婚活を忘れていたら手紙が届いた
パーティーの二日後。
屋敷に戻ったアリシアは『造花魔法』で花を作りながら、先日の事を思い出していた。
もちろん頭に浮かんでいるのはクロードの事だ。
クロード・ブラーシュ。
ブラーシュ領の領主一族の次男で、歳はアリシアより二つ年上の二十歳だ。
この国で一番大きく歴史のあるマルカート王立学園を首席で卒業するくらい成績が優秀で、さらには美しい銀髪と銀の瞳、そして整ったその容姿から『氷晶の君』と呼ばれている。もっとも本人はそう呼ばれる事に抵抗感があるようだが。
ブラーシュ家は代々魔力が豊富で魔法の腕も優れており、王族からの信頼も厚い。
次男のクロードも例に漏れず素晴らしい実力と実績を持っているのだが、何故かなかなか婚約者が出来ないそうだ。引く手数多だろうに不思議なものだとアリシアは思った。
二日前のブラーシュ家で開催されていたパーティーは、クロードの婚約者探しの意味合いもあったのだと、アリシアはパーティーが終わった後で知った。
(それにしても夢のような時間だったな……)
魔力で花を練りながら、ほう、とアリシアは息を吐く。
これまでに参加したパーティーではいつもジェイムズに絡まれていたので、アリシアはああいう場でまともにダンスを踊った事が無かった。
壁の花になって「いいなぁ」なんて見つめているくらいで、自分がその場に立つ事は滅多にない。
だからあんな風にダンスを踊ったのも、そして楽しめたのもブラーシュ家のパーティーが初めてだ。
ジェイムズの件で嫌な思いはしたものの、それを忘れさせてくれるくらい楽しいパーティーだった。
「クロード様、素敵だったなぁ。あんなに素敵な人とダンスが出来たなんて……えへ……」
アリシアはそう呟きながら微笑む。顔がついついにやけてしまう。
何せダンスの相手はブラーシュ家のクロードだ。普通に生きていれば、まずアリシアにはご縁のない相手である。
一応はお互いに領主一族という共通点はあるし、その関係で顔を合わせる機会くらいはあるだろう。けれどあったとしてもその程度だ。
――一生分の思い出になったなぁ。なんて思っている内に、アリシアの手の中に造花が一つ完成した。
作っている最中にクロードを思い浮かべていたせいか、出来上がった造花は彼の髪と同じ色になっていた。
手の中の造花は銀色に淡く光り、キラキラと輝いている。氷晶の花、なんて名付けたらそれっぽいだろうか。
けれども何となくこれを売り物にする気持ちになれなくて、取って置こうかなぁなんてアリシアはしばらく花を見つめる。
そうしてしばらくして、アリシアはふっとある事を思い出し、ハッとした。
「って、あれ!? そうだ、私、婚活に行ったのでは!?」
そして反射的に叫んでしまった。たらり、と額から汗が流れる。
そう言えばパーティーに参加したのはダンスを楽しむとかではなく、そもそも婚活だったはずだ。
ダンスを楽しんで、その後もクロードやご令嬢方とお話をして「すごく楽しかったな~」と幸せいっぱいだったものの、考えてみれば目的は何一つ達成できていない。
あまりの楽しさに婚活なんてアリシアの頭からすっかり抜け落ちていた。
仮に婚活が出来なかったとしても、せめて新しい縁を作るくらいは出来たのでは。
そう思って、
ガーン、
とアリシアが打ちひしがれていると、部屋のドアが静かに開いた。
「姉様、大きな声を出してどうしたの?」
そんな事を言いながら、ひょいと顔を覗かせたのはアリシアの六つ年下の弟のリュカだ。
利発で頭も良く、姉よりもしっかりしていると評判の、アリシア自慢の弟である。
そんなリュカに向かってアリシアは大慌てで今思い出した事を報告する。
「聞いてリュカ! 私、婚活を忘れていたの!」
「そうだね。姉様の様子を見ていると、何となくそうかなって思っていたよ」
どうやらアリシアが思い出すよりもずっと早く弟は察していたらしい。
アリシアはしょんぼりと肩を落とす。
「せっかくブラーシュ家主催のパーティーに参加できたのに……」
「でも姉様、楽しかったんでしょ?」
「とっても!」
それはもちろんそうだ。
アリシアがパッと明るい表情を浮かべて頷くと、リュカはにこっと微笑む。
「じゃあ、良かったじゃない。姉様が行って楽しかったのなら、僕は嬉しいよ」
「リュカありがとう、優しい……!」
感極まってアリシアが抱き着くと、リュカは「はいはい」と慣れた様子で姉の背中を軽く手でポンポン、と優しく叩いた。
本当にしっかりした十二歳である。
「ところで姉様。姉様に手紙が届いたよ」
「手紙? どなたから?」
「そのブラーシュ家から」
「え?」
さらっと言い放つリュカにアリシアはぴしりと固まった。
弟は今何と言っただろうかと、アリシアの思考も一緒にフリーズする。
そしてややあって、アリシアは「えー!?」と驚きの声を上げた。
「な、何で!? 何でブラーシュ家からのお手紙が私に!?」
「正確にはうちに届いたんだけど、内容が姉様宛てだったんだよ。あっちで手紙を読んだ父様が気絶して母様に介抱されているよ」
「大事になってる!」
アリシアとリュカの父ドナは大らかで優しい性格だ。けれども驚きが許容量をオーバーすると気絶する事がある。
その分、母のドロテがしっかりしているので問題ないのだが。
それにしても父が卒倒するくらい驚く内容とは一体何だろう。想像してアリシアはサアッと青褪める。
「ど、ど、ど、どうしようリュカ! 私、昨日のパーティーでとんでもない粗相をしちゃったのかな!?」
「姉様、何かまずい事したの?」
「思い当たる節はないけれど、私が気付いていないだけで、とんでもない事をしてしまったのかもしれないわ! どうしようリュカ!」
「はいはい、ちょっと落ち着こうね、姉様」
あわわわ、あわわわ、と慌てるアリシアを、リュカが少し呆れた顔で宥める。
「大丈夫だよ、姉様。僕も手紙を読んだけど、悪い事は書かれていなかったから」
「そ、そう? 良かったぁ……」
リュカの言葉にアリシアはホッと息を吐く。
悪い内容でないなら良かったけれど、ならば一体どんな用事の手紙なのだろう。
アリシアは首を傾げながらリュカに尋ねる。
「ねぇリュカ、手紙にはどんな事が書かれていたの?」
「あ、うん。姉様へ婚約の打診だよ」
「こんやく」
「そうそう。クロード様とのね」
「…………」
ぴしり、とアリシアは再び固まる。
頭の中に『婚約』と『クロード様』の言葉がぐるぐる回り始め、そして。
「……きゅう」
「わー! ちょっと姉様!」
思考が限界を迎えたアリシアは、頭の中と同じく目を回し、倒れかける。
幸い、直ぐにリュカが支えてくれたので怪我はなかったが。
そんなリュカは腕の中で気絶している姉を見ながら、
「本当、姉様って父様に似てるよねぇ。大丈夫かな……」
なんて呟き、小さくため息を吐いたのだった。