何故かやって来たお客様
物事は障害があればあるほど燃え上がるという話がある。
アリシアはそういう経験はした事がないのでよく分からないが、恋愛小説にはそんな事が時々描かれているので少し興味はある。
けれどもそれを実際に体験してみると、燃え上がるのはともかく、とても面倒だなと思った。
◇ ◇ ◇
その日、ダンヴィル領の天候は微妙だった。
そろそろ雨を降らせるよと言わんばかりに、空を灰色の雲が覆っている。
アリシアは雨が好きだ。災害や被害が出るほどの雨量は困るけれど、適度なそれは農作物を育てる上ではありがたい。
それに何よりアリシアは雨の匂いと音が好きだった。しとしとと降る雨を見ながら木の下で、そして庭先で、妖精達と雨宿りした思い出がふわりと蘇ってくるからだ。
雨の音を聞いていると不思議と自分達の声も小さくなって、内緒話をしているような楽しさが、あの空間にはあった。
(また会いたいな……)
屋敷の窓の向こうに広がる空を見上げ、アリシアはぽつりとそう思う。
先日、妖精の王アルベリヒが帰る際に「戻って来るのを待っていると、ちゃんと伝えるよ」と約束してくれた。
だからきっと、ちょっとの勇気が芽生えれば、妖精達は戻って来てくれる。
その日がとても楽しみだった。
「よぉし、気合いを入れて造花を作りますかねっ」
妖精木を育てるのも大事だが、それまでにダンヴィル領を保たせる必要もある。
そこに必要なのはやっぱりお金である。
造花令嬢と呼ばれ、金にがめついとも言われるが、必要なものは必要なのだ。気持ちだけでは生活が出来ない。
ぐっと拳を握って気合いを入れると、アリシアは作業机につく。そして造花を作り始めようとした時、ドアがコンコンとノックされた。
「姉様、ちょっと良い?」
「大丈夫よ、リュカ」
アリシアが了承すると、リュカはドアを開けて部屋の中へ入って来る。
弟は何とも複雑な表情をしている。何かあったのかしらとアリシアは首を傾げた。
「どうしたの? 何かあった?」
「あったと言うか、来たと言うか……」
「来た?」
「うん。姉様にお客様だよ」
「あら珍しい。どなたかしら」
「それが……」
リュカは言い淀む。どうやらあまり良い客ではなさそうだ。
「……そんなにアレな相手なの?」
アリシアが恐る恐る尋ねると、リュカはその表情のまま頷いた。
アレ、と評するのは相手に失礼ではあるが、しっかり者の弟までこういう反応になるのだ。嫌な予感がひしひしとする。
「実はローゼル様が来ているんだよ」
アリシアはぴしりと固まった。
「何で!?」
「僕だって分からないよ。胡散臭いくらい良い笑顔でドアの前にいたんだよ」
「怖……」
思わず本音が零れた。表情がまるで仮面のようになる。
本当にどうしてローゼルが訪ねて来るのだろうか。
先日あったミモザ姫の誕生日パーティーの折に、彼は相当厳しくお説教をされたと聞いている。
にも関わらず訪ねてくるなんて、ジニアの言葉は何一つ身に染みていないのだろうか。
アリシアは遠い目になった。
「中に入れちゃった?」
「入れたくなかったんだけど、王子をドアの前でずっと立たせておけなくて……」
「だよね……。父様と母様が外出しているタイミングで……」
「本当だよ……」
「リュカ。申し訳ないのだけど、一緒にいてもらえる?」
「うん、任せて」
婚約者でも家族でもない未婚の異性と同じ空間にいるのは、相手がどのような身分であってもさすがに外聞が悪い。
なのでアリシアが頼むと、リュカは胸に手を当てて請け負ってくれた。
弟の姿は頼もしいが不安もある。あのローゼルを弟に会わせる事についてだ。
先日の彼の発言を思い出すとローゼルは「自分を叱ってくれる相手」や「叱ってくれそうな相手」に興味を惹かれる可能性がある。
恋愛的な意味ではなく、人材的な意味で。
つまり。
アリシアよりしっかり者で、母ドロテによく似たリュカはその対象になりかねない、という話だ。
そうなったら困る。可愛い弟をローゼルの面倒くさい性分に巻き込ませたくはない。
「リュカ。もしローゼル様が挑発してきたり、おかしな事を言いだしても、ぜったいに怒ったらダメよ?」
「分かっているよ、姉様。王族相手だもんね」
「それもあるんだけど、たぶん厳しく接すると興味を持たれるのよ」
「興味?」
「例えばそうね……リュカはローゼル様の臣下になりたい?」
「まったく」
リュカは即座に首を横に振った。一考すらした様子が無い。
はっきりとした弟の態度にアリシアは、自分がしっかり守らねばと決意した。
立ち上がり、ぐっと拳を握る。
ローゼル様の話を聞いて、可及的速やかにお帰り願って、その後でクロードや王族に連絡をする。
今日の流れはこれで決まりだ。よし、とアリシアは頷くと、リュカと一緒に部屋を出て、ローゼルが待つ応接間へと向かったのだった。




