第一印象は大事です
「……ごきげんよう、ジェイムズ様」
嫌な相手と会ったなぁと思いながら、とりあえずアリシアはそう挨拶する。
ジェイムズは「ああ、ごきげんよう」とひとまず挨拶は返してくれた。
だがその目は馬鹿にしたようにアリシアを見ている。
「金儲けが趣味の君が、こんなところに何をしに来たんだ? 金づるでも探しに来たのかい?」
「婚活ですよ。調いかけていた婚約を、そちらから一方的に解消されたので」
「あれは父上が勝手に……ではなく、結婚で得られるメリットもなく、容姿も……失礼だが僕と釣り合わない君と婚約はちょっとね」
ジェイムズが両手を軽く広げて首を振り嘲るようにそう言うと、彼の後ろにいた男性陣がくすくす笑う。
実はこういう事は一度や二度ではない。アリシアがパーティーに参加すると何故かジェイムズと鉢合わせになる事が多いのだ。
気分も良くないし、楽しいやり取りも出来ない彼とは顔を合わせたくないのに、どういう偶然なのだとアリシアは小さくため息を吐く。
するとそんなアリシアの様子を見てジェイムズは「言い負かした」と思ったのだろう。アリシアと一緒にいるご令嬢達に笑いかけ「君達もそう思うだろう?」なんて聞いた。
すると。
「ジェイムズ様、失礼過ぎますわ!」
「品がありませんのよ、あなたには!」
「だからメリットがあったとしても婚約出来ないんですのよ!」
なんてご令嬢達が一斉に反撃してくれた。
アリシアが、じーん、と感動していると、ジェイムズの顔が怒りでみるみる赤くなる。
「な、な、な……!?」
「他人を貶めて自分を上げようとする人って、性別問わず最低です」
そしてトドメと言わんばかりに冷たい眼差しで、ご令嬢の一人がそう言うとジェイムズが手で胸を押さえて一歩後ずさった。
口も性格も悪いのに、それを保つほどメンタルは強くなく、意外と打たれ弱いのがこの男の弱点である。
ジェイムズは怒りでぶるぶる震えた後、キッとアリシアを睨む。
「……ッ君はいつもそうだ! いつも周囲を味方につけて僕を馬鹿にする!」
「それはジェイムズ様の事でしょう。というか主催者様のご迷惑になりますので、落ち着いてください」
「これが落ち着いていられるか!」
「自分でしかけてきたのに……」
アリシアは頭を抱えた。
こういうパーティー等でジェイムズを見かけても、アリシアが自分から近づく事はない。
今のように絡まれるか、面倒ごとになるのが目に見えているので、なるべく距離を置いているのだ。
思えばこの男は最初に顔を合わせた時からこうだった。
初めて出会ったのはアリシアが十二の頃だ。
友人の誕生日パーティーで顔を会わせたジェイムズは、アリシアを鼻で笑ったのである。頭のてっぺんから靴の先まで見られて「地味」なんて言ったのだ。第一印象は最悪である。
そして会うたびに同じように「まだ地味」「相変わらず地味だ」なんて、延々と地味地味言われる始末。あまりのストレスにアリシアは「名前をジェイムズじゃなくてジミーにすれば良いのに……」なんて、全世界のジミーさんに失礼な事まで思ってしまった。
第一印象もその後の印象も最悪だ。
それが何をどうなったのか婚約の話が出て、どうにかこうにか抵抗していたものの、ターナー家側の熱意に根負けして婚約――という話になりかけた時に三年前の『妖精の里帰り』事件が発生した。ダンヴィル家と縁づいてもメリットがなくなったため、今までの熱意はどこへやら、ターナー家はあっさりアリシアとの婚約を諦めたというわけである。
ジェイムズとの婚約がなくなった事だけは妖精の里帰りに感謝しているものの、どうして今も絡まれているのかアリシアにはまったく分からない。
「とにかくせめて声のトーンを落として……」
「うるさいな! 大体、君がそういう態度だから、いつも僕は……! ちょっと話がある、こっちに来い!」
ジェイムズはそう怒鳴ると、アリシアの腕を掴んで会場の外へ強引に連れて行こうとする。
とたんにご令嬢達の悲鳴が上がる。
アリシアは顔をしかめて、その場で足を踏ん張って抵抗する。その勢いでアリシアの髪から花飾りが取れて床に転がった。
「行きませんよ、私には話なんてありません! 離してください! というか本当にターナー家の礼儀作法はどうなっているんですか!」
「うちは普通だ! くそ、意外と力が強い!」
こんな普通があってたまるかとアリシアは怒る。
