妖精の宴
それから十日後。
夜空にキラキラと星が瞬く美しいこの夜、アリシア達は王城へやって来ていた。
もちろん『妖精の宴』に参加するためである。
王族主催かつ王からのご招待という事もあって、アリシア達はいつも以上にしっかりと装いを整えていた。
金額的には厳しいが、今回は特別なお祝の場という事もあって衣装も新調している。
アリシアも気合いを入れて、今回参加する自分の家族とブラーシュ家、それからマクリル家分の造花のアクセサリーを作って贈っている。
つまり皆でお揃いである。事前に相談したところ、三領地の繋がりを周囲にアピールするにも良いだろうと、アリシアの提案は好意的に受け入れられていた。
星の形をした白い花――妖精の花とも呼ばれるファータステラを造花で作り、それをブローチに加工してそれぞれ身に着けている。
ちなみにアリシアとクロードの分は対になるようなデザインになっている。造花を作っている時に思いついて、こっそりチャレンジしたものだ。
知っているのはクロードだけだが、並んだ時にそれが分かったらしいジョゼやリュカからは「あら~」と微笑ましそうに見られて、アリシアはちょっと照れた。
さて、そんな調子で準備を整え、やって来た王城の大ホール。
ここが妖精の宴の会場となる。豪奢なシャンデリアに照らされたホール内は、いたるところにファータステラが飾られていた。
その近くを妖精達も楽しそうに飛んでいる。
それを見て妖精が大好きなアリシア達が、つられてしまりのない笑顔を浮かべていると、
「えへー、えへへー、アリシア、アリシア! 髪飾り似合う? 似合う?」
とご機嫌な様子のミアキスがアリシアの目の前に移動して聞いてきた。
髪にはアリシアが作ったお揃いの造花が飾られている。
実はせっかく皆でお揃いなのだからミアキスも一緒が良いなぁとアリシアは頑張ったのだ。
妖精が身に着けられるサイズの造花は作った事がなかったので、何度も何度も失敗したが、その努力の甲斐もあり納得のいくものが出来上がったのである。
そうしてミアキスにプレゼントをすると、とても喜んで貰えた。クロード曰く「今日までずーっとにこにこしながら見ていたんですよ」との事で、それを聞いてアリシアは心の底から頑張って良かったと思った。
「とっても似合っていますよミアキスちゃん。可愛いです!」
「やったー! えへへ、えへへ。聞いた、クロード! 可愛いって!」
「ええ、ふふ。良かったですね、ミアキス」
「うんっ!」
ミアキスは空中をくるくる回りながら、妖精達のところへ飛んでいく。そこでも髪飾りを自慢して、妖精達から「いいなー!」「かわいー!」なんて褒められていた。
「アリシアさん、ありがとうございます。あんなにはしゃいでいるミアキスを見るのは久しぶりです」
「いえいえ。ミアキスちゃんにもいっぱいお世話になりましたし。喜んでくれて私も嬉しいです」
可愛いなぁ、嬉しいなぁ。そんな気持ちになってアリシアがにこにこしていると「クロード様っ!」という甲高い声が聞こえて来た。
思わずアリシア達の顔が笑顔のまま固まる。リュカなんて「ああ、来ちゃった……」と呟いている。
分かっていたが、もう少しこのお祝いの場の空気を堪能させて欲しい。
そんな事を思いつつアリシア達は声の方――ブリギット・エヴァンの声が聞こえた方へ顔を向ける。
そこにはバラをイメージした美しい深紅のドレスを身に纏ったブリギットがいた。彼女を見た途端、ジョゼの兄ロイスの顔が強張る。けれどもブリギットはロイスに目もくれず、クロードだけを見つめていた。
「ごきげんよう、皆様。とても素敵な夜ですわね」
「ごきげんよう、ブリギット様。ええ、そうですね。とても素敵なお祝いの夜ですから」
「うふふっ。でもね、アリシアさん。きっと、あなたの想像以上に、もっと素敵な夜になりますわよ。ねぇ、クロード様もそう思いませんこと?」
何やら言葉に含みを持たせるブリギットに、アリシア達は笑顔のまま、
(この人、実行する気だ……!)
