彼らの言葉、彼女の判断
翌朝。
マクリル家の二階にある客室に一泊させて貰ったアリシアは、外から聞こえて来る賑やかな声で目が覚めた。
時計を見ればまだ早い時間だ。何だろうかとカーテンを少し開けて外を覗いてみると、屋敷の前にマクリル領の領民達が集まっているのが見える。
思わずアリシアはぎょっとした。
ただ怒っているとか、そういう雰囲気ではない。彼らの前にはジョゼがいて、何かを話している様子だった。
アリシアは慌てて服を着替え、一階のエントランスへ向かう。
「ジョゼ様、マクリル蚕が繭玉を作り始めたって本当ですかっ?」
「夜中に妖精も見た奴もいるって……」
「あのっそれにダンヴィル領の方がどうしてこちらに?」
エントランスのドアは少し開いていて、外の声が聞こえて来る。
どうやら領民達はマクリル蚕とアリシア達の事が気になって集まったようだ。
アリシア達の事はともかくとして、マクリル蚕の事は彼らにとって何より大事な話だ。どこからか繭玉の話を聞いて、いてもたってもいられずにやって来たのだろう。
「本当です。ダンヴィル領のアリシア様とブラーシュ領のクロード様が、協力してくださったおかげです」
「ブラーシュ領もですかっ?」
王族とも繋がりのあるブラーシュ家の名前が出て、領民達がざわつく。
その表情に見えるのは不安半分、期待半分と言ったところだろうか。
「ジョゼ様、あの……国王陛下は私達の事を、お赦しくださったのでしょうか……?」
「いいえ、それはまだです」
「そうですか……」
一人がガッカリと肩を落とす。それにつられて他の領民達も目を伏せた。
ダンヴィル領はともかく、ブラーシュ領の人間までやって来たのだ。もしかしたら、と思ったのだろう。
そんな彼らを見ながらジョゼは「ですが」と続ける。
「もう一度、我が領の処分を見直して貰えるかもしれません」
「えっ?」
「ダンヴィル領とブラーシュ領の皆さんがそのために、当時の事を調べ直してくださっているのです」
「…………!」
ジョゼの言葉に領民達の顔に生気が戻る。
けれどまだ半信半疑の様子で、お互いに顔を見合わせている。
「ほ、本当ですか……?」
「本当ですよ」
今かな、と思ってアリシアはそう言って外へ出た。
突然話に入って来た人間にその場にいた全員の視線が集まる。
「アリシア様、起こしてしまって申し訳ありませんっ」
「いえいえ、早起きは良い事があるって話がありますし。おはようございます、ジョゼ様、皆さん。ダンヴィル領のアリシアと申します」
にこりと笑って挨拶をすると、マクリル領の領民達は大慌てで頭を下げた。
その中で一人、アリシアの弟と同い年くらいの少女が「あっ、馬車のお姉さん!」と小さく声を出した。
マクリル領へ来た時に見かけたあの少女だ。
彼女はアリシアを見ながらぎゅっと胸の前で手を握る。
「あのっ! あの、本当に、調べてくれるんですか? ジョゼ様達は悪くないって、証明してもらえるんですかっ?」
そう言って少女はアリシアを見上げる。大人から「だ、だめだよ!」と慌てるのをアリシアはやんわりと止めて、彼女の前にしゃがみ視線を合わせた。
不安そうにこちらへ向けられた瞳を見つめながら、アリシアは答える。
「はっきりと『そうだ』とはまだ言えません。ですからそのために調べています。私もそうであったら良いと思っています。あなたもそう思ってくれているのですね」
「はい! ……あのね。あの時何があったのか、ほとんど誰も見てないんです。領主様達が危ないから家に入っていなさいって言ってくれたから」
少女は泣きそうな顔でぽつりぽつりとそう話してくれる。
アリシアは相槌を打ちながら彼女の言葉を聞いた。
「見てないの。でもね、領主様達は妖精達に酷い事なんて、ぜったいにしないの。すごく優しいの。だからっ」
「ミラ……」
少女の言葉を聞きながらジョゼがそう呟いた。ミラ、というのがこの子の名前のようだ。
ミラはぐっと歯を食いしばった後、勢いよく頭を下げて、
「だからっ、領主様達を助けてくださいっ! お願いしますっ!」
と言った。彼女の言葉に、周囲の領民達も次々と「お願いします!」と頭を下げた。
アリシアが軽く目を見張る。
「お願いします、領主様達はそんな事、しないんです……!」
「いつだって俺達を庇ってくれたんです! 助けてくれたんです!」
「あの時だって、あんな証言をしたのは、元々うちの人間じゃなかったんです!」
「……何ですって?」
