でも、言わなかった」蓮が冷静に問う。
「ええ。……あの時の雰囲気では、私個人の事情を持ち出すには、あまりにも“公的”な場で……それに、勇三郎様の裁きが最優先でしたから」
勇三郎が言った。「でも、もうお前は俺たちの仲間だ。……だったら、お前の国のことだって、放っておけない」
セリナはそっと頷いた。「はい。次に“光龍様の場”を頂けるのなら……その時こそ、わたくしの願いを、しっかり伝えますわ」
仁がにやりと笑った。「ま、戦で名を上げれば、嫌でも注目される。出番は……これからだな」
勇三郎は小さく、だが確かにそう言った。
新たなる戦いの舞台が、静かに動き出していた




