ジェイムズの謝罪と妖精木の種
「先ほどは大変失礼いたしましたっ!」
クロードが待つダンヴィル家の応接間に入って早々に、アリシアは彼に謝罪をした。
妖精の話で忘れかけていたが、デート中に彼の目の前で倒れてしまったのだ。
まず考えなければいけなかったのはそこである。
そんなアリシアにクロードは「いえ、大丈夫ですよ」と優しく微笑んでくれた。
「私にも経験がある事でしたので。ミアキスがついて来ていた事は気付きませんでしたが……」
話しながらクロードはちらりとミアキスの方へ視線を向ける。彼女は大慌てでアリシアの後ろに隠れた。
この分だとこっそりついて来た事については、だいぶ叱られたのだろうなとアリシアは推測する。
ミアキスは少しだけ時間を空けた後、ひょい、と頭だけ出してクロードの様子を伺う。
「ま、まだ怒ってる……?」
「いいえ、単純に呆れています。……ですがそれ以上に感謝もしています。ありがとうございます、ミアキス」
「えへへ……」
そう言われて、ミアキスは嬉しそうにへにゃりと笑った。
アリシアが微笑ましそうに見ていると、クロードの後ろでジェイムズが気まずそうにしているのに気が付いた。
どうやらジェイムズもアリシアが起きるのを待っていてくれたようだ。彼はアリシアと目が合うと、困ったように視線を彷徨わせながら立ち上がる。
「……あの、アリシア。その、先ほどは……というより、今まで色々と迷惑をかけて申し訳なかった」
そして彼はそのままアリシアの目を真っ直ぐに見つめそう謝った。
表情からも、その瞳からも、申し訳ないという気持ちが滲み出ているようにアリシアには感じられた。
アリシアはジェイムズからこうして謝罪を受けたのは初めてだ。彼との婚約が流れた時だって、どちらかと言えば上からの物言いだった。
マルシェでのやり取りがだいぶ堪えたのだろうか。
そんな事を思いながらアリシアは、
「ああ、いえ、ええと。まぁ確かに色々迷惑でしたけれど。うーん……これから同じ事を繰り返さなければ、もう良いですよ」
「え?」
「赦します、と言いました」
「…………」
アリシアの答えにジェイムズは目を見開く。はくはくと、口が動き、少しして「どうして」と掠れた声でそう言った。
「あら、赦さない方が良かったですか?」
「そんなにあっさりと、赦して貰えるとは思っていなかったから……」
「ジェイムズ様はご存じかと思いますが、私は泣き寝入りするような女じゃありませんので。その都度言い返していたでしょう?」
「あ、ああ」
「そういう事です。言われる方もしんどいですが、言い返すのだって体力がいるんですよ。気分も良くありませんし」
ですから、とアリシアは続ける。
「それがなくなるなら、それで良いです」
「……そうか」
アリシアが笑ってそう言うと、ジェイムズは一瞬泣きそうな顔になった。安堵の表情とは少し違う、諦めや後悔も混じった顔だ。
彼はぐっと拳を握った後でもう一度、
「本当に申し訳なかった。もう、二度としない」
とアリシアに謝ってくれた。
声にはほんの僅かに震えが混ざっている。
本心なのだろうとアリシアは思う。同時に本心であれば良いとも思う。
だからアリシアは「はい」と頷いた。
するとジェイムズの表情は少し和らぐ。
そうしているとアリシアの背中に隠れていたミアキスが、
「アリシア、いいの? 一発さ、ぐーでパンチしちゃっても良いと思うよ?」
そんな事を言い出した。
彼女の不穏な発言にクロードがため息を吐いて眼鏡を押し上げる。
「ミアキス、今はそんな空気ではないでしょう?」
「いや! 彼女の言う事はもっともだ。一発でも二発でも、ぐーで殴ってくれて構わない」
「こらこら、君も変な方に突っ走りかけるのはやめなさい」
「じゃあパーの方が良かった?」
「そういう意味でもありませんっ」
ミアキスとジェイムズが揃って変な事を言い出して、クロードが思わずと言った様子でツッコミを入れた。
そのやり取りが面白くて、アリシアは小さく噴き出す。そのままくすくす笑っていると、ややあってクロード達も同じように笑い出す。ジェイムズだけはどう反応したら良いか困った顔をしていた。
◇ ◇ ◇
その後、ジェイムズは帰って行った。
