良い意味で妖精のように
「なるほど、そういう理由でしたか……」
今回の件をクロードに手紙で伝えると、彼は直ぐにダンヴィル家に駆けつけて来てくれた。
ローゼルの本心に関しては、あまりはっきり手紙に書くのはまずいかなと思ったので軽くぼかして、彼がやって来てから伝えた。
するとクロードは何とも複雑そうな――そして申し訳なさそうな表情で眼鏡を押し上げた。それから肩の力が抜けたように小さく息を吐く。
「アリシアさんにご迷惑をおかけしてすみません。事の発端は、私がローゼル様に対して曖昧な態度を取っていたからですね……」
「いえいえ、クロード様はそれで良かったのだと思いますよ。はっきりお断りしたり注意すれば、たぶん逆効果ですから」
喜ぶだろうな、とか。もっと熱を入れて勧誘するだろうな、とか。先日のローゼルの話や様子から考えればあり得る話だ。
恐らく無理強いはしないだろうなという気はするが、今より熱心に嫌な事をされたかもしれない。
そう思ったので、これまでのクロードの対応は正解だろうとアリシアは考える。
ローゼルの意図は理解したけれど、やり方自体は間違っているとアリシアは思う。そしてローゼル本人も自覚をしているから、余計に質が悪いとも感じる。
「それにしても、どうしてバラしたんですかねぇ」
「本心をですか?」
「はい。ほら、ローゼル様って、何だかんだで演技は相当上手かったじゃないですか。あのまま貫いても良かったのではないかな~と思って」
学生時代以前は分からないが、少なくともローゼルはその頃からずっと、あの振る舞いをしている様子だ。他人だけではなく家族の前でも。
人から嫌われるような行動を取り続けるのは、相当の覚悟と根性がなければ出来ないだろう。
目的のために自分を犠牲に――という言葉が相応しいかどうかは分からないが、そのくらいの事をローゼルはしていたのだ。
それを出会ったばかりのアリシアにどうしてバラしたのか。そこが疑問だった。
クロードは腕を組み、少し思案した後、
「……疲れた、のではないかなと」
と言った。
「疲れた……ですか?」
「はい。あれが演技であったなら、ずっとそうしているのはたぶん――とても疲れる事だと思いますから」
「……なるほど」
確かにありえる話だ。つい先ほどアリシアも思ったが、ああいう態度を取る事は体力も精神力もごりごりとすり減る。
ずっとそうしていたのなら、ふっと投げ出したくなる時も来る。それがたまたまアリシアの時だった、という事なのだろうか。
そう考えながらテーブルの上に置かれた紅茶のティーカップに両手で触れる。クロードも同じように手で持ってティーカップに口をつけ一口飲んだ。
「アリシアさんは雰囲気が良い意味でゆるくて」
「あら、ゆるいですか?」
「ええ、妖精達みたいに。だからつい、弱音を零したくなったのではないかなと」
そう言われてアリシアは目を丸くした。自分では自覚がないのでよく分からない。けれどもクロードは穏やかな眼差しでそう言った。
向けられた目が優しくてアリシアは照れて指で頬をかく。妖精みたいに、という評価はアリシアにとっては一番の誉め言葉である。
それにいつも造花令嬢だとか、金にがめついとか、ある意味であまり良くない意味で囁かれる事が多いので、純粋に嬉しかった。
……そう言えば。
そこでふと、アリシアはローゼルの事を思い出した。
(ローゼル様は造花の話は何もしなかったな……)
アリシア・ダンヴィルの名前を出すと、最初に思い浮かべられるのは造花だ。
ダンヴィル領の財政を何とかしようとして、流通して貰っているので当然と言えば当然だが、褒められる時も造花の話題が多かった。
けれどもローゼルはそれがない。そういう意味では、彼はアリシアが思っているよりもちゃんと人を見ているのかもしれない。
――とは言え印象は最悪であるけれど。
やり方さえ変えたら、きっと評価が真逆になった人なのだろう。何だかもったいない――器用そうに見えて不器用な生き方をしているなぁとアリシアは思った。
そんな事を考えていると、ふと目の前にシャボンのような光がふわふわと、現れた。
ブラーシュ家を訪れた時に見た反応、妖精のものだ。おや、とアリシアが思っていると、光は目の前でポンッと弾け、妖精のミアキスが姿を現した。
「ふぃー、疲れたぁ! ただいまクロード、こんにちはアリシア!」
ミアキスは小さな腕で額を拭う仕草をすると、元気にそう言った。
今日はクロードと一緒ではなかったので、てっきりお留守番かと思ったが、彼女の口振りからするとそうではなかったらしい。
「ミアキスちゃん、こんにちは。どこかへ行っていたのですか?」
「うん! えっへっへ、ちょっとね! クロードに頼まれてお仕事に行っていたんだよ! ねー!」
「ふふ、ええ。そうなのです。成果はどうですか?」
「ばっちり!」
「さすが。ありがとうございます、ミアキス」
ぐっとサムズアップするミアキスに、クロードは満面の笑みでそう返す。
会話の流れから考えると良いお話っぽいが、今一つよく分からない。アリシアが首を傾げていると、次の瞬間、部屋の中にたくさんのシャボンのような光が浮かび始めた。
「えっ」
アリシアは驚いて立ち上がる。そしてきょろきょろと辺りを見回した。
ミアキスが現れた時と同じ反応だ。まさか、と胸がドキドキする。
直後、ポンッと、光のシャボンが一気に弾けた。現れたのは懐かしい顔ぶれ。
ダンヴィル領に暮らしていた、そしてアリシアが小さい頃から一緒に遊んでいた妖精達の姿があった。
妖精達は一斉に「ただいまー!」と元気に言った。
「ミアキスに妖精達を迎えに行って貰っていたのです」
「んふふ。お土産にね、クロードが作ったアマイモのお菓子を持たせてくれたんだよ! やっぱり大好きな場所のものって、美味しいよね!」
「クロード様、ミアキスちゃん……」
胸がいっぱいになる。目の奥が熱い。
ぐす、とアリシアは鼻をすすった。だんだんと視界がぼやけてくる。
「ありがとう、ございます……!」
必死にそれだけ言葉にすると、二人は慈愛に満ちた目で微笑む。
泣き出しそうになるのを必死で堪え、アリシアは笑顔を浮かべて、そして。
「皆、おかえりなさい!」
妖精達に負けじと大きな声でそう言えば、わあっと抱き着かれ。
アリシアは小さいながらもなかなか力のある妖精達にもみくちゃにされながら、堪えきれなくなった涙をぼろぼろ零したのだった。




