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造花令嬢の婚約  作者: 石動なつめ
第四話 造花令嬢と失われた信頼
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あの時何があったのか


「ところでジョゼ様。気になっていた事を伺っても良いでしょうか?」

「……妖精を襲った事、ですよね」


 話がひと段落し、両親が戻って来るのを待つ間。

 アリシアは一番疑問に思っていた事をジョゼに聞くと、彼女はそう返してくれた。その問い自体は想定していたようだ。ジョゼは頷くと「実は……」と前置きし話始めた。


「事の発端は兄のロイスが婚約した事でした」

「ロイス様の婚約者と言うと、確かエヴァン領のブリギット様でしたよね?」

「はい、そうです」


 リュカが聞くとジョゼは頷く。

 アリシアは思い出して「ああ……」と複雑な顔になった。

 エヴァン領とは、マクリル領と同じく妖精に手を出そうとして処罰を受けた、ダンヴィル領の左隣の領地だ。ブリギットはそこの三番目の子で、アリシアより二つ歳上の女性である。

 実はアリシアはこのブリギットが少々苦手だった。隣の領地という事で交流はあったが、顔を合わせるたびに高圧的な物言いをされていたからだ。しかしその程度ならばアリシアも我慢はできたのだが、ある日家族を貶めるような発言をされた時に言い返し、それがきっかけでブリギットとの交流は途絶えた。

 幸いエヴァン領との関係は悪化しなかったが、事情を知った両親はそれ以降、ほどほどの距離感を取るようにもなっていた。

 ちなみにブリギットもジョゼと同じく、事件には関与していなかったとの事で処分を免れている。


 そのブリギットが婚約した相手がジョゼの兄ロイスである。

 ロイスは争いを好まない物静かで紳士的な性格で、ふんわり浮かべる柔和な笑顔が素敵だと女性から人気だった。アリシアがジョゼと交流している時も「妹をよろしくお願いします」「妹は少々不器用なところがありますが、良い子なんですよ」「妹がこれを作ってくれまして」と、顔を合わせたら妹自慢を聞かされた。同類の気配を感じ取って、アリシアも弟自慢をしてみたところ『うちの弟妹は可愛い同盟』が結成された。後でそれを知ったリュカが頭を抱えていたが。

 まぁそんな事情で、基本的にアリシアはジョゼやロイス、もっと言えばマクリル領の領主一族に対しては、妖精の里帰りの一件以前は悪い感情は抱いていなかった。

 だから余計に不思議なのだ。領地も裕福、性格的にも悪さをしそうにない彼らが、何故あんな真似をしたのかが。

 

「確か婚約はエヴァン領というか、ブリギット様のごり押しでしたよね」

「姉様、もうちょっと言い方がね?」

「ブリギット様の鬱陶しいくらいの求婚でしたよね」

「確かに変わったけどそうじゃないよ姉様……」

「だって、本人から聞いたのよリュカ。毎日ラブレターを送っていた成果よって。仲が良いなら別だけど、そうじゃないなら困るな~って」

「ああ、それは確かに……。というか姉様はどういう経緯でブリギット様から聞いたの?」

「突然手紙で知らせて来たの」


 当時の事を思い出してアリシアは肩をすくめた。

 その頃にはブリギットと交流なんてなかったのに、婚約が決まった途端に急に手紙が送りつけられてきたのだ。

 自分はあのロイスを落としたのだとか、あなたにはこんな素敵な婚約者は無理でしょうとか。自慢話が延々と書かれていて、最後に「結婚式には呼んであげるから、盛大にうらやましがるといいわよ」という文章で締めくくられていた。読み終わった時にアリシアは「うわぁ……」と声が出たものだ。

