妖精を想い、妖精に想われる
「なるほど、水に魔力を混ぜて……。それは面白いですねぇ」
「だろう? 通常と比べると、そちらの方が魔力を吸収しやすいのだよ」
「面白いですね。あなた、今度試してみましょう」
その夜、ダンヴィル家の食卓はいつもより賑やかだった。
理由は妖精の王アルベリヒの存在である。
実はあの後、帰ろうとしたアルベリヒを「良かったらお茶でも」とアリシアが呼び止めたのだ。
そうしてお茶会を始めたところ、弟のリュカや両親もやって来て、気が付いたら一晩泊まって行きませんかという話になったのである。
これにはクロードも驚いていた。ミアキスも「王様にこんなにフレンドリーにくる人間ってあんまりいないね」と言っていたので、クロードの反応は一般的なのだろう。
しかしダンヴィル家だと妖精に対してはこれが普通の対応だ。
ダンヴィル領に妖精達がいた頃、よくこうして一緒の食卓を囲んだものだ。
だから相手が妖精の王でも、その当時の事を思い出して懐かしくて、こうなっているというわけである。
そんな話をクロードにすると「ミアキスが直ぐに懐いた理由がわかりました」と笑っていた。
「でもさー、王様が来たって事は、ずいぶん気にしていたんだねー」
「ん~? 妖精達の事か?」
「そうそう! 皆が里帰りしちゃった時は、人間の王様が来るまで黙っていたでしょ?」
「まぁ、そうだな」
ミアキスの言葉にアルベリヒは両手を軽く開いて頷いた。
彼はそのままその金色の目を細めて、
「両隣はともかく、ここは巻き添えだったからなぁ。あの子達が戻って来て落ち着いた頃に『どうしようどうしよう』とずっと言っていたんだよ」
と話してくれた。
「大好きなのにどうしようとずっと言っていたから、さすがに気になったんだ」
「…………」
その言葉に、アリシアを始めとしたダンヴィル家の人間が口を閉じた。
急に静かになったものだから、アルベリヒはもちろん、クロードやミアキスもぎょっとしてアリシア達へ視線を向ける。そしてその顔を見て「あ」と声が漏れた。
アリシア達は涙ぐんでいたからだ。
「大好きだって」
「ええ、そうね」
「良かったなぁ」
「そうだね」
言葉こそ短いものの、アリシア達はお互いそう話す。
ダンヴィル家の人間は妖精が大好きだ。だから妖精から大好きだ、なんて言われると、とても嬉しくなる。
もっとも涙ぐむのは今までの色々を思い出したからで、妖精達がいた頃ならばこうはならなかっただろう。
「ここにいた子達は幸せだなぁ」
そんなアリシア達にアルベリヒは小さく笑ってそう言った。
クロードも「そうですね」と頷く。
「うちも妖精の事を大事に思っていますが、アリシアさん達はそれ以上に距離が近いですね。まるで家族みたいに」
「そうだね、クロード。こういうの、あたし好きよ。いいよね」
「そうですね。……ふふ、少しばかり妬けてしまいますねぇ」
「どっちに?」
「さて、どっちでしょうね」
ミアキスの言葉にクロードは曖昧に濁してにこりと笑う。
その返答に、えー、とミアキスは不満そうに口をとがらせ、アルベリヒはくつくつ笑っていたのだった。
◇ ◇ ◇
夕食を終えた後、眠る前にアリシアは妖精木のところへやって来ていた。
夜の分の魔力は注ぎ終えているのだが、何となく、会いに来たくなったのだ。
妖精木はまだまだ小さいけれど元気に育っている。
そよ風に葉を揺らす妖精木を見ながらアリシアはその前でしゃがんで、ふふ、と小さく笑った。
そうして眺めていると、足音が聞こえた。顔を向けるとクロードの姿がある。
「クロード様」
「すみません、お邪魔をしてしまいましたか?」
「いえいえ、ぜんぜん」
アリシアが首を横に振ると、クロードは安堵した顔になり、そのまま隣にまでやって来て同じようにしゃがみこんだ。
立っていると背の高いクロードだが、こうしてしゃがむと同じ目線になる。自分の顔のそばにクロードの顔があるのは何だか新鮮だなとアリシアは思った。
