真剣な言葉だからこそ
「お約束もなく押しかけてしまい、本当に申し訳ございませんでした」
応接間に移動した後、ジョゼは最初にそう言って頭を下げた。心の底からそう思っているような表情と声だ。
交流のあった頃の彼女はマナー面に関しても真面目で、事前連絡もなくやって来た事など一度もない。よほど追い詰められていたのだろう。
こうして久しぶりに顔を合わせると、あの頃よりもだいぶやつれて痩せている。あまり眠れていないのか目の下にクマも出来ていた。
「いえいえ、お気になさらないでください」
ローゼルとは大違いだなぁと思いながら、アリシアが笑って首を振る。
お茶を勧めてみると、ジョゼはおずおずと手を伸ばし一口飲むと、ほう、と息を吐いた。
少し落ち着いただろうか。そんな事を思いながらアリシアは、
「お母様や弟さんはお元気ですか?」
と聞いた。
ジョゼの親族は重い処罰を受けた。禁固刑を受けている者も多い。罪に問われなかったのはジョゼと、年の離れた幼い弟、そして身体の弱い母親だけだったはずだ。
領地が大変だというのは、実際にダンヴィル領でもそうだったのでアリシアにも分かる。嫌味でも何でもなく、ジョゼの様子を見て気になったのでそう聞いたのだ。
するとジョゼは「はい」と頷く。
「病気もなく、何とか」
「良かったです」
「はい。アリシア様とリュカ様はいかがですか?」
「うちは見ての通り、元気なのが取り柄ですから。ご存じかと思いますが、私なんて風邪一つ引いた事が無いんですよっ」
「皆風邪を引いても、何でか姉様一人だけ元気なんだよね」
「ええ! 風邪とは相性が悪いのかもしれないわっ」
「相性……?」
アリシアがおどけた調子で言い、リュカが怪訝そうに返す。
そんなやり取りをしていると、ジョゼが小さく笑う声が聞こえた。
ほんの少し浮かんだ笑顔を見てアリシアとリュカも微笑んだ。
「それで、ジョゼ様。今日いらっしゃった理由をお伺いしても?」
「はい。……妖精の事です」
アリシアが促せば、ジョゼはそう答えた。
やっぱり、とアリシアが思っていると、ジョゼは話を続ける。
「……我がマクリル領は未だに厳しい状況です。原因が私達にある事は重々承知しております。けれど領民達が日々の生活に苦しんでいるのに、まだちゃんとした打開策を立てられない。そんな時、ダンヴィル領に妖精が戻って来たと聞いたのです」
「はい」
「まさか、と思いました。でも実際に見て、本当だったと……」
そこでジョゼは言葉を区切った。膝の上で拳を握り、何度も何度も唇を湿らせている。
これから言おうとしている事が、それだけ彼女の精神に負荷をかけているのだろう。
それが何なのか察する事は出来る。けれどそれをアリシア達が言う事は出来ない。
だからアリシアとリュカは彼女を見つめ、じっと次の言葉を待った。
しばらく沈黙が続く。
しかし、やがて決意した面持ちでジョゼは顔を上げ、
「恥を忍んでお願いいたします。どうか……どうか、マクリル領を助けるために力を貸してください。妖精達がどうしたら戻ってきてくれるのか、教えてください……!」
と言って再び頭を下げた。
声には僅かに震えが混ざっていた。どれほどの勇気と覚悟で彼女はここへ来たのだろう。
当時、ジョゼは十五歳だった。本来マクリル領を継ぐはずだったのは彼女の兄だ。けれどその兄も父親と同様に処罰を受けている。
体の弱い母や幼い弟に任せるわけにはいかず、ジョゼがマクリル領を背負う事になった。
頼れる相手もおらず、周囲からは冷たい目を向けられ続け、その中でジョゼは必死だったはずだ。
ダンヴィル領に助けを求めに来る事だって相当に悩んだだろう。
それでもマクリル領を守るために、恥も外聞もかなぐり捨てて彼女はやって来たのだ。
「ジョゼ様」
「はい」
「妖精達が戻って来てくれたのは色々なご厚意によるものと、妖精達自身の心情によるものです。ですので『どうしたら』という質問に対しては、誠心誠意妖精達に謝り、その後の行動を見ていただくしかありません」
「…………はい」
「なのでですね、とりあえず、どうすれば領地を保たせられるか考えましょう」
「え?」
諦めかけた様子のジョゼがアリシアの言葉に顔を上げる。
空色の瞳と目が合って、アリシアはにこりと笑顔を返す。
「領地間の事は父と母が戻って来てからでないとお答えは出来ませんが、それまでは何が出来るか一緒に考えましょう。ね、リュカ」
「そうだね。……うちの妖精達はジョゼ様を見ても特に怖がったりしなかったから、そういう意味では大丈夫だと思う。僕も隣の領地とは今まで通り、仲良く出来るならそうしたいし」
「え、あの、え……?」
アリシアとリュカがそんな事を話していると、ジョゼは困惑した様子でこちらを見て来る。
それから「どうして……?」と呟いた。
どうして、と言う疑問は当たり前のものだ。状況的にはすげなく断られて、追い出されたって当然だとジョゼは思っているだろう。
幾らアリシアだって妖精達に横柄な態度を取ったり、もっと別の物言いや要求をするならばそれは考える。
けれどジョゼはそうではなかった。彼女は僅かな可能性に賭けて必死の思いでやって来たのだ。
領地と領民の事を想う彼女の真剣な言葉を払いのけるなんて真似は出来ない。したくない。
それはリュカもそうだったのだろう。一番大きな理由はリュカ本人が言った通り「妖精が怖がったりしなかったから」だろうけれど。
ジョゼは少なくとも妖精達に悪意や害意は持っていない。そう判断したからこそ、リュカも姉の言葉を止めなかったのだ。
「私達も助けていただいて今がありますからね。なので今度は助ける側になりますよ!」
「というわけでまずはマクリル領の産業について考えましょう。話していただけますか、ジョゼさん」
アリシアとリュカがそう言えば、ジョゼの空色の瞳からぽたりと涙が落ちた。
ぽたぽたと、彼女は涙をこぼしながら何度も何度も頷いて、
「ありがとう……ありがとうございます……!」
と言ったのだった。




