気絶するのに理由があったらしい
混乱したり、思考がいっぱいいっぱいになった時、アリシアは目を回して倒れる。
これはアリシアの父ドナも同じだ。
初めてアリシアがそうなったのは七歳の頃だ。一緒に遊んでいた妖精達が、それぞれやりたい事を並べて、アリシアに「どれがいい?」と聞いたのである。どれも魅力的だったが、どれか一つを選んだら他の妖精達がしょんぼりする。なのでアリシアは悩んで、困って、どうすれば良いか分からないくらい混乱して、そうしていっぱいいっぱいになって目を回して倒れてしまったのだ。
それ以降、同じ様な状態になった時に気絶する事が度々あった。恐らく血筋なのではないかなぁとアリシアは思っていたが、弟のリュカにはそういう事はない。
医者にもかかったが理由はいまいち分からない。ただ倒れた時に体内の魔力の流れが一時的に変になっていたらしい痕跡があるので、それが原因なのだろうという事でひとまず話は落ち着いた。
まぁそういった事情で、アリシアは本人の意志とは関係なく倒れてしまう事があった。
解決法は今のところ、どんな時でも思考を整理できるような精神の強さを培うくらいだ。
それでも十八になり、倒れる回数も減り。これは何とかなってきたぞとアリシアは喜んでいたのだが――――。
(……やってしまった)
ダンヴィル家の自室で目を覚まして早々に、アリシアは両手で顔を覆った。
理由としてはクロードの前で倒れてしまった事である。
(クロード様の前だと変に緊張しなかったから、大丈夫だと思ったのになぁ……)
あああ、と叫びたい気持ちになるのを必死で堪えていると、
「あー! アリシア、目が覚めたっ! ねぇねぇ、大丈夫?」
と元気な声が耳に飛び込んできた。顔を向けると何故かそこに妖精のミアキスの姿がある。
アリシアが「ミアキスちゃん?」と名を呼ぶと、彼女は嬉しそうに飛びついて来た。
「クロードとのデートの最中に倒れたから、心配したんだよー!」
「お、おおお、ありがとうございます……?」
何でここに彼女がいるのだろうと、アリシアは頭の上でしきりに疑問符を浮かべていたが、聞くタイミングが難しい。
そうしているとミアキスは、
「でも、あたしが何とか出来る奴だったから、もう安心していいよ! やっぱりこっそりついて来ていて正解だったよね!」
「こっそり?」
「うん! クロードに怒られちゃった!」
なんて元気に頷いて、それから、えへへ、と頬を指でかいた。
どうやらそういう事らしい。本当にクロードの事が心配なんだなぁと、アリシアは苦笑しつつも微笑ましく思った。
それはそれとして、今、少し気になる言葉を聞いた気がする。
「ミアキスちゃん、何とか出来る奴って何ですか?」
「あ、うん。アリシア、さっき気絶しちゃったじゃない」
「あー、はは、はい。子供の頃からよくなるんですよ。今のところ解決策がほとんどなくて……」
「だよねー。妖精の仕業じゃ、どうにもなんないよねぇ」
ミアキスは腕を組んで、うんうん、と頷く。
そうか、妖精の仕業か。それは確かに仕方ないなぁ、なんてアリシアが納得しかけて「ん?」と首を傾げる。そして彼女の言った言葉を反復してみた。
「ようせいのしわざ?」
「そうそう! アリシアの中にいる妖精ね!」
「…………」
アリシアは思わず沈黙する。
妖精。
自分の中に。
アリシアは胸に手を当てて、しばらく固まった後、
「妖精っ!?」
と目を剥いて聞き返した。
ミアキスはアリシアの声に少し驚いたのか目を丸くし「そうだよ」と頷いた。
あっさり答えてくれるミアキスに、アリシアは自分の身体と彼女を交互に見てわたわたと慌てる。
妖精が自分の中にいるなんてまったく感じた事はないし、そもそもそんな話も聞いた事がない。
けれどもとりあえずどういう事かとミアキスから話を聞けば、焦ったり悩んだりすると、中にいる妖精がその感情に同調してしまうのだそうだ。そして必要以上に感情が引っ張られて、頭の中がいっぱいになって目を回してしまうらしい。