お茶の一杯でも、とアリシアは声を掛けたが「招かれざる自分がいつまでもここにいるわけにはいかない」と彼は言った。
確かに訪問の約束はないし、アリシアの一件でジェイムズに対してのダンヴィル家の者達の心象は悪い。ジェイムズ自身、その自覚があるようだ。
帰り際に「申し訳なかった」ともう一度謝ってダンヴィル家を出て行った。
窓からその後ろ姿を見送りながらアリシアは、何か短い間に色々あったなぁと心の中で呟く。
するとミアキスが「ところで!」と元気に言った。
「アリシアの妖精のお話しよ!」
そうだ、それである。
アリシアがクロードを見上げると、彼はにこりと微笑んで懐からハンカチを取り出した。
綺麗な紺色をしたそのハンカチは何かを包んでいるようで膨らんでいる。
クロードはそれをテーブルにそっと置くと、ゆっくりと開いた。
すると中から、淡く光る真っ白な種、のようなものが出て来る。
光は心臓の鼓動のようにゆっくりと波打っている。
わあ、とアリシアは目を輝かせた。
「この子がアリシアの妖精なんだよ~。あたし達とちょっと違うでしょ?」
「そうですね。でも、あったかい光ですねぇ」
「んふふ! そうだね!」
アリシアの言葉にミアキスは嬉しそうに笑う。
それから彼女はテーブルにひょいっと降り立った。
「この子はね、木の妖精になるんだよ」
「木の妖精?」
「うん。あたし達に力を分けてくれたり、癒してくれる木になるの」
ミアキスが両手を広げて「こーんなに大きいの!」と教えてくれる。
アリシアがふむふむと聞いていると、クロードが「補足するとですね」と続けた。
「妖精木と言うそうです。妖精達には人間が使う癒しの魔法は効きませんが、その木のそばにいれば怪我が治ったり、疲れが取れたりするんです。ミアキス達の国は妖精木に覆われているらしいですよ」
「なるほど……。この子にはどう接したら良いんでしょう?」
「野菜の種等と一緒で地面に植えたら良いのですよ。ただ、育つためには魔力が必要でしてね」
「あ、なるほど。では全然、足りませんね」
自然と視線が窓の外へ向いた。
ダンヴィル領は今、妖精の里帰りにより妖精が不在だ。以前のように土地に力を注いでくれた彼女達がいれば、きっと妖精木はここでもしっかり育つだろう。
しかし今はそれがない。ここに植えても妖精木は育たないどころか、下手をすると死んでしまうかもしれない。
アリシアは申し訳ない気持ちになりながら、その種を指でそっと撫でた。
「そこはね、大丈夫だよ! 魔力を注げばちゃんと育つからっ」
「ええ、その通りです。今の私がやったようにね。アリシアさんが見せてくださった造花魔法は、とても丁寧に魔力を練り上げてらっしゃいました。あれが出来れば大丈夫ですよ」
しょんぼりしたアリシアに、ミアキスとクロードがそう教えてくれて、励ましてくれた。
アリシアの表情が明るくなる。それならば出来るだろうか。自分もちゃんとこの妖精木の命を繋ぐ事が出来るだろうか。
「私とミアキスも協力します。実は私も経験がありましてね」
「んふふ! それもう話しちゃった! 倒れたところだけだけど!」
「ミアキス……せっかく少し格好つけたのに……」
ミアキスの言葉にクロードが肩を落とした。
それを見て、ふふ、とアリシアは笑う。心強い味方がいると安心したからだ。
アリシアはもう一度白い種を見る。アリシアの中にいた種の姿をしたその妖精は、寝息を立てているようにゆっくり、ゆっくり光を揺らしている。
可愛いなぁと思いながら見つめていると、
「とりあえず妖精木の様子を見るために、しばらくこちらで滞在させていただきたいのですが……」
「あたしもあたしも! お手伝いするよっ」
なんてクロードとミアキスはそんな事を言い出した。
確かにアリシアとしても二人が一緒にいてくれた方が心強い。何せ妖精木を育てるのだ。野菜や果樹、家畜の世話はした事があるが、妖精に関しては初めてだ。
もし何かまずい事をして妖精木が苦しい思いをするのはアリシアは嫌だ。
なので二人の申し出はとても有難かった。
クロードは婚約者だし、ミアキスは妖精だ。事情を話せば両親も駄目だとは言わないだろう。なのでアリシアは「よろしくお願いします!」と頭を下げたのだった。




