婚約を打診された理由は何だろう?
ブラーシュ家から届いた手紙には、確かに婚約の打診について書かれていた。
しかしやはり「何で?」とアリシアは首を傾げる。
クロードの事は知っていたが、実際に顔を合わせたのは二日前のパーティーが初めてだ。そこでも婚約を打診されるような理由は特に思い当たらない。
結婚相手を探しているアリシアとしては有難いお話ではあるが、現状でブラーシュ家がダンヴィル家と婚約をしても何のメリットもないのだ。どう考えても何かの勘違いに違いない。
そうは思ったが何度読んでも手紙にはアリシアの名前が書かれている。
「アリシア、念のためにもう一度聞くけれど、何か婚約を希望されるような事はしていないのよね?」
「ええ、特にはないわ、母様。むしろ良くしていただいたのは私の方だもの。ジェイムズ様を追い払ってくれたし……」
「ジェイムズ様……本当にあの人、何で今も姉様に絡んでくるんだろうね」
アリシアの言葉にリュカが心底呆れた顔になった。婚約の話がなくなった後もパーティーで何度も絡まれているのは、リュカを含めてダンヴィル家の者は全員知っている。
父のドナも、母のドロテも「あの子は仕方ない子ね」と肩をすくめた。
「向こうが姉様を蔑ろにしたんだから、いい加減しつこいよね。そろそろ出るところ出る? 証拠や証言も集めてあるし、今なら結構ふんだくれるよ」
「こらこらリュカ、言葉遣いが悪くなっているよ。だけどそれはもう少し後に取っておこう。アリシアが本当に困った時に使おうね」
怒るリュカをそう言ってドナは宥める。
アリシアはふふ、と笑って「ありがとうね、リュカ」とお礼を言う。
リュカはまだ少し納得していなさそうだったが「分かったよ」と頷いてくれた。
「でも姉様。腕を掴まれたんだよね? 今度は何をされるか分からないから、次からは僕も一緒に行くからね」
「うん、ありがとう! 頼もしいわ!」
自慢の弟が一緒に来てくれるのはアリシアも嬉しい。
なのでにこにこしていると、アリシアはある事を思い出した。
「そう言えば腕を掴まれた時に髪飾りを落としたの。それをクロード様の前で造花魔法で修復したわ」
「そうなの? なるほど……確かブラーシュ家は魔法に長けた家だったわね。そうなると興味を持たれたのはそこかしら」
ドロテが顎に指を当てて考えながらそう言う。
言われてみると、確かにクロードは造花魔法を見て楽しそうにしていた。
でもあれだけで婚約しようという気になるかなぁと、アリシアは首を傾げる。
正直、今のダンヴィル領やダンヴィル家とは縁付いたところでメリットがない。
妖精達が戻って来てくれたなら話は違ってくるが、それがいつになるかも分からない。
農業以外で何か新しい産業をとも考えて動いてはいるが、なかなか上手くは行っていないのだ。
ジェイムズの言葉ではないが、今現在の状況ではデメリットの方が多いダンヴィル家のアリシアと婚約しても、ブラーシュ家としては旨味がないと思う。
(まぁ、そんな状態で私は婚活していたわけだけど……)
もしアリシアが結婚出来なければ、中継ぎの領主として働いて、リュカの子に継いでもらう選択肢もある。
けれどもそうなった場合でも、その子に大変な状態のままのダンヴィル領を背負わせるわけにいかない。
アリシアの婚期が遅れて子が出来なくても、せめて現状を回復するために力を合わせられる人と結婚して少しでも、少しでも次の世代とダンヴィル領の人々のために、良い状態にしておきたい。
だからアリシアは結婚相手を探しているし、今回のブラーシュ家からの婚約打診は嬉しい。
嬉しいのだが……。
「クロード様なら結婚相手なんて、探せば幾らでもいそうなんだけどなぁ……何で私なんだろう?」
「うーん……そう言えばクロード様って、なかなか婚約者が出来ないんだったっけ」