なんて確信を得た。得たくなかった。
まぁ事前に何をしてくるか予想が出来れば、対策を取りやすいのでそこは良かったかもしれない。もっとも何もして来ないのが一番ではあるが。
熱が込められた眼差しを向けて来るブリギットに、クロードはにこりと微笑むと、
「そうですね。妖精の宴にご招待いただいたのは名誉ある事ですし。それにアリシアさんと一緒ですから。大切な婚約者と一緒に参加出来るなんて、とても素敵な事だと思います」
と言った。大切な、という部分でアリシアの顔に熱が集まった。
アリシアが照れて少しもじもじしていると、それを見たクロードが楽しそうにくすくすと笑う。
そんな感じで微笑み合っていると、ブリギットがとたんに不機嫌な顔になる。しかし直ぐにそれを隠して、
「いやだわ、クロード様ったら。わざとそんな振る舞いをなさらなくたって、わたくしの想いは揺らいだりしませんのに……」
「……はい?」
「大丈夫ですわ、わたくし、クロード様のお気持ちは分かっておりますもの。ですから安心なさって?」
「…………」
ブリギットは頬に手を当てて頬を染め、目を伏せた。
ポジティブ過ぎやしないかとアリシア達は思った。
そう思っていると、今まで黙っていたジョゼが一歩前へ歩み出た。
「ええ、そうですよね。分かっておりますよね、ブリギット様も。だってアリシア様とクロード様はこんなにもお似合いなんですから。そこに誰かの思慕が入り込む余地なんてありませんものね」
そして笑みを深めてそう言った。
ジョゼが浮かべる笑顔こそ美しいものの、その目はまったく笑っていない。
兄の事もあってブリギットに対してかなり怒っているようだ。
冬の日に吹く風のように、冷え冷えとした空気がジョゼから発されている。
アリシア達が、おおう、と軽く慄いていると、さすがにブリギットにもその怒りが伝わったようで顔色が悪くなった。
「えっ、いえ、わたくしは……」
「私、お二人にはとてもお世話になったのです。ですからお二人が健やかに、幸せに過ごすために、力になりたいと思っているのです」
「え、ええと……そ、そうなんですのね……?」
「ええ。ですから、おかしな事を企む方がいたらぜひ私に教えてくださいね、ブリギット様」
「…………」
ジョゼの圧に押されて、ブリギットは軽く仰け反り言葉に詰まった。
アリシアはジョゼに大人しい印象を感じていたが、どうやらこの三年の経験でたくましくなったようだ。強い。
自分も見習わねばと、ジョゼに尊敬の眼差しを向けていると、王を始めとした王族が会場に入って来た。
王に王妃、その後ろにジニア、ローゼル、ミモザの順だ。ローゼルとミモザはアリシア達を見付けると、ひらひらと小さく手を振ってくれた。
ミモザの胸には誕生日にアリシアとクロードが贈ったブローチが輝いている。あ、と思って、アリシアは嬉しくなる。
そうしてにこにこしていると、王族は用意された位置につき、
「皆、今宵はよくぞ集まってくれた。妖精と我らマルカートの人間が友好を結んだこの日を、三年ぶりにこうして共に祝える事を私は嬉しく思う。この宴は妖精への感謝を捧げる場であると共に、我々から皆を労う場でもある。どうか心行くまで楽しんで欲しい。それでは……」
と王はそこまで行って、ふと斜め前に視線を向けた。
するとそこへシャボンのような光がふわふわと集まり始める。
あ、これ見た事あるなとアリシアが思っていると、集まった光が人の形になり、ややあってそこに妖精の王アルベリヒが現れた。
白く美しい長髪がサラサラと揺れ、金色の瞳が楽しそうに細められている。
「我らの友人、妖精の国の王アルベリヒ殿へ拍手を」
王がそう言うと、会場から喝采が起こる。アルベリヒを初めて見た者もおり「わあ!」と歓声も混ざっていた。
アリシア達も熱心に拍手をしていると、アルベリヒは軽く手を挙げて「やあ」と微笑む。
「三年ぶりだね。会えて嬉しいよ、我らの友人。ではこれは私達からのお祝いだ」
そして彼はその手の平を上にし、前に差し出した。
するとそこから光の花びらがぶわりと舞い上がり、会場中に広がった。
妖精達も「せーのっ!」と両手を広げて、思い思いの光の花びらを作り出す。
キラキラ、ふわふわ。会場中を鮮やかな光が舞い踊る。それは夢のような光景だった。
「きれい」
アリシアは小さく呟く。多くの言葉はいらない。ただただそう思った。
その光景に見惚れていると、
「気に入っていただけたかな?」
とアルベリヒが言う。その声にアリシア達は拍手で応えた。
「うん、嬉しいね。……さて、それではカポック。もう一つ良いかい?」
拍手が収まると、アルベリヒは王に向かってそう言った。カポックと名を呼ばれた彼は楽し気に笑って頷く。
「もちろんだとも、友よ。実は楽しみにしていてな。見るのは、私の子供の頃以来だよ」
「おや、そんなに経っていたのか。それでは気合いをいれなければな」
二人はそんなやり取りをした後、何故かアリシア達の方へ顔を向けた。
おや、と軽く首を傾げていると、
「クロード・ブラーシュ、アリシア・ダンヴィル、こちらへ来てくれ」
と名を呼ばれた。




