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造花令嬢の婚約  作者: 石動なつめ
第三章 造花令嬢とはた迷惑な王子

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ローゼル王子の面倒な性分


 声の主はミモザとよく似た容姿の青年だった。

 アリシアにも見覚えがある人物――第二王子のローゼルだ。

 癖のある赤毛と、金の瞳。左目の下には泣きボクロがあり、浮かべている柔和な表情からは、見た目だけは優し気な印象を感じられる。

 ただ今の彼の言葉からは、あまり好意的な雰囲気は感じられないなとアリシアは思った。


「ローゼルお兄様っ」

「やあ、ミモザ。振られちゃったねぇ、大丈夫? 気落ちしていない? 叶えてあげれば良いのにねぇ」


 ローゼルはこちらへやって来ると、直ぐにミモザにそう言った。

 ミモザを心配している風を装っているが、言葉の端々に棘を感じる。

 それを隠そうともしないのだから、分かりやすいだけマシだろうか。そんな感想を抱いていると、ミモザが口を尖らせた。


「お兄様、お二人に失礼なのよっ」

「そうかい? 僕はミモザの事が大事だからそう思ったんだけどなぁ。お兄様、悲しいなぁ」


 ちっとも悲しい素振りなど見せないのに、ローゼルは大げさに泣き真似をする。

 道化じみたその振る舞いに、ミモザの従者が表情を強張らせた。


「……ローゼル様。本日はミモザ姫様のためのパーティーになります。そのような物言いはおやめください」

「うーん、言うねぇ。ミモザもこんな厳しい従者をつけられていてかわいそうに」

「お兄様! ミナはとっても頼もしいのよ! そんな風におっしゃらないで!」


 従者の事を悪く言われ、さすがのミモザもローゼルに怒った。

 ローゼルはさも驚いたと言わんばかりに目を見開いて、それから困り顔を浮かべ「ごめんごめん」と軽く謝った。

 その後で彼はアリシアとクロードの方へ顔を向ける。


「やあ、クロード。久しぶりだね」

「お久しぶりです、ローゼル様」

「もっと砕けて話して良いって言っているだろう? 隣のお嬢さんはクロードと婚約したアリシア嬢だね」

「はい。お初にお目にかかります、ローゼル様。ダンヴィル家のアリシアと申します」


 アリシアはそう言いながらドレスの裾を摘まんで挨拶をする。

 ローゼルは「うん」と微笑んで、


「いやぁ、あのクロードが婚約なんてねぇ。しかもミモザとの婚約を拒んでなんて。すごいね、愛の力って奴かな?」


 なんて言った。アリシアはローゼルの事をよくは知らないが、先ほどから口を開くたびに毒を吐いている。

 以前のジェイムズと同じく、アリシアの中でローゼルの第一印象は最悪である。

 相手が王族で、今がミモザの誕生日パーティーでなければ、アリシアだって表情を取り繕わずに胡乱な目を向けていたところだ。

 クロードはと言えば、挑発とも取れるローゼルの言葉を静かに聞きながら「ええ」と殊更笑みを深めて、


「それはもう。私達の事をブラーシュ領の妖精達も祝福してくれたのですよ」


 と答えた。するとローゼルが一瞬ポカンとした顔になった。クロードに言い返された事が予想外だったのだろう。

 話を聞く限り、学生時代のクロードはローゼルの言葉を静かに受け入れていたようだった。それは下手に苦言を呈して臣下扱いされても困るという意図もあったようだが。

 けれど、そうしていたクロードがたった今自分に言い返した(・・・・・)

 先ほどまでの演技のような表情が抜け落ちて「いやはや驚いた」とローゼルは呟く。


「何だ、言えるじゃないか、そういうの」

「何をですか?」

「いやいや、感心しただけだよ。愛の力だねぇ」


 同じ台詞だが、今度は揶揄や皮肉を込めず真面目にローゼルは言う。そのまま彼はアリシアの方へ目を向けた。肉食獣が獲物でも見定めるように、その目がすう、と細められる。


「うん、よく分かったよ。それならやっぱり一緒の方がいいね」

「はい?」

「ねぇ二人共。良かったらさ、君達揃ってミモザの婚約者にならない?」

「…………」


 呆気にとられるアリシアとクロードの前で、ローゼルは良い提案をしたとミモザの方へ顔を向け、キラキラした笑顔でミモザに「どう?」なんて聞いた。

 しかしそんな彼の言葉にミモザは酷く困惑した様子だった。どう答えたら良いのかと、ローゼルとアリシア達の顔を交互に見ている。ミモザの後ろに控えていた従者のミナは、主人を困らせるローゼルに対し、必死に怒りを堪えている様子だった。


「マルカートでは複数の夫や妻を持つ事は認められている。クロードとアリシア嬢も一緒になれるし、ミモザだって嬉しい。素晴らしい話じゃない?」


 振る舞いだけは王子らしく、ローゼルは優雅な動作で両手を広げる。気がつけばアリシア達に周囲の視線が集まっていた。パーティーの参加者達は誰もが困惑した表情を浮かべている。