しかもせっかく姿を現してくれた妖精達も怖がって、パッと姿を消してしまったではないか。
アリシアが何とかジェイムズから離れようと力いっぱい抵抗していると、
「はいはい、そこまで。うちのパーティーで何をしているんです?」
と、そんな冷ややかな声が聞こえて来た。
顔を向けると銀髪の気難しそうな顔立ちをした眼鏡の青年が、カツカツと靴音を立ててこちらへ近づいてくるところだった。
後ろで結われた髪が歩くたびに揺れ、シャンデリアの灯りに照らされてキラキラと輝いて見える。
「ク……クロード・ブラーシュ様……」
青年の姿を見たとたんにジェイムズがサッと顔色を変えた。
クロードはアリシアの腕を掴むジェイムズの手へちらりと視線を向け、
「女性に何をしているのです。手を離しなさい」
と冷たい声で言った。
「え、いえ、ですが……」
「手」
「は、はいぃ……!」
今度は短く、先ほどよりも冷たい声でクロードが言うと、ジェイムズは慌てて手を離す。
腕が自由になるとアリシアは直ぐに、
「お、お騒がせして申し訳ございません、クロード様」
と謝罪した。するとクロードは「いえ」と軽く首を振る。
「この状況を見る限り、あなたに非はないでしょう。それよりも強く掴まれていたようですが、腕は大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です。ご心配いただき、ありがとうございます」
「そうですか、それは良かったです」
クロードはそう言うとアリシアに向かって微笑んだ。
不意にアリシアの心臓がドキッと鳴る。
(強烈に顔が綺麗な人に微笑まれると、破壊力がすごいなぁ……!)
良いものを見せていただけたとアリシアがにこにこ笑っていると、クロードはスッとジェイムズの方へ視線を向けた。アリシアに向けていたものとは打って変わって、その眼差しは冷たい。青褪めたままのジェイムズはヒュッと息を吸った。
「では、君はお引き取りを。ああ、それと、ターナー家には後で正式に抗議をさせて貰いますので、そのおつもりで」
「そ、それは……。あ、いや……も、申し訳、ありませんでした……」
ジェイムズは何とか言葉を絞り出してそう言うと、逃げるように会場を出て行った。
アリシアがホッとしていると「アリシア様」と声をかけられた。先ほどアリシアを庇ってくれたご令嬢の一人だ。彼女の手には、先ほど落ちたアリシアの花飾りが乗っている。
「あ! 拾ってくださったのですね、ありがとうございます!」
「でも、あの、欠けてしまっていて……」
「いえいえ、大丈夫ですよ。これをですね……」
アリシアは笑顔で花飾りを受け取ると、自分の掌の上に乗せ、花飾り――花に魔力を集中させる。すると欠けた部分がキラキラと光を放ちながら元に戻った。
妖精達から教わった『造花魔法』の応用だ。自分の魔力で出来ているから、こうして修復も可能なのである。粉々になってしまったらさすがに難しいが、このくらいならば簡単だ。
修復の終わった花飾りを手に「ね!」とアリシアが微笑むと、周りから「わあ!」と歓声が上がる。
クロードも眼鏡を押し上げて興味津々にアリシアの手の中を見つめていた。
「これは見事ですね。それに美しい。噂には聞いていましたが、こういう風に魔力が動くのですか……」
「あ、見えました? 魔力の動き」
「ええ。布を織るように、魔力を丁寧に練り上げてくのですね!」
アリシアの言葉にクロードは楽しそうに頷いた。
どうやら彼はこういう魔法が好きらしい。もっと見たいと顔に書いてある気がする。
先ほどのお礼に良かったら、なんてアリシアが言おうとした時、ふと音楽が鳴り始めた。
どうやらダンスの時間が始まったらしい。たぶん騒ぎの雰囲気を変えるためだろう。
それならちょっと離れていようとアリシアが壁の方へ移動しようとした時「あの」とクロードに声をかけられた。
「せっかくのご縁です。良かったら私と一曲、踊っていただけませんか?」
そう言って手を差し出された。
今までの人生で滅多になかった体験である。アリシアは目を丸くした後、
「よ、よろしくお願いしましゅ!」
慌てて頷いたせいで少し噛んでしまった。
クロードは目を瞬いた後、楽しそうにフフ、と微笑むと、アリシアに手を差し出す。
アリシアは『私は何でここで噛んじゃうの……!』と内心パニックになりながら、その手を取ったのだった。