話を聞いていたアリシアの頭に、妖精の里帰りでダンヴィル領の妖精が怖がって逃げてしまった件が浮かんだ。なるほど、もしかして妖精達はそういう状態になったから帰ってしまったのかなと思っていると、
「と言っても、あたし達みたいな妖精とはちょっと違うんだけどね~」
なんてミアキスは言いながら、アリシアの肩に座った。
「アリシアはさ、妖精がどうやって生まれるか知っている?」
ミアキスは足をぶらぶらさせながらアリシアにそう聞いた。
その問いにアリシアは「ええ」と頷く。
「妖精の国にある植物や宝石に、魔力が集まって生まれるんですよね」
妖精は人間とよく似た姿をしているが、その生まれ方はまったく違う。
彼女達は自然物に魔力が宿る事で生まれるのだ。
花や木、宝石や鉱石、大きい物で泉や山など、そういった場所に長い年月をかけてたくさんの魔力が集まる事で、その魔力が『妖精』というものに変化する。
自然を体現したような存在だ。だから妖精は自然に力を与えて元気にするなんて芸当が可能なのである。
何に魔力が集まったかで当人達の得意分野が違ってくるものの、基本的に妖精とはそういう生き物だ。
そんな答えをアリシアが返せば、ミアキスは嬉しそうにニコッと笑う。
「そうそう! それと同じ事がアリシアの中で起きているんだよ」
「でも魔力がたくさん集まるみたいな経験、特にないですよ?」
「ん~ほら、アリシアって妖精に好かれてるじゃない。あたし達が魔法を贈るのって、大好きな相手にだけなんだよ」
大好きな、と言われてアリシアはちょっと照れた。
「そ、そうですかね、えへへ……」
「ね! でさ、いつも妖精と一緒だったんじゃない?」
「あ、はい。それは確かに。里帰りしちゃう前は、ずっと一緒にいましたよ」
「それだよっ」
びしり、とミアキスがアリシアを指さす。
「あたし達は魔力の塊みたいなものだから。大勢でずーっとそばにいたから、そういう事になったんだと思うよ。クロードにもあったもの」
「クロード様にもですか?」
「うん! その時もね、あたしが何とかしてあげたんだよ」
頑張ったでしょう、とミアキスが腰に手を当てて胸を張った。おー、とアリシアが反射的に軽く拍手をする。それに気を良くしたミアキスはアリシアに抱き着いた。
「最初に見た時に、そうかな~って思ったの。だけどその状態になってみないとはっきり分からないし、そもそも手が出せないから、黙っていてごめんね」
「あ、もしかしてミアキスちゃんがよくお話ししてくれていたのって」
「その様子を見ていたの。あ、もちろん、アリシアとお話ししたかったのは本当だよっ」
「そうだったんですね。ありがとうございます、ミアキスちゃん」
「いーよぉー!」
アリシアがお礼を言えば、ミアキスは元気にそう言ってくれた。
なるほどなーと思いながらアリシアはもう一度胸に手を当てる。
自分の中に妖精がいただなんて不思議な気分だ。
はぁー、と感動と驚きの気持ちで息を吐いて、そういえば、と顔を上げる。
「私の父も同じように気絶する事があるんですけど、もしかして……」
「うん、ドナもそれっぽいよねぇ。今度気絶した時に、その場にいたら診てあげる!」
ミアキスは「まかせて!」と請け負ってくれた。それならば安心である。
よもや気絶の理由がこれだったとは、本当に予想していなかった。
(クロード様に出会ってから、良い事がいっぱいだなぁ)
そして与えられるばかりでほとんど恩を返せていないのが申し訳ない。
頑張ろう、とアリシアが思っていると「そうだ!」とミアキスが手を叩いた。
「アリシア、もう動ける? 動けるならクロードのところへ行こうよ! そこにアリシアの妖精がいるから!」
「クロード様のところに?」
「うん! クロードがお世話しているんだよっ」
ミアキスは両手を大きく広げてそう教えてくれて、アリシアは目を丸くしたのだった。