 ロイスの好みはブリギットのようなタイプではないと知っていたので、婚約したと聞くとやはり熱意に負ける形だったのかなぁと手紙を読みながらアリシアは思った。


「正直に言うと意外でした。ロイス様はお優しいですが、押しに弱い方ではありませんでしたから」

「実は、元々ロイス兄様も受ける気はなかったのです」

「そうなのですか?」

「はい。……婚約を受けざるを得ない状況になってしまったからなのです」


 ジョゼは一度目を伏せてそう言った。どうやら何か理由があるらしい。

 アリシアが「状況ですか」と返すとジョゼは頷く。


「とあるパーティーで、その……ブリギット様に部屋に忍び込まれてしまって……」

「……忍び込まれて?」

「兄が宿泊する部屋に」

「…………」


 嫌な予感がして聞き返すと、とんでもない答えが返って来た。

 これにはアリシアとリュカは絶句する。

 するとジョゼが少し慌てた様子で、


「だ、大丈夫です! 国王陛下に誓って兄は何もしておりませんからっ」

「そ、そうですよね。ロイス様に限って、あり得ないとは思いました!」


 襲われた可能性については若干浮かんだが、リュカの手前、そこはさすがにアリシアも言葉にしなかった。

 しかしぞっとする感覚とはこういう事だろうか。悪い方の意味で心臓が痛い。


「あの、えっと……それでどうなったんですか?」

「何とか部屋を出て貰ったそうなのですが、そこをたまたま(・・・・)複数人の方に見られてしまって……」

「それってもしかして、その理由で責任を取れとか、そういう?」

「……はい。目撃していた方にも『ブリギット様が部屋に無理矢理連れ込まれていた』と証言されてしまって……」


 たぶんそれはブリギット側の仕込みだろうなとアリシアは思った。

 ジョゼも『たまたま』と若干含むように言ったあたり、そう考えているのだろう。

 それにしても思った以上に酷い話だった。第三者のアリシアがそう思うのだから、当事者であるジョゼ達の精神的負担は相当なものだっただろう。

 しかし――――。


「でも変ですね。私、婚か……じゃなくて。ご縁作りにパーティーへよく参加していましたけれど、そういう話は聞いた事がありませんでした。リュカはどう?」

「僕も同じ。うちに来る商人からも聞いた事がないよ。そういうゴシップって広がりやすいのに何の噂もなかったし」


 不思議そうにリュカが軽く首を傾げる。

 良い話より悪い話の方が人の印象に残りやすく、また面白おかしく脚色されて広がりやすい。

 人の不幸は蜜の味なんて言葉があるくらいだ。領主一族の話題なんてそれこそ特にだろう。

 二人の疑問にジョゼは頷き、 


「その噂を広めないし、周囲に広がらないように根回しをする。だから娘と婚約するようにと、エヴァン領の領主様から言われたのです」


 と答えてくれた。どうやらエヴァン領の領主もグルらしい。

 ははあ、とアリシアは小さく呟いた。


「……娘が関係している醜聞を広めたくない、という気持ちもアリと言えばアリですが。私は限りなく黒かなと思います」

「私もそう思います。ですが『そうではない』と言い返せるものは兄の言葉しかなくて」

「証言としては弱いという事ですね」

「そうです。……それが例え嘘だったとしても、その話が広まればマクリル領やマクリルシルクの評判に関わる。だから兄はブリギット様との婚約を受けたのです」


 ジョゼが悔しそうにそう言った。

 他人を自分の好きなように動かそうとする強引なやり方に、ブリギットらしさを感じてアリシアは嫌悪感を覚える。

 気持ちを落ち着けるように、アリシアは紅茶を飲んだ。話している間にすっかり冷めてしまっていたが、逆にそれが頭に熱が上りかけたアリシアには良かった。


 そのまま話の続きを聞いていると、エヴァン領はそれからも、その話を盾にマクリル領に無理を言ってきたそうだ。

 マクリルシルクをエヴァン領に優先的に融通して欲しいとか、技術交流と称してマクリル領の技術を奪おうとしたり、お金を貸して欲しいという話まであったそうだ。

 聞いている内にアリシアとリュカは揃って険しい顔になる。ジョゼの言葉だけを鵜呑みにするわけにはいかないが、それでも聞いた内容があまりに酷かったからだ。

 アリシアも昔は交流があったし、エヴァン領の領主夫妻とも顔を合わせた事はある。ブリギットの両親らしく彼女と似た面があったので、積極的に関わりたいと思う相手ではなかった。