必死で言い募る領民達。その中に、気になる話を聞いてアリシアは立ち上がった。
「証言をしたのはマクリル領の方ではなかった?」
「は、はい。エヴァン領から引っ越してきたって奴で、あの事件の後に姿を消して……」
話を聞いてアリシアが薄ら寒さを感じた。
今の言葉が正しければマクリル領は陥れられた可能性がぐんと上がる。
というより下手をすると罪を全部押し付けられていたかもしれない。
アリシアはジョゼの方を振り向いて、
「ジョゼ様、今の話は国には?」
と聞いた。するとジョゼは力なく首を横に振る。
「話しました。国は動いてくれてあちこち調査してくださったのですが、見つからなくて……」
「なるほど……。あの、あなた。顔は覚えていますか?」
「いえ、何せ三年前なので……あ! でも特徴だけは分かります!」
「特徴?」
「胸元に蝶のタトゥーを入れた男です」
「それは実に分かりやすい」
うん、とアリシアは頷く。
マクリル領が罪を犯したのか、否か。そのための判断材料がまた一つ増えた。
これは急いで情報を共有しなければと思っていると、
「あたし、それ聞いた事あるよー!」
という声が後ろの方から聞こえて来た。
あれっと思って振り返ると、クロードとミアキスの姿がある。
どうやら二人も騒ぎを聞いて目を覚ましたようだ。
「こら、ミアキス。今は静かにしていないと」
「えー? クロードだって声をかけるタイミングに迷っていたじゃない」
「それはそうですが」
二人はそんなやり取りをしている。どうやらいつ声をかけるか迷っていたようだ。
アリシアは小さく笑うと二人に向かって挨拶をする。
「クロード様、ミアキスちゃん。おはようございます」
「あ、ええと。おはようございます。……立ち聞きみたいになってしまってすみません」
「いえいえ」
アリシアが呼び掛けると、クロードは若干気まずそうに近づいて来る。
ミアキスはそんな彼の近くをパタパタと飛んでいた。
マクリル領の領民達はミアキスを見て「妖精だ……!」と目を見開いている。
「ミアキスちゃん、蝶のタトゥーの人の話、聞いた事があるんですか?」
「うん、あるよー! 妖精の国に行った時に、マクリル領にいた妖精に聞いたの。すっごく嫌な感じだから、怖かったって言ってた!」
「ちなみに顔とか覚えていたり?」
「んふふ、あたし達の記憶力、嘗めて貰っちゃ困るよー!」
「妖精はどんなに些細な事も、しっかり覚えていますからねぇ」
もちろん、と胸を張るミアキスに、クロードが苦笑しながら補足する。
そう言えばとアリシアは思い出す。ダンヴィル領の妖精も自分達が小さい時の事をよく話してくれていた。
なるほどと納得していると、
「クロードの小さい時の面白話もいっぱいあるよ! 聞きたい?」
「聞きたいです!」
「ダメです!」
ミアキスの言葉にアリシアとクロードが同時に言った。
言葉は正反対だが声はぴったりだ。ミアキスが思わずといった様子でくすくす笑う。
そのままミアキスはジョゼの方へ顔を向けた。
「いいよ、聞いて来てあげるよ! あたし、あんた達の事嫌いじゃないもの!」
「えっ?」
ミアキスの言葉にジョゼが驚いた顔になる。
これはと思いながらアリシアはミアキスを見る。
「それじゃあミアキスちゃん、見極めは……」
「一晩ぐるっと見てきたわ! オッケーだよ!」
ミアキスが両手で大きく丸を作ってみせた。
アリシアとクロードは「よし!」と頷く。
そのまま事情を呑み込めないジョゼやマクリル領の人達に妖精の王からの話をすると、彼女達の顔色がみるみる明るくなっていくのが分かった。
ややあって、歓声が上がる。その声に驚いて枝に止まっていた小鳥がバサバサと飛び立つ。
「まだ喜ぶのは早いですが……でも気持ちはよく分かります」
「そうですね。ミアキスの反応を見ても、過去はとりあえず置いておくとしても、今はもう大丈夫でしょう」
喜ぶジョゼ達を見ながら、アリシアとクロードは小声でそう話す。
マクリル領を取り巻く状況が良くなるかどうかはまだ分からない。
けれどミアキスが――妖精が大丈夫だと判断した。ならば後は証拠を集めて、それが冤罪であったと証明出来たら、それを晴らすだけだ。
この国の王は過ちを隠さない。そして言い訳をしない。アリシアは両親からそう聞いている。
「クロード様」
「はい」
「頑張ります」
「ええ。私も頑張ります」
アリシアが右手で拳を作って見せると、クロードも同じように手を握り。
お互いの拳をコツンと軽く合わせて気合いを入れたのだった。




