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造花令嬢の婚約  作者: 石動なつめ
第三章 造花令嬢とはた迷惑な王子
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ローゼルの本心


「急に来てしまってごめんね。どうしても君と話がしたくて。リュカ君も迷惑をかけてごめんね~」

「あ、いえ……」

「出来れば事前にご連絡をいただきたかったですが……」


 アリシアとリュカが緊張しながらそう言うと、ローゼルはにこー、と笑顔を浮かべて「ごめんごめん」と謝った。

 まったく悪びれた様子が無い。

 今日のローゼルは先日見かけたような整った装いではなく、シャツにズボン、それからジャケットというカジュアルさを感じるものだった。

 王族でもこういう服装をするのかとアリシアはほんの少し驚いたが、お忍びの装いとしては有りかと直ぐに納得する。

 同時に今日やって来たのはそういう事だなというのも理解した。


「事前に連絡をするとバレちゃうからね。今回も兄上につけられた監視を潜り抜けるのが大変でさ」

「それは結局後でめちゃくちゃ怒られる奴ですよ……」


 まぁローゼルは喜ぶかもしれないが。そう思ったがさすがに言葉にはしなかった。

 妙な性癖というか嗜好を知ってしまっただけに、どう対応したら良いか悩ましい。

 そんな事を考えながらアリシアは、ローゼルに来訪目的を聞く事にした。


「それで、お話という事ですが」

「うん。実はね、やっぱりスカウト出来ないかなって思って来たんだ」

「お断りします」

「お断りが速い……」


 スカウトと聞いた時点で反射的に口が動いていた。碌な事にならないと思ったからだ。

 ローゼルは大げさに肩をすくめてみせた後「まぁとりあえず話だけでも」と勝手に話し始めた。


「スカウトと言ったけど、ミモザの婚約者ではなくて、僕の側近としてという意味なんだよ」

「ローゼル様のですか?」

「そうそう、僕のね。……嫌でしょ?」


 何でもない口振りでローゼルは言う。人の話をあまり聞かないわりには、そういう部分はしっかり分かっているようだ。

 アリシアがどう答えたら良いか迷っていると、ローゼルは「大丈夫だよ、別に不敬とか思わないから」と笑った。


「王族ってのは厄介なものでさ。叱ってくれる人って限られるんだよ。君が今、答えに詰まったようにね」

「それはまぁ、発言次第では罪に問われる可能性がありますから」

「うん。その通りだよ。自分のため、家族のため、領地のため、愛する人のため。人は僕達へ向ける言葉を選ぶ」

「……そうですね」


 アリシアは相槌を打った。それ以上の答えが見当たらなかったからだ。

 ローゼルの言葉は的を射ている。だからこそアリシアはそれしか返せなかったのだ。

 理由は彼の言葉通り。ローゼルと言う人間――王族は言葉を選ぶべき相手だからだ。

 肯定したアリシアにローゼルは「うん」とほんの僅かに寂しさを滲ませた声で呟く。


「僕に、僕達に、忠告をしてくれる人間は貴重だ。そして間違った時に叱り、反省すべき事を自覚させてくれる人間も」

「スカウトというのはそういう?」

「そう。僕はそういう人間に僕達の側にいてほしい」

「…………」


 ローゼルの言う事は正しい。王族の行動や発言は他人の人生を大きく左右する。

 だからこそ、それを諫める人間は必要だ。それはアリシアにも理解が出来る。


「学生時代にクロード様を振り回したのは、試していたという事ですか?」

「彼だけではないけどね。だけどその中でもクロードは特に真面目だった。きっと僕を諫めてくれる側の人間だろうと思ったんだけど……想定外に拒まれてしまってね」


 困ったね、と何食わぬ顔で言うローゼルにアリシアは少しムッとした。

 学生時代にクロードがローゼルに振り回されて、大変迷惑を被っていたのを聞いたからだ。

 隣に座るリュカはそんな姉の小さな変化に気が付いて「姉様」と服の袖をくい、と引っ張って止めた。

 アリシアはハッとして、落ち着くために小さく息を吸う。


「傲慢、と言います」

「――そうだね」


 短く言い放ったアリシアに、ローゼルは僅かに目を伏せた。

 彼の言葉から察するに、ローゼルが今までに取っていた嫌な(・・)態度はすべて、自分の側近を探すためのテストだ。

 嫌われる事も、奇異の目を向けられる事も承知の上だっただろう。そうまでしても彼はそういう側近を探していた。

 そして僕達の(・・・)とも彼は言った。そういう人間を集める目的は、自分だけではなく兄弟達のためというのもあるのだろう。

 けれども、それはどこまでも上の立場にいる人間の傲慢な考えだ。

 する側は相手を信頼できるかもしれない。しかしされた側に残るのは不信感だ。


「ローゼル様。人にはちゃんと、感情がありますよ」

「うん。知っているよ」

「そうですか。で、あれば、あなたは――ちょっと甘く見過ぎだと思いますね」


 アリシアははっきりと言葉にした。

 ローゼルは軽く目を見張ったあと微笑を浮かべる。


「そうかな」

「そうです」

「……やっぱり君も側近に欲しいなぁ」

「うーん。そもそも私はダンヴィル領の領主になりますから、どのみち無理ですよ」

「そうだよねぇ。なかなか難しいなぁ」


 力のない声でそう言うと、ローゼルは大きく伸びをした。


「ところで、叱られる事がお好きだと仰ったのはそのためですか?」

「うん? ああ、まぁ、僕自身がそういうの好きだってのもあるけどね。……あっ、ちょっと、引かないでって!」

「ローゼル様の本心は分かりづらいですよ……」

「あはは。まー、そういうのを含めて王族なんだよ。ミモザは心配なくらい分かりやすいけどね」

「あ、そうでした! あなたのそういうのにミモザ姫様を巻き込むのはどうかと思います。この間は、せっかくのお祝い事でしたのに」

「あの時だけ真面目ぶったらおかしいでしょ、普段の僕的に。……まぁ、でも確かに、ミモザには悪い事をした。フォローしてくれて助かったよ、ありがとう」

「え? あ、いえ……」


 急にお礼を言われてアリシアは面食らった。

 ローゼルはにこりと笑って「それじゃあ、そろそろ戻るかなぁ」なんて呟く。

 その次の瞬間には今までの真面目な様子は、これまでの表情の下に消えた。

 アリシアが最初に見たローゼルの姿だ。見事に切り替えている。彼は両手を軽く開くと「仕方ないから、今のところは諦めるよ」と言った。

 先ほどがローゼルの本心であるならば、ずいぶんと上手く使い分けている。


「何というか……あの、不敬ですけれど。ローゼル様は面倒な人ですね」

「僕にそこまで言っちゃうから、良かったんだけどねぇ」


 ローゼルはそう言うと立ち上がった。


「それじゃあ、目的は達成したし僕は帰るよ。時間を取らせて悪かったね」


 そしてそう言って片目を瞑ると、来た時と同じくすたすたと歩いて部屋を出て行く。

 とりあえず見送らねばと、アリシアとリュカも慌てて立ち上がり、彼の後を追った。

 ローゼルは「いいのに~」なんて茶化したが、そういうわけにはいかない。

 何とも複雑な心境のままアリシアとリュカは見送ると、


「……何だかどっと疲れたわ」

「姉様達が誕生パーティーから帰って来た時、げっそりしていた気持ちが分かるよ……」


 なんてため息を吐いたのだった。

 

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