ミモザの誕生日パーティー
アリシア・ダンヴィルは、人付き合いがそこそこ得意な方だ。
誰かと会話をするのは好きだし、性格も基本的には大らかでお人好しなので、相手と喧嘩になる事も少ない。
以前のジェイムズのように、突っかかって来たらその都度言い返す根性はあるものの、そのくらいだ。火の粉が降りかかって来なければ、自分から何かしようと考える事はない。
最近ではその火の粉もずいぶん減った。
一番の理由はやはりジェイムズに絡まれなくなったからだろう。
クロードとのデートをしていた際に起きた一件で謝罪を受けた後、ジェイムズは本当に反省したらしく、以前のような雰囲気でアリシアに絡む事はなくなった。
アリシアが何かしらのパーティーに参加しても鉢合わせる事はほとんどなくなったし、顔を合わせたとしても、節度を守った挨拶や多少の雑談をするくらいの関係だ。
それに伴って、今までアリシアの事を「金にがめつい造花令嬢」などと、遠巻きに陰口を叩いていた者も少なくなってきた。
ただこちらに関してはクロードが婚約者として一緒にパーティーに参加してくれているおかげだ。王族と繋がりのあるブラーシュ家と婚約した人間には、下手な事は言えないだろう。
さて、そんなこんなで時間は過ぎ。
妖精木も安定し、クロードとミアキスがブラーシュ領へ戻って少し経った頃、アリシアの元へ一通の手紙が届いた。
ミモザ姫の誕生日パーティーへの招待状である。
以前にブラーシュ家で話をした時に、どうやらアリシアはミモザにかなり気に入られてしまったらしい。
自分に届いた招待状を見てアリシアは目を剥いたが、特にお断りする理由もない。
ただ、パーティー自体には婚活目的でよく参加していたが、王族主催のパーティーは初めてだ。
何か粗相をしたらどうしようと家族揃って青くなっていると、クロードから「ミモザ姫から招待状が届いたのです」と連絡があった。アリシアとクロードは婚約者同士なので、それならばと一緒に行く事になった。
これにはアリシアも安堵した。
クロードが一緒に参加してくれるならば安心感が違う。彼が婚約者で良かったとアリシアは心の底から思った。
そんなこんなで当日がやって来た。
空は青天、素晴らしい誕生日パーティー日和である。
王城は近くで見るとやはり立派だった。滅多に足を踏み入れる機会がないので、こんなに大きいのかと驚きもした。
クロードのエスコートで石畳を歩きながら案内役に連れて行かれた場所は、ミモザの瞳の色のように美しい黄色の花が咲き誇る庭園だった。
アリシア達以外にもすでに何人も参加者が集まっており、和やかに談笑している。
おお、と思いながらアリシアは、持って来た誕生日プレゼントの包みに目を落とした。
もちろんプレゼントは造花魔法で作り出した造花である。今回は髪飾りではなくブローチにしてみた。
大きな造花と小ぶりの造花を、幾つか作って組み合わせたものだ。細工はクロードが手伝ってくれている。
喜んでくれるといいなぁなんてアリシアが思っていると、
「アリシアさん! クロード!」
なんて元気な声が聞こえた。そちらへ顔を向けると、本日の主役であるミモザが笑顔で手を振っていた。
ミモザはふわりとしたフリルがお洒落なスカイブルーのドレスを身に纏っている。そしてその髪には先日アリシアが渡した造花の髪飾りがつけられていた。
嬉しくて、あ、とアリシアは思わず大きな声を出しかけて、慌てて飲み込んだ。
でも表情は取り繕えず、締まりのない顔になりながら、アリシア達はミモザのところへ近づく。
「本日はご招待いただき、誠にありがとうございます、ミモザ姫様」
「お誕生日おめでとうございます。心よりお祝い申し上げます」
クロードと並んで挨拶をすると、ミモザは照れたように「ありがとう!」とはにかんだ。
「ミモザ姫様、こちら、私達より誕生日の贈り物になります」
「わあっ! 嬉しいわ、何かしら!」
「フルール・ド・アリシアのブローチです。お気に召していただけたら良いのですが……」
そう言いながらアリシアは包みを従者に手渡す。
ミモザがキラキラした目を包みに向けると、従者は小さく笑って包みを開け、中に入っていた小箱のフタを開けた。そして中のブローチをミモザに見せる。
「まあ! とっても綺麗! 素敵だわ、ありがとう!」
「いえ、こちらこそ。姫様の髪、嬉しいです」
小さな声で髪に飾られた造花の事を言うと、ミモザが「気付いてくれて嬉しいわっ」とにこにこ笑った。
それから彼女は少しもじもじした後、
「あの、あのね。えっと、それでね。後でね、ダンスの時間があるのよ」
と言い出した。頬を赤らめて、髪をいじりながら、ミモザはアリシアとクロードの顔を見上げている。
ぴーん、
とアリシアは何をおねだりされているか察知した。
(ミモザ姫様はクロード様の事がお好きだったのだし、これはダンスのお誘いでは!)