 それはそうだろう。このパーティーはミモザの誕生日パーティーだ。参加者はミモザのご両親――国王と王妃が厳選し、許可を出した人物だけが招待されているのだ。アリシアとクロードの参加に関してはミモザの強い希望だろうけれど、基本的には彼女と関わっても大丈夫・安心だと判断された者達なのである。

 つまりはローゼルの提案を面白がったり、賛同する人物はいないという事である。

 それを分かっているだろうに、ローゼルはどうしてこんな事を言い出したのか。

 理由は分からないものの、今すべき事は理解できる。アリシアはクロードと目を合わせた後、


「ありません」


 と、声を揃えてローゼルの言葉を否定した。

 するとローゼルは、ふは、と噴き出す。


「あっはっは、いいなぁいいなぁ! 僕さ、そういうのが欲しかったんだよ!」

「いや、あの……急にどうしました?」

「僕は叱ってくれる人が欲しいんだ」

「…………」


 うっとりとローゼルは言う。

 アリシアとクロードは無言で一歩後ずった。ミナもミモザを連れて数歩後ずさる。

 何かこの人やばい気がする。

 その場にいた人間の考えがシンクロした瞬間である。

 当の本人は相変わらず楽し気に笑っていると「ローゼルッ!」と怒りを孕んだ声が飛んできた。

 顔を向けるとマルカート王国第一王子――王太子のジニアだ。ローゼルやミモザと比べるとがっしりとした体格をしたジニアは足早にこちらへ近づいてくると、


「……今日はミモザの誕生日なのだから、大人しくしていろとあれほど言ったのを忘れたか?」


 と、ローゼルの肩を掴んでそう言った。

 その剣幕にローゼルは笑顔のまま頬を引き攣らせる。


「あ、いや、そのだね、兄上……これはちょっと、僕の趣味というか……」

「そうか。まったく、何一つ、理解していなかったのがよく分かった。これまでの事も含めて話がある、こちらへ来い」

「げぇ……」


 王族から出てはいけない類のうめき声が聞こえた。

 聞かない振りをするのが正解だろうとアリシアが思っていると、


「ミモザ、それからクロードとアリシア嬢も、騒がせてすまなかった」


 とジニアが謝罪をしてくれた。

 これにはアリシアもクロードも慌てて「いえ!」と首を横に振る。

 ジニアは「弟にはきつく言い聞かせる。皆、安心して楽しんでくれ」と言って、ローゼルを引きずって去って行った。

 そうして姿が見えなくなると、ようやく会場が静かになる。


(何だか嵐のようだったな……)


 アリシアはぽつりとそう思った。

 しかし、楽しんでと言われたが、場の空気はまだまだ妙なままだ。

 このままだとミモザが困るだろうなとアリシアが彼女を見れば、少ししょんぼりした表情になっている。そんなミモザを従者のミナが必死に元気づけていた。

 ……せっかく素敵な笑顔だったのにな。

 そう思ったらアリシアの口が自然に動いた。


「そうだ、ミモザ姫様! 良かったらダンスを踊りませんか?」

「……え? でも、アリシアお姉様は男性側は」

「ええ、ですので、三人……いえ、ミナさんも一緒に四人で!」


 アリシアはそう提案する。するとクロードも直ぐに意図を理解してくれたらしく、なるほど、と眼鏡を押し上げた。


「手を繋いで?」

「そうですそうです! うちの領地の収穫祭で、よくやる踊りなんですよ」


 そう言いながらアリシアはクロードと両手を繋ぎ「こんな感じに!」と、ミモザに見せるようにくるくるとその場を回り出した。

 ミモザは最初は困惑している様子だったが、見ているうちに瞳がキラキラ輝き始めた。


「音楽に合わせてこうして回って。単純ですけど、楽しくて。うちの妖精達も大好きでした」

「わたくし、やりたいわっ! ミナ、良いかしら?」

「わ、私もですか? ええと、あの……ミモザ姫様が良いのでしたら」


 ミナも最初は迷っている様子だったが、ミモザの笑顔につられて頷いた。

 そうして四人で手を繋いで円になったところ、一連の様子を見ていた楽団が気を利かせて演奏を始めてくれた。

 陽気に、軽快に。社交界のダンスで流れる上品な音楽とは違う、人の営みが感じられるような賑やかなリズムとメロディー。

 アリシア達は手を繋ぎ、くるくるとその場を回る。時々軽くジャンプもしてみたり、その度にミモザの楽しそうな笑い声が聞こえた。

 四人が踊っていると、それを見ていた参加者達もお互いに顔を見合わせて、同じ様に手を繋ぎ回り始めた。最初は戸惑い気味に、その内慣れて来て笑顔が見えた。

 楽しい音楽と踊り。その時間はそれぞれの笑い声とともに、しばらく続いたのだった。

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