裏があったりなかったり
色々あったものの、その後ミモザは従者と共に帰って行った。
先程作った『造花魔法』の花を渡すと、彼女は嬉しそうに微笑んで「また遊ぼうね!」と言ってくれた。
何だかんだで最後は笑顔で帰ってくれて良かったとアリシアは胸を撫でおろす。
さて、それからだが。
まだ時間があったので、アリシアとクロードはお茶会を再開する事にした。
ミアキスは「それじゃ、あたしはちょっと席を外すね!」なんて飛んで行ってしまっている。
そうして二人だけになった部屋で、アリシアは淹れ直して貰ったフルーツティーを飲みながらクロードと話をしていた。
話題はミモザの事だ。話を聞くと、ミモザはああいう風によく突撃して来たのだそうだ。
「断ってもなかなか諦めてくださらなかったので……本当にありがとうございます。アリシアさんと一緒で良かった」
クロードは心底ほっとした様子でそう言った。
ああして何度もやって来るミモザの事が、だいぶストレスになっていたらしい。
自分にとってのジェイムズが、クロードにとってのミモザだったのだろうなとアリシアは思った。
「でもお話を聞く限り、ミモザ姫様よりお兄様の方に問題がありそうですね」
「ええ、そうですね。……第二王子にちょっと」
「第二王子と言うと……ローゼル様ですか」
第二王子ローゼルは、歳は確かクロードと同じく二十歳だったはずだ。
性格は良く言えば明朗、悪く言えば軽薄で軟派な気質がある。アリシアは遠目で見た事があるくらいだが、噂を聞いていると苦手なタイプの人だなと思っていた。
「ローゼル様がどうしたのですか?」
「ミモザ様と私を結婚させて、自分の仕事をこちらへ振ろうとしているのです」
「…………はい!?」
さすがのアリシアもぎょっとして聞き返した。
言葉の意味は分かったが、何を言っているのか理解に時間が掛かったからだ。
「ローゼル様、そんなにアレなんですか?」
「アレって」
アリシアの言葉にクロードは小さく噴き出した。彼は眼鏡を押さえてくすくす笑った後「そうですね」と頷く。
「要領良く生きたいと考える人かなとは思いました。学生時代からそうでしたよ。色々と押し付けられました」
「お互い学生ですから、そういう類は断って良いはずですけれど……それでも断りにくい話でもありますよねぇ」
「ええ、その通りです」
思い出したのか、息を吐いて肩をすくめるクロードにアリシアは同情した。
クロードが通っていた――もちろんアリシアもだが――マルカート王立学園に在籍する者は、基本的には身分等を問わず『学生』という同じ立場で扱われる。
相手が王族でも、領主一族でも、ごく普通の一般人でも『学生』という同じ括りになる。
この国の法律と学園の学則で、身分を笠に着て相手に言う事を聞かせるという行為は、よほどの緊急事態にならない限りは禁じられている。
けれども禁じられてはいるが身分差がないという事ではない。
簡単に言うと、王族から「お願い」をされても断る自由はあれど、断るという選択肢を選ぶ事には精神的な負荷がかかるという話だ。
ローゼルに限らず、相手の心情を逆手にとってそいう振る舞いをする生徒は、少ないが存在する。
(そう言えばジェイムズ様もそうだったな……)
そんな事を考えていたら、頭の中にふっと学生時代の事が浮かんだ。
先生から頼まれた授業の準備だったり、試験で必要な素材の採取だったり、そういう類の事をジェイムズによく押し付けられていた。
もっとも素直に従うアリシアではないので、その都度断ったり、先生にしっかりと「ジェイムズ様に押し付けられました」と報告していたが。
もちろんジェイムズはしっかり先生達から注意を受けた。
けれども懲りずにジェイムズはアリシアに絡んでくるので、一体どういう神経をしているのかとあの頃から思っていたものだ。
しかしアリシアの場合はそうして対抗出来るので良いが、クロードはそうではないだろう。
もちろん出来なくはない。王族の問題行動を諫める事は褒められるべき行為だ。
ただ――それをするとローゼルのためにそうしていると取られる可能性がある。その流れで側近とか、そういう方面に抜擢されるのは、クロードの様子から推測するに困る事なのだろう。友好的な関係を築きたいというよりは、距離を取りたいと考えているようにもアリシアには感じられた。
「クロード様も大変でしたね……」
「アリシアさんもですか?」
「ええ、はい。ジェイムズ様がですね」
「ああ、なるほど」
アリシアとクロードはしみじみと頷きあう。
何だか同志を見つけたような、そんな気にさえなる。