「今日は色々ありましたねぇ」
「そうですねぇ。妖精の王様にお会いできるなんて思いませんでした」
あれは本当に驚いた。妖精達にはいつも驚かされたり、喜ばせて貰ったりだが、その中でも今日が一番ではないだろうか。
アリシアがそう言えばクロードも「そうですね」と頷いた。
「私も妖精の王様にお会いするのは初めてでした。マルカート国へいらっしゃる事はあれど、私個人ならば基本的には妖精の国へ行かなければ、お会いする機会なんてそうそうないと思っていましたから」
「確かにそうですねぇ」
「ね。だからいつか私も妖精の国を訪問してお会いしたいな、とは思っていたんですが……ふふ、予想外でした」
指を頬でかきクロードは言う。
その横顔には嬉しい気持ちと、少しだけ残念そうな気持が混ざっているようにアリシアには思えた。
「会いに、ですか?」
「はい。行ってお会いしたかったですねぇ」
「なるほど」
きっとクロードは自分の力で、自分の足で、妖精の国へ行きたかったのだろう。そしてそこで妖精の王に会いたかった。
だからこういう形で目標の一つが達成出来てしまったのが、少しだけ残念に思ったのだろう。
その気持ちは分かるなぁとアリシアは思った。達成した事は嬉しいけれど、そこまでの道のりも目標を立てた自分にとっては大事なものだ。
アリシアは、うん、と頷き、
「それじゃあ、えっと。その、ですね。――新婚旅行とか行けるようになったら、妖精の国へ行ってみませんか?」
ちょっとドキドキしながらそう言ってみた。
結婚までまだ二年あるけれど、その時に色々が落ち着いていたらどうかなとアリシアは考えたのである。
アリシアの提案にクロードは「おや」と軽く目を見張った。
「ど、どうでしょう?」
「……ふふ。そうですね、それはとても嬉しいご提案です」
クロードは微笑んでそう言った。良かった、とアリシアは頬を緩める。
「断られたらどうしようかなって別の意味でもドキドキしました」
「別のですか? ではもう一つの意味は?」
「新婚旅行と言葉にしたら、想像しちゃいましてですね。……改めて、二年後にはクロード様と結婚するんだなって思ったら、ドキドキしたんですよ」
「――――」
アリシアがそう言うと、クロードは目を瞬いて、それから少し頬を赤く染める。
「そっ、そう、ですか。……その、確かに言葉にしますと、私もドキドキしますね」
「そ、そうですか?」
「え、ええ。……私には縁がないのかもしれないと思っていましたから。でも、ええ、そうですね。……何か良い、ですね、こういうドキドキも」
そしてクロードはそうも言った。その言葉にアリシアの顔が真っ赤になる。
二人はそのままお互いの顔をちらちら見て、もじもじ、と照れ合う。
何か、ちょっと良い雰囲気かもしれない。頭の中にミアキスが現れて「もしかして、ちゅーの気配?」なんて囁いて来る。
(いや、確かに、そういう雰囲気なのかもしれないけれど……っ)
あまりにミアキスがちゅーと言うものだから、その光景がするっと浮かんでしまって、アリシアはあわあわと心の中で焦る。
そうしているとクロードと目が合った。
お互い顔を赤くしたまま見つめ合う。
しばらくそうした後、クロードの手が少し持ち上がり、そして、
「ねー! クロード、アリシアー! 王様とリュカがね、カードゲームするからおいでってー!」
――そのタイミングでミアキスの元気な声がして、
びくーん、
と二人は肩を跳ねさせた。心臓がまた違う意味でドキドキする。
アリシアとクロードは大慌てで立ち上がり、ミアキスの方を振り向いた。すると彼女は二人の様子を見て「あっ」と口に手を当てる。
「もしかして……ちゅーの気配だった……!?」
そして先ほど浮かんだ言葉とほぼまったく同じ事を言って「ごめーん!」と謝ったのだった。