ミモザはアリシアとクロードの婚約を理解して認めてくれていた。そして婚約と言うものを勘違いしていた事も。
だから今改めてクロードと婚約したいとか、そういう話はないとアリシアは思う。
たぶん単純に仲の良い相手と踊りたいな、という事なのではないだろうか。
そんな事を推測しながらアリシアがクロードを見上げた時、
「アリシアお姉様、わたくしと一緒にダンスをしてほしいのっ」
なんてミモザは言い出した。
あれっとアリシアは一瞬固まった。何か今、お姉様って呼ばれた気がする。
目を瞬きながらミモザを見ると、彼女は両手の拳をぐっと握ってアリシアを見つめていた。
アリシアとクロードが思わずポカンとしている中、慌てた声を出したのはミモザの従者だ。
「ミ、ミモザ姫様、どういう意図でそれを仰っているのですか?」
「え? 仲良くなりたいからお誘いしているのよ。だって、ローゼルお兄様が言っていたの。仲良くなりたい人がいたら、ダンスに誘うと良いんだよって」
「あの方は本当に……!」
彼女の言葉に従者は頭を抱えた。
そんな従者の反応をよそに、ミモザはもじもじしながら、
「わたくし、ダメな事をはっきりとダメって言って、理由と一緒に教えてくれる人は初めてだったの。嬉しかったのよ。だからね、アリシアお姉様と仲良くなりたいの」
と上目遣いにおねだりしてきた。
アリシアは思わず胸を手で押さえる。思わずきゅんとした。
実はアリシア、長女という事もあって年下の子供達のおねだりやお願いにとても弱い面がある。
叶えてあげたい、そんな気持ちを必死で我慢しながら、
(いや、でもこれちょっとまずそうだなぁ)
なんてアリシアは思った。
本来であればミモザの誕生日パーティーであるし、他意はなさそうなので二つ返事で了承したいところだ。
けれどそこへ第二王子ローゼルの名前が出てくると話が変わって来る。
ローゼルはクロードに対して妙なちょっかいをかけている。そんな彼の提案であれば警戒した方が良いと思うのだ。
「ミモザ姫様、ダンスは女性側と男性側で違いまして。実は私、女性側しか覚えていないのです。なので大変申し訳ないのですが、今日……というのは少し難しいのです」
なのでアリシアは言葉を選んでそう告げた。するとミモザは目をぱちぱち瞬いて「そうだったわ……」と呟く。
「そうね、そうよね。わたくし、失念していたわ。ごめんなさい、アリシアお姉様」
「いえいえ。仲良くなりたいと言っていただけたのはとても嬉しいです」
「本当? わたくしと仲良くしてくれる?」
「もちろんです! 私で良ければ!」
「良かったぁ……」
ミモザはほっと胸を撫でおろした。
とりあえずダンスの件は何とかなったようだ。そうしていると、
「上手な言い訳だねぇ」
なんて茶化すような声が聞こえて来た。




