妖精の王様の来訪
あれからアリシアがクロード達と協力しながら、せっせと妖精木に魔力を注いだところ、十日でアリシアの身長くらいまで育った。
普通の樹木の成長速度から考えるとだいぶ早い。見た目は植物でもやはり違うのだなぁとアリシアはしみじみ思った。
注ぐ魔力の回数も三回に増え、なかなか大変になってきた。
とは言え忙しいという意味ではない。魔力の量に関しては大変だが、魔力を注ぐ回数という部分ではアリシアには余裕が出来ていた。
その理由は妖精木を育てると同時に始めた雪トマトの実験の成果だ。
クロードが提案した『造花魔法で作った造花を、魔力を注ぐ代わりに使ってみる』というアレである。
造花魔法で出来た造花はアリシアの魔力だけで出来ている。その魔力を使って雪トマトを育ててみたのだ。
結果は成功だった。
造花の魔力がゆっくりと土に染み出し、それが雪トマトにうまく吸収されたのである。
髪飾りとして使っていた時はこういう事は起きなかったが、妖精のミアキス曰く「魔力は自然に溶け込みやすいからね!」との事で、土や水など自然物であればそうなりやすいとの事だ。造花を土にさした時に魔力を注いだ事で、造花の魔力が流れやすい状態に出来たのも良かったらしい。ちなみにその造花は、構成している魔力が減ると同時に小さくなって、魔力が全部なくなると消える事も分かった。
これを思いついたクロードはやはりさすがである。
まぁそんなこんなで妖精木は事前に造花をたくさん作っておけば、誰でもお世話が出来る状態になった。
アリシアの家族もとても興味があるようで、皆揃って妖精木のお世話をしている。
中でも一番楽しそうなのはリュカだった。
リュカは毎日必ず一度は「姉様、今日は僕がお世話しても良い?」と聞いて来るのだ。
しっかり者の自慢の弟は、あまり態度には出さないけれどアリシアと同じく妖精が大好きだ。ミアキスが屋敷へ来た時も一番ソワソワしていたのはリュカである。
久しぶりに妖精と一緒にいられるのが嬉しいらしく、リュカは妖精木のお世話も進んで手伝ってくれていた。
さて、アリシア達がそんな日々を過ごしていたある日。
クロードとミアキスが、アリシアの作り出した造花の仕分けを手伝ってくれていた時の事だ。
ふんふんと鼻歌混じりに造花を運んでいたミアキスが、不意にその動きを止めた。そのまま彼女は周囲を忙しなく見回し始める。
「ミアキスちゃん、どうしました?」
「――――来る」
「来る?」
ぽつりと呟いた言葉に、アリシアとクロードは首を傾げる。
その直後、アリシア達の周囲にふわりと、シャボン玉のような光が浮かび始めた。
突然の異常だが、その光には嫌な気配は感じない。何より悪意や害意に敏感な妖精のミアキスが何の焦りもしないのだ。
ならば危ないものではない。けれど、だとしたらこれは一体何なのか。
そう考えていると光は一点――部屋の中央に集まりはじめ、ふわり、と、ある形を取った。
人の姿だ。背丈はクロードより大きい。その背には妖精と同じく透けた四枚の翅を生やしていた。
容姿は美しく中性的で、サラリとした長い白色の髪と金色の瞳をしている。
うわ綺麗、なんて思わず出かけた言葉をアリシアは慌てて飲み込んだ。
「やっぱりそうだ! 王様、久しぶりー!」
「ああ、久しぶりだな、ミアキス。元気そうで何よりだ」
「うんうん、とっても元気だよー!」
ポカンとするアリシアとクロードをよそに、ミアキスは手をぶんぶん振ってそう言った。
え、とアリシアとクロードは目を丸くする。そして頭の中でミアキスの言葉を反復した。
王様。
彼女は確かにそう言った。ではつまり、目の前にいる翅を生やした人物はもしかして。
「よ、妖精の王様……?」
「ああ、そうだとも。妖精の国の王を務めているアルベリヒだ。初めまして、賑やかな人の子達」
「えーっ!?」
あまりの出来事にアリシアは叫んでしまった。それから隣のクロードを見る。
「く、クロード様! 妖精の王様ですよ! 王様ですよ! 私、初めてお会いしました、すごい!」
「え、ええ、私も初めてです……。お、落ち着きましょうアリシアさん」
「そ、そうですね!」
こくこくとアリシアは頷くと、妖精の王アルベリヒの方へ体を向ける。彼は面白そうにアリシア達を見ていた。
