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造花令嬢の婚約  作者: 石動なつめ
第二章 造花令嬢と妖精の王様
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だってもう十八ですし


「用事も何も……君が婚約したと聞いたんだ! それは本当なのかっ!?」


 会って早々にジェイムズはそんな事を言い出した。何故か彼は目を吊り上げて怒っている。

 アリシアが婚約した事はジェイムズには関係の無い話である。こうしてダンヴィル領まで押しかけられてまで怒鳴られる理由はない。

 せっかく楽しい気分でデートを満喫していたのにとアリシアは半眼になった。


「しましたけれど」

「どうして!」

「どうしてと言われても、嬉しいご縁をいただけたからとしか。そもそもジェイムズ様にはまったく、何一つ、関係のないお話ですよ」

「そ、それは……そうだが……でも……」


 アリシアがきっぱりそう言うと、ジェイムズの勢いが少し弱くなった。

 どうしてこういう反応になるのか分からなくて、アリシアは首を傾げる。

 この男は一体何をしに来たのだろうとアリシアが訝しんでいると、


「君、はっきりと言葉にしないのは、情けないですよ」


 とクロードが声をかけた。

 するとジェイムズがハッとそちらへ顔を向け、初めて気づいたように目を見開く。それからサーッと青褪めるまでが早かった。


「く、クロード、様……どうしてこちらに……」

「アリシアさんとデートの最中だからです。彼女と婚約したのは私ですから」


 胸に手を当てにこりと笑顔で告げるクロード。後半部分の声に力が込められている辺り、彼も彼で少し怒っているようだ。

 何か似た光景をこの間も見た気がするなぁと思いながら、アリシアはクロードに聞く。


「クロード様、はっきりと言葉に、とは?」

「私に言われるのは、それこそ情けないと思いますので。そこは彼に聞いてあげてください」

「は、はあ……。ええと、ではジェイムズ様、理由をお伺いしても?」

「…………」


 クロードに促されアリシアが尋ねると、ジェイムズは泣きそうに顔を歪めた。

 いつもこちらを馬鹿にしている顔か、怒っている顔くらいしか見た事がないので、ジェイムズにしては珍しい表情である。

 彼はその表情を浮かべたまま、しばらく黙っていたあと「ぼ、僕は……」と続ける。


「僕は……ずっと、アリシアの事が……す……」

「す?」

「す、す、す、素顔が地味だと言っている!」


 ここに来て暴言を吐かれてしまった。クロードが額に手を当てて、目を瞑ったのが見えた。

 結局、パーティーの時と同じように、ジェイムズはアリシアに絡みに来ただけらしい。

 暇なんだろうかこの人はとアリシアは肩をすくめた。


「ジェイムズ様、それを言うのはあなたの日課か何かなのですか?」

「い、いや、違う! そうじゃない! その、僕は……」


 アリシアがため息混じりに言えば、ジェイムズは急に狼狽え出した。

 そうしているとクロードが心底呆れた顔で「ジェイムズ君」と名を呼ぶ。


「そのような物言いは、照れ隠しでも何でもない、単純に失礼なだけですよ」

「ウッ……それは……」

「それにアリシアさんは愛嬌があって可愛らしい容姿をしています。中身も面白いですよ」


 先ほどのお返しとばかりに、クロードがアリシアを褒める。突然の誉め言葉にアリシアの頬が赤く染まった。

 普段ジェイムズから容姿を貶されているので、お世辞でも褒められるのは嬉しいものである。

 えへ、とアリシアが照れていると、ジェイムズが悲愴な顔になった。


「……ぼ、僕だって」

「ジェイムズ様?」

「僕だってアリシアの事は! 地味じゃなくて、か、か、かわ……かわい……可愛いと思っていた!」


 そしてぶるぶる震えた後、そんな事を叫んだ。

 何を突然言い出すのだとアリシアはぎょっとして目を剥く。


「ど、どうしました、ジェイムズ様? 熱でもあるのですか?」

「だからどうしてそういう反応になるんだっ!?」

「どうしてと言われても……ずっと地味だの何だの言っていたのはジェイムズ様じゃないですか」

「ぐう……」


 今更何をとアリシアが言えば、ジェイムズは胸を押さえて後ずさった。

 彼は今度は真っ赤な顔になって「だって」と続ける。


「アリシアに可愛いなんて言い続けたら、周りだってそう思って、婚約の打診が殺到しそうじゃないか……」

「……あの、本当に大丈夫ですか? 具合が悪いのでしたら、お医者様に見て貰いましょうよ」


 意見がぐるりと変化したので、本当に何かあったのではないかとアリシアは心配になった。

 ジェイムズの事は嫌いだが、体調が悪いのを知って放っておけるほど、アリシアは人でなしではない。

 なのでそう聞けばジェイムズは「もうだめだ……」と両手で顔を覆ってしまった。

 どうしよう、これ。そう思ってアリシアは助けを求めてクロードへ顔を向ける。彼は何とも言えない表情を浮かべたあと、


「……アリシアさん。まぁ、つまり話をまとめるとですね。その彼は元々、あなたに好意を抱いていた、みたいなのですよ」


 と仕方なさそうに言った。

 その言葉にアリシアはぴしりと固まる。

 今、クロードは何と言っただろうかと、頭の中で彼の言葉を反復する。

 好意。つまり、ジェイムズがアリシアの事が好きだ、という話だ。


「えーっ!?」


 たっぷり時間をかけて考えて、アリシアは叫んだ。


「ですがクロード様。ジェイムズ様からそんなの、欠片も感じませんでしたよっ?」

「あの振る舞いですから、そう思いますよね。実はあなたと婚約してから、少し気になって調べてみたんですよ。そうしたら、どうもそうらしい、という話を聞きまして」


 ちらり、とクロードはジェイムズへ目を向ける。彼は両手で顔を覆ったまま微動だにしない。


「子供が好きな相手に意地悪をする、とかあるじゃないですか」

「あー、ありますね。正直あの心理はちょっとよく分からないですけれど。でもクロード様、ジェイムズ様はもう十八ですよ? 小さい頃ならまだしも、この年齢になってそんな事はしないですよ、たぶん!」

「ぐふっ……」


 まさかぁ、なんて思いながらアリシアが言った時、ジェイムズが苦し気に呻いた。クロードはそれを見て「トドメ……」と、若干気の毒そうな眼差しを向ける。

 それを見てアリシアもいよいよ、冗談でも何でもないという事を感じ始めた。


「……ジェイムズ様、まさか本当に、そうだったんですか?」

「……そう」

「い、いつからなんです……?」

「最初から……」


 ようやく絞り出した声でジェイムズは言い、僅かに頷く。

 どうやら本当に『そう』らしい。

 つまりジェイムズが今までアリシアに対し、地味だの何だの言っていたのも、婚約が流れた後もよく絡んでは意地の悪い事を言ってきたのも、すべてアリシアへの好意の裏返しだった、という事だろうか。

 そして彼の言っている事が正しければ、それは最初からずっとだ。

 ジェイムズと出会った時から絡まれ続けた日の出来事が、アリシアの頭に矢継ぎ早に浮かんでくる。

 どう考えるのが正しいのか、何を言えば良いのか。だんだんアリシアは混乱してきた。目が回って来る。

 そうして限界を迎えた時、


「……きゅう」

「アリシアさんっ!?」


 アリシアはそのまま、ぷつん、と意識が途切れ。

 焦ったクロードの声を聞きながら倒れてしまったのだった。


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