「そうそう。不思議よね、私じゃあるまいし」
アリシアとリュカが揃って首を傾げていると、ドナが「ああ、それはね」と口を開いた。
「妖精が絡んでいるらしいよ」
「妖精?」
「そうそう。ブラーシュ家は代々魔力が豊富で魔法の腕も良い。それには本人達の努力はもちろんだけど、妖精も絡んでいるんだよ。ブラーシュ家は昔から妖精に好かれているからね」
父はアリシアにそう教えてくれた。
この世界には魔法という、魔力という体の中や自然の中に流れるエネルギーを使って、不可思議な現象を起こす方法が存在している。
例えば何もない場所から水を出して撒いたり、道具を使わず綺麗に土を耕したり。
厳密に言えば魔力をそういうものに変化させているので、無から有を作り出しているわけではないが、イメージとしてはそんな感じのものである。
そんな魔法を使うためには二通りの方法がある。
一つは先人達が学び、研究し、作り上げた魔法という学問を学んで習得する事。こちらの方が一般的だし、魔法と言えばまず浮かぶのはこちらだ。
そしてもう一つはアリシアのように、妖精から魔法を贈られる事だ。妖精達からとても好かれると「これあげるー!」と魔法をプレゼントしてくれる事がたまにある。
魔法を使うために魔力があるのは大前提ではあるが、魔法を使うために必要なのはそういった方法である。
「クロードさんも妖精にとても好かれていてね。というか好かれ過ぎていてね」
「好かれ過ぎる?」
「うん。婚約の話が出てもね、ブラーシュ領の妖精がその相手が気に入らなかったら追い返しちゃうんだよ」
「あらー」
それは大変だなぁとアリシアは呟く。
ただそれはある意味で、妖精の行動も正しいのではないだろうかとも思う。
その理由は「妖精達は悪意にとても敏感」という事だ。
「でもそれって、クロード様に悪い感情を抱いていたから、妖精が追い返したんじゃない?」
「だよね。だけどクロード様も領主一族だから、明るい感情だけ持って近づいて来る人は少ないんじゃないかな。ほら、基本的に政略結婚でしょ?」
「僕達は恋愛結婚だけどね!」
「うふふ。そうね、あなた」
アリシアとリュカがそう言うと、ドナとドロテは手を取り合ってにこにこ微笑み合う。
いつまでも仲の良い夫婦である。放っておくとイチャイチャし始めそうなので、コホン、とリュカが小さく咳をして話を戻した。
「姉様はクロード様に悪意抱いてなさそうだもんね。造花魔法と合わせて、そこが気に入られたのかな」
「妖精達に好かれるのは嬉しいけれど、本当にそんな理由なら……だ、大丈夫なのかなクロード様。だってこちらの立場から考えると婿入りをお願いする事になるのよ?」
「本人とブラーシュ家が良いならそれで問題ないんじゃない? 僕は姉様が嫌な思いせずに添い遂げられる相手ならいいと思うよ」
「リュカ……優しい……!」
優しい弟の言葉にアリシアは感極まって抱き着く。
こちらもこちらで仲の良い姉弟である。
まぁ、それはともかく。とりあえずアリシアが婚約の打診をされた理由については、今現状で考えられるのはその辺りだろう。
(あちらにはメリットがないかもしれないのが申し訳ないけれど……でも、婚約出来たらそれはそれで嬉しいわ)
アリシアの目的は達成出来るし、二日前に会ったばかりのクロードは素敵な人だったし。
申し訳ない気持ちはあれど、有難いとは確かに思う。
なので。
「話をしてみて、お互いに問題がなかったら、このお話を受けて見ようと思うのだけど……父様、母様、リュカ、良いかしら」
アリシアが家族にそう聞くと、三人は笑って「アリシアが幸せになれるなら良いよ」と言ってくれた。
何よりもアリシアの事を考えてくれる優しい家族に、アリシアはじーん、としながら「ありがとう!」と返すのだった。