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造花令嬢の婚約  作者: 石動なつめ
第四話 造花令嬢と失われた信頼
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マクリル領の事情


 マクリル領の特産品はマクリルシルクという名の絹だ。

 マクリル蚕という、マクリル領にのみ生息している蛾の幼虫の繭玉から作る事が出来る、光沢のある布だ。美しく手触りも滑らかで、雪のように光に当たるとキラキラと輝くマクリルシルクで作られた衣類は富裕層に人気がある。高値で取引されており、生産と販売数を管理する事でマクリル領は上手く回っていた――はずだ。

 そういう意味でマクリル領は裕福だ。少なくともダンヴィル領よりはずっとお金があっただろう。妖精を売り飛ばしてお金を稼ごうなんて考える必要が無いくらいに。

 許される事ではないけれど、何か理由があったのではないか。当時のアリシアはそう思った。


「……実は妖精の里帰り以降、マクリル蚕の様子がおかしくなっていたのです」


 両親が戻るのを待つ間、アリシアとリュカがマクリル領の状況を聞いていると、ジョゼはそう話しだした。


「おかしく?」

「はい。マクリル蚕の主食はマルベリーという植物の葉なのですが……」

「あっ、甘酸っぱい実を作る奴ですよね。ダンヴィル領でも一部で育てていますよ。ジャムを作ると美味しいんですよねぇ」


 思い出して、アリシアはうんうん、と頷く。

 マルベリーは瘠せた土地でも育つという事から、妖精の里帰りの後にアリシア達も試しに挑戦してみている。

 ただ植えたのが去年のため、まだ実をつけてはいないが、上手く育てば今年は収穫が出来そうだ。

 そんな事を思い出していると、ジョゼは「そうです」と頷く。


「妖精達がいなくなって土地が痩せても、マルベリーがあったおかげで、多少は何とかなっていたのですが……ほとんどの蚕が繭玉を作らなくなってしまって」

「繭玉を?」

「はい。調べたところ、妖精の力が与えられていた土から、マルベリーが魔力を得ていたようで。うちの蚕達は、それの魔力と合わせて糸を分泌するように変化していたのです」

「ああ……なるほど。魔力が糸を作る成分の一つになっていたんですね」

「そうです。それで普通のマルベリーの葉を与えても、まったく駄目で。魔力をしみ込ませようと、幾つも方法を試しましたがあまり良い結果が出ませんでした」


 ジョゼはそう言って目を伏せた。

 確かに生き物はその環境に合わせて、身体を作り替える事はある。

 妖精達が力を注いでくれる土地にずっと住んでいたから忘れがちだが、マルカート王国は他の国と比べれば異質なのだ。そういう事が起こっても不思議ではない。

 うーん、と考えているとリュカが「あれ?」と首を傾げた。


「待ってください。確かマクリル蚕って、繭玉の中でさなぎになるんですよね。そうなると……」

「……はい。辛うじて一部は無事でした。その子達を大事に育てて、何とかマクリル蚕自体は育てているのですが……それも時間の問題かもしれません」

「なるほど……」


 アリシアは難しい顔で腕を組んだ。

 このままではマクリル蚕も絶滅してしまう恐れがある。それは一番まずい。

 話を聞く限り、マクリル領とマクリル蚕の問題を解決するためには、マルベリーを何とかするのが最善だろう。

 マクリル蚕からこれまで通り絹を作る事が出来ればマクリル領は持ち直せる。マクリル領の評判は残念ながら落ちており、マクリルシルクの価値もそれに合わせて低下してはいるが――それでも数を揃えられれば領地を維持するには十分な金額を得られるだろう。

 とにかくまずマルベリーだ。

 幸いダンヴィル領にもマルベリーはある。ただ妖精が戻って来てまだ一週間なので、魔力の量的にはまったく足りていないだろう。ダンヴィル領のマルベリーの葉を――無償でというわけにはいかないが――渡すにしても、せめてひと月は欲しい。