 けれどもエヴァン領を預かる一族の人間だ。そこまで碌でもないとは思わなかった。


 ただジョゼ達も従うわけではなく、はっきりと断っていたらしい。エヴァン領からすれば自分達に有利な状態で婚約が成ったのだから、他の要求も通ると踏んだのだろう。

 思い通りに動かないマクリル領に業を煮やしたエヴァン領は、そこで再び強引な手段に出た。

 それが妖精の里帰りの一件に繋がる事件だった。


「あの日、我が領にやってきていたエヴァン領の者が、妖精を誘拐したのです」

「誘拐っ!?」

「ええ。彼らはどこからか『妖精は価値があり、他国で高値がつく』なんて話を聞いたらしく、自らの領地だけではなく私達の領地に生きる妖精達に手を出し始めたのです」

「……それは」


 アリシアは目を見張った。ジョゼの言葉を信じるならば、前提が変わる可能性があるからだ。


「父や兄達、そして連絡を受けた一族の者達は妖精を取り戻そうと必死でした。それで何とか助けられたものの、同じ事が起こりかねない。ならば先に妖精達を別の領地へ避難させ、その間にこの事を陛下へ伝えようとしたそうです。……けれどそれは叶わなかった。捕まり怯えた妖精達の感情を察知した妖精の王により、国王陛下へ連絡が行ったのです。そして国が動き、妖精の王の言葉と状況を証拠としてマクリル領とエヴァン領の領主一族は捕らえられた。……これが妖精の里帰りの一件の私が知り得た事実です」

「…………」


 聞き終えた時、アリシアは言葉が出なかった。リュカも衝撃を受けたようで、口に手を当てて何か思案している様子だった。

 ジョゼの言葉だけを信じるわけにはいかない。けれどアリシアが感じていた違和感は、ジョゼの言葉で解消できる。何故こうなったのかが理解できる。

 そして彼女の言葉が本当に真実だとしたら、マクリル領もまた被害者だ。


「状況証拠、というのは?」

「妖精達が捕らえられていた鳥かごを手に持っていた時に、騎士団がやって来たのです」

「タイミングが悪かったという事ですね」

「はい。……助け出された妖精達は怯え切ってしまって、そのまま妖精の国へ帰ってしまって」


 なるほど、とアリシアは頷く。隣ではリュカは難しい顔で、


「その事を説明はしなかったのですか?」


 と聞いた。ジョゼは軽く首を横に振る。


「した、と思います。ですがはっきりとした証拠がなく、妖精達が怯える姿を騎士団も確認していて……。私が急いで戻った時には全部が終わった後で。領民達も詳しい事を知るものはほとんどおらず、面会出来た際に兄達から話を聞いて訴えたのですが、私の言葉だけでは……」


 ジョゼは苦しそうに呟くと顔を伏せ、膝の上で拳を握りしめる。


「……あの時、例え評判を落とす事になったとしても、兄が婚約するのを止めるべきだった」


 絞り出すように彼女は言った。空色の瞳には後悔の色が強く浮かんでいる。

 あの時こうしていれば。それはアリシアにも理解できる気持ちだった。

 妖精の里帰りが起きた時、自分達がもっと安心を感じて貰えるような状態に出来ていれば。そうすれば彼女達は怖がって帰ってしまう事はなかっただろう。

 当時感じた後悔は今もアリシアの中にある。

 同時にその後悔は「二度と怖がらせるような事に巻き込ませない」と言う決意にもなった。


「――証明しましょう」

「姉様、何を?」

「マクリル領が無実である事を」


 アリシアの言葉にリュカは目を丸くし、ジョゼは目を見開いた。


「妖精の王様はちゃんと話を聞いてくれる方でした。だから誠意を持って伝えれば、分かってくれるはずです。というわけでもう一度情報を集めましょう」


 ぽんと両手を合わせ、アリシアがにこりと微笑む。

 リュカはポカンとした後で「そうだね」と頷いた。


「ジョゼ様の話を全面的に信じるには判断材料が足りません。正しい判断を下すためにも、調べ直す事は大事。……僕もお隣の領地とは出来れば上手くやりたいし」

「アリシア様、リュカ様……」


 ジョゼは震える声で呟く。瞳は潤んでいて、また涙が零れそうになっている。

 アリシアはそっとハンカチを差し出した。


「踏ん張りましょう、ジョゼ様」

「はい……!」


 ジョゼはハンカチを受け取ると、そう言って大きく頷いたのだった。


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