二人がお互いの健闘を称え合うように見つめ合っていると、
「何かぜんっぜん、ちゅーの気配にならない……」
ふと近くから呆れた声が聞こえて来た。
声の方へ顔を向けると、出て行ったはずのミアキスが宙に浮かび、半眼になってアリシア達を見ている。
「……ミアキス?」
「え? あ、もしかして、あたし見えてる!?」
クロードが訝しんだ目を向けると、ミアキスはハッとした顔になり、自分の身体を見回した。
どうやら姿を消してその場にいたらしい。自分の姿がアリシア達に見えていると気づいた彼女は、あわわわ、と焦った様子で宙を飛び回り、
「あ、あははは! いやー、えーと、今日も良い天気だねー!」
なんて誤魔化そうとした。クロードが眼鏡を押さえて「レパートリーが少ないですよ」と小さく息を吐く。
「だってだって、クロードが婚約したんだよ! とってもおめでたいんだよ! だからちゅーをね!」
「ですから、どうしてそれを推すんですか」
「あたし達妖精にとってちゅーは大事なものだから! だから!」
「だから?」
「すごく見たい!」
ミアキスは力強く言い放ち、クロードは頭を抱えた。
二人のやりとりにアリシアはポカンとした後、何だか楽しくなって来てくすくす笑う。
それからミアキスに向かって、
「ちゅーはさすがにもうちょっと、お互いを知ってからじゃないとですねぇ」
「なるほど……じゃあ、デートしよう! デート! お互いを知るのはデートと危険が一番だって言っていたよ!」
「待ちなさいミアキス、どうしてそこで物騒なものを混ぜたんですか?」
「クロードのお父さんとお母さん、それで仲良くなったんだよ?」
「初耳……ッ!」
クロードは衝撃を受けたらしく、軽く仰け反った。
まぁ、それはそれとして。
ミアキスが提案したデート自体はアリシアも興味があった。
何せ婚約する予定だったジェイムズとはそういう事は皆無だし、そもそもダンヴィル領が大変になってからはそれどころではなかった。
勉強の合間に造花を作り、卒業してからも造花を作り。そうしてお金を稼ぎつつ、領地の様子を見て回り、残った時間は婚活とダンヴィル領で可能な新しい産業の研究をしている。
デートの時間も機会もなかった。だけれどもアリシアだって女の子だ。相手がいれば一度くらいはしてみたいなぁなんて思っていたのだ。
なので、
「クロード様、デートしませんか?」
アリシアは少しソワソワしながらクロードに聞いてみた。
するとクロードは目を瞬いてから、
「それは、ええ、ぜひ。ですがミアキスに気を遣っていませんか?」
と少し心配そうにアリシアに聞き返した。
アリシアは笑って「いえいえ!」と首を横に振る。
「実はちょっと憧れがあったんですよ、デート。ですからミアキスちゃんにきっかけをいただけて感謝しています」
「アリシア分かってるー! ねぇ聞いた、クロード! これよ、これ! あたしが求めているのはこれなの!」
「分かった、分かりましたから、少し落ち着きましょうね、ミアキス」
「こうしちゃいられないわ! クロードの初デートを皆に知らせてこなくっちゃ!」
「はい!? ちょっ、こら、ミアキス! 待ちなさい!」
ミアキスがとんでもない事を言い出して、クロードがぎょっと目を剥く。
そして慌てて止めようとしたのだが、ミアキスはあっと言う間に部屋の外へ飛んで行ってしまった。
クロードは伸ばしかけた手を額に当てて「早過ぎる……」と項垂れた。行動力の塊のような妖精である。
妖精は素直で直情的。裏表がなくて、いつだって自分の気持ちに正直だ。
だからやりたいと思った事はすぐに行動に移すし、友情も愛情も包み隠さず言葉にする。
ミアキスはクロードが本当に大好きなのだろう。それがアリシアにはとても微笑ましく感じられた。
(……いいなぁ)
そんな風にちょっとだけ羨ましくも思ったりする。
婚約者としてとか、そういう立場的なあれこれは、そうなったばかりでアリシアには実感がない。
だけれども、いつかあんな風に気安い関係になれたら素敵だなとアリシアは思う。
そのためには相互努力が大事だ。
なのでアリシアはぐっと両手の拳を握ると「クロード様」と名を呼んだ。
「どうしました、アリシアさん」
「どこでデートするか綿密に計画を立てましょう!」
「綿密に」
「はい! 何せ私も初デートですので!」
きょとんとした様子のクロードに、アリシアは力強くそう言うと。
彼は目を瞬いた後で、少し嬉しそうにふわり微笑む。
「ふふ。では初めて同士、がんばりましょうか」
「はい、がんばりましょう!」
そして二人でガッチリ握手を交わし、デートの計画を練り始めるのだった。