 その間を補うためにはどうするか――そこまで考えてアリシアの頭に浮かんだのは造花魔法だ。


「私の造花魔法で上手い事出来ませんかねぇ」

「上手い事って?」

「マルベリーの葉の周りを造花魔法で覆うとか」


 リュカに聞き返されたアリシアはそう答える。

 造花魔法はアリシアの魔力で出来ている。だから壊れた時に修復が容易であったし、妖精木に魔力を注ぐ際にも利用出来た。ああいう風に応用できないかと思ったのだ。

 以前にクロードの前で造花魔法を使って見せた時に「布を織るように、丁寧に魔力を練り上げていく」と言ってくれたが、造花魔法とはそういうものだ。魔力を糸のように細かく細かく練り上げて造花を作る。あれはそういう魔法である。

 『造花』という部分を変える事はできないが、葉を巻き込んで造花を作る、というのは可能だ。マルベリーの葉に近い形の花を調べてそれを元に造花を作る。

 マクリル蚕には一枚ずつ葉を与えるわけではないから、複数枚まとめて作れば何とかなるのではないか。

 アリシアがそう提案するとジョゼは目を丸くし、リュカは「うーん……」と唸った。


「確かに魔力自体は妖精と人に大きな違いはないけれど……姉様、本気? それをやるとして、半端な量じゃないし継続的に必要だよ」

「大丈夫よ、リュカ。造花だってたくさん作った事があるでしょう? それにうちのマルベリーもひと月くらいすれば魔力を吸いあげると思うわ。それまでの繋ぎとしてよ」

「それはそうだけど……」


 リュカの反応はあまり良くない。

 その理由はアリシアが今言った『造花だってたくさん作った事がある』という言葉だ。

 ダンヴィル領の窮地を救うために、造花魔法で造花を作ろうと思いついた最初の頃。アリシアは寝る間も惜しんでたくさんの造花を作り出し――魔力切れで倒れた事がある。その事をリュカは心配しているのだ。

 あれはさすがにアリシアも失敗したと思った。目が覚めたら家族に泣きながら抱き着かれたのだ。怒られるよりもずっとアリシアに効いた。

 あの時の経験からアリシアも造花をどれだけ作れば倒れるかというのは理解したので、あの時ほど無茶をするつもりはないし、当時より魔力量も増えている。

 だから大丈夫だと言ったのだが、リュカはあまり信用していないようだ。彼は少し考えた後、


「……あ、そうだ。それならクロード様にも相談してみようよ」


 と言った。アリシアは目を瞬いて軽く首を傾げる。


「クロード様に?」

「そうそう。クロード様は僕達より魔法に詳しいから、話してみれば何か良い案が浮かぶかもしれないよ」


 そう話すリュカに、アリシアも「それは確かに」と思った。

 けれど、さすがにまだ婚約者の段階のクロードを巻き込んでしまって良いものかとも悩むのだ。

 考えながら視線を彷徨わせていると、ジョゼと目が合った。空色の瞳が不安そうにこちらに向けられている。

 その瞳を見ながら、アリシアは心の中で『理由』と小さく呟いた。

 あ、と思いついて手を叩く。

 

(仕事の依頼、という形で相談したらどうだろう)


 巻き込むというのは気が引ける。

 けれど仕事として依頼し、相手の許可を得て、報酬を支払う形にすればクロードの時間を貸して貰えるのではないだろうか。

 これは良い事を思いついたとアリシアの目が輝く。


「うん! そうしてみるわ、リュカ!」

「あの、姉様。何か変な事を考えていないよね? 大丈夫だよね?」

「ええ、もちろんよ! 大丈夫、これなら良いんじゃないかって思う案があるの!」

「あの、姉様。何を思いついたの?」

「後で話すわっ!」


 この思い付きをジョゼの前で話せば、きっと彼女は気を遣って、自分がお金を出すと言うだろう。

 本来であればその方が良いかもしれない。けれど今のマクリル領の財政を考えれば厳しい。マルベリーの葉の事だってあるのだ。

 だからアリシアはその部分はぼかして、にっこり笑ってみせたのだった。

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