よし、とアリシアは心の中で呟くと、スカートの裾を摘まんでカーテシーを披露する。
「お初にお目にかかります、アルベリヒ様。アリシア・ダンヴィルと申します」
「クロード・ブラーシュと申します。お会い出来て光栄です」
アリシアに続きクロードも挨拶をする。アルベリヒは、うん、と楽しそうに頷くと、
「よろしく。アリシア、クロード。お前達や、お前達の家族の事は、妖精達から聞いているよ。特にアリシア達にはすまなかったね」
と言った。妖精の里帰りの事を言っているようだ。妖精の王から謝罪をされ、アリシアは大慌てで首を横に振る。
「いえいえ! 怖い思いをさせてしまって申し訳ないです! ……ええと、あの、うちに来てくれていた子達は大丈夫ですか?」
それから心配になってアリシアはそう聞いた。今も怖がっていないだろうかとか、あの事がトラウマになっていないだろうかとか気になったのだ。
妖精達は悪意や害意に敏感だ。だからこそ、あの事件はどれだけ恐ろしかっただろう。そう思うとアリシアは今も妖精達に申し訳ない気持ちになる。
「ああ、大丈夫だよ。ただ、何て言うかね、戻りにくそうでね」
「戻りにくい?」
「あの子らも、怖がって飛び出て来てしまった事を、申し訳ないと思っているのだよ。ダンヴィル領は自分達とずっと仲良くやってきたのに、とね。だからどういう顔をして戻れば良いのか悩んでいるようだった」
「――……っ」
アルベリヒの言葉に、アリシアは何だか胸がいっぱいになった。
嫌われていなかった。怖がられていなかった。
その事が嬉しくて、ほっとして、アリシアはちょっと泣きそうになる。
「……良かったぁ」
へにゃり、と笑顔が浮かぶ。
アルベリヒはそんなアリシアに微笑んで、
「まぁ、さすがに何とかしないといけないと思っていたところで、新たな妖精木の気配を感じてね。ちょうど良いから様子を見に来たというわけなのだよ」
と言った。話を聞くと、アルベリヒはすべての妖精の誕生を察知出来るらしい。
妖精の王様はすごいなぁとアリシアが思っていると、クロードは少し首を傾げる。
「ちょうど良い……とは?」
「ああ。妖精木はどういうものかは知っているね?」
「はい。妖精を癒し、妖精に力を与える木の姿の妖精……ですよね」
「そうだ。それともう一つ、あの子達にはとある力があってね」
アルベリヒはそこでいったん言葉を区切ると、窓の外へ顔を向ける。
「妖精木には、妖精達を守る力が備わっているのだよ」
「守る力?」
「ああ。妖精木へ逃げ込んで、妖精達が拒絶すれば、その相手は妖精に一切近付けなくなる」
ふふ、とアルベリヒは笑ってそう言った。
そう言えば妖精の国は妖精木に覆われていると、以前にクロードから聞いた事がある。
ただこの話はクロードも初めて知ったらしく「なるほど……」と驚いていた。
「だからね、あの子達も安心して戻って来られるというわけさ。私はその様子を見ながら、君達の反応を確認しに来たのだよ」
「反応ですか?」
「そう。――――妖精達が帰ってしまった事を怒っていないかい? もう一度ここへ戻ってきても大丈夫かい? そういう事をね」
アリシアは目を見開いた。そして満面の笑顔を浮かべ、何度も何度も首を上下に振る。
「誰も怒っていないですよ! 妖精達が嫌じゃなければ、いつだって! いつまでもずっと待っていますとも!」
「ふふ、そうか。ああ……それはあの子達、とても喜ぶなぁ。ちゃんと伝えるよ」
アルベリヒは「ありがとう」と笑顔で言った。
良かった、嬉しい、そんな気持ちで感情がいっぱいになって、アリシアはクロードとミアキスの顔を交互に見る。二人はとても優しい顔で頷いてくれた。
「……うん、本当に君達みたいな子がたくさんだと嬉しいね。この国の王が初めて私のところへ来た時の事を思い出すよ」
「そうなんですか?」
「ああ。私達の国を守ってくれる妖精木は、彼らから生まれたものだからな」
アルベリヒはそう言うと、アリシアの目の前まで歩いて近づいて来る。
それから彼はニッと笑うと、三人の頭をそれぞれ、わしゃわしゃ、とその手で撫でた。儚げな見た目と違って意外と力が強くてアリシアは少し驚く。
「うちの子達と良い関係を築いてくれてありがとう。あの子達の王として、そしてあの子達の友として、私は君達に感謝するよ」
そしてアルベリヒはそう言ったのだった。




