マルシェとアマイモ
「おや、これは珍しい野菜ですねぇ」
「ふふふ、でしょう? これね、痩せた土地でも育つイモなんですよ!」
その日の午前中。
アリシアとクロードは、ダンヴィル領の街で開かれているマルシェを訪れていた。
ここに並んでいるのはダンヴィル領で採れた野菜や果物だ。以前と比べて種類こそ少ないが、今のダンヴィル領のように痩せた土地でも元気に育つものが並んでいる。
クロードが注目したのは、その中の『アマイモ』だ。紫色の皮をしたこのイモは、肥沃な土地では可食可能なイモが出来ないという特徴を持っている。
マルカート王国全体が妖精の力を借りる前の荒蕪地であった頃、主食とされていたものらしい。
妖精のおかげで土地が栄養いっぱいで豊かになった事で、あまり見かけなくなっていたのだが――妖精の里帰りでダンヴィル領の土地が痩せたため、ぽこぽことイモをつけるようになった。
父のドナが農作物研究の一環で育てていたものを増やし、農家に分配して育てて貰ったのが功を成した。おかげでダンヴィル領の農家が無収入になるという事態は避けられたのだ。
土地が豊かな時はネコイモ、土地が痩せた時にはアマイモ。うちの領地はいつもイモに救われているなぁとアリシアはしみじみ思った。ちなみにどちらもアリシアの好物である。
そんな事を考えながらアリシアは焼いたアマイモを二つ購入する。
そして片方をクロードに差し出した。彼は目を瞬いた後、興味深そうにそれを受け取る。そしてじっとそれを見つめている。
食べようとしないクロードを見て、もしかして食べ方が分からないのかも、とアリシアは気付いた。
ならば自分がお手本にと、アマイモを真ん中から割って見せた。湯気とともに金色に輝く中身が現れる。クロードが軽く目を見開いたのが分かった。アリシアは、ふふ、と微笑んでアマイモを慎重に食べる。あちあち、と呟きながら噛みしめると、口の中にふわぁっとアマイモの甘さが広がった。
アリシアが「美味しい……」と幸せな顔になっていると、クロードがごくりと喉を鳴らし、同じ様にアマイモを割って食べた。彼もあちあち、と呟いている。そして同じように「甘くて美味しい……」と幸せそうな表情が浮かんだ。
「本では読んだ事がありましたが、これ、こんなに甘いんですね」
「そうなんです。熱を加えると甘くなるって、面白いですよねぇ」
「とても。料理にも色々と応用が利きそうですね。ケーキとか、プリンとか」
「実は研究中ですが……あるんですよ」
アリシアの言葉にクロードの眼鏡がキラリと光った。とても興味を惹けたようだ。食べたそうにソワソワしている。
もしかしたらクロードは甘い食べ物が好きなのかもしれない。
アリシアが「食後のデザートでお願いしてみましょうか」と聞くと、彼は「ぜひ!」と力強く頷いた。
そんなやり取りをしていると「あー! アリシア様だー!」と声が聞こえて来た。
顔を向けるとダンヴィル領の子供達が、こちらへ駆け寄って来るところだった。
「アリシア様、こんにちはー!」
「こんにちは! 今日は学校はお休み?」
「うん! でも皆でね、宿題をやっていたの!」
「そっかぁ、えらいね!」
頑張ったんだよ、とアピールする子供達が可愛くて、アリシアはしゃがんで目線を合わせ、へにゃりとゆるい笑顔を浮かべる。
アリシアが褒めると子供達も「わーい!」と嬉しそうに笑ってくれた。
そうしていると、子供達はクロードにも気付いたようで、彼を見上げて目を丸くする。
「アリシア様、このお兄さん、どこの人?」
「ブラーシュ領のクロード様って言うんだよ」
「そっかー! こんにちは、クロード様!」
「はい、こんにちは」
物怖じせずに元気に挨拶されて、クロードは少し驚いた様子だったが、にこりと笑顔で応えてくれた。
子供達に対しての反応や、妖精のミアキスにあれほど好かれているところから見ても、やっぱりとても優しい人なのだろうなとアリシアは思った。
「クロード様……クロード様……あ、分かった! アリシア様と婚約した人だ! そうでしょ、アリシア様!」
「うん、そうだよ。先日婚約したクロード様です」
「わー! お父さん達が話していたから、どんな人なんだろうって思ってたの!」
「ジェイムズ様と違って、真面目で良さそうな人だから、アリシア様良かったねって言っていたんだよー!」
アリシアが頷くと、子供達はきゃいきゃいと楽しそうに話してくれる。
子供達は実に素直である。ここに大人がいたら大慌てで止めそうな内容である。
若干心配になってアリシアがクロードを見上げたが、彼は特に気にしていなさそうだ。むしろ少し照れているように見える。
それにしてもジェイムズの事は領民達も心配してくれていたようだ。あのまま婚約して結婚となっていたら、彼らを不安にさせる理由の一つになっていたかしれない。改めて婚約の話が流れて良かったなと、アリシアは少しホッとした。
そうして話をしていると子供達は満足したようで「またねー!」と手を振って、街のどこかへ走って行った。
「妖精みたいに素直で明るい良い子達ですね。私は初対面で、しかも子供相手だと怖がらせる事があるので驚きました」
「あら、そうなんですか?」
「ええ。大変不本意ですが『氷晶の君』なんて呼ばれているので……。私の顔や表情が冷たく感じるから、という意味があるそうです」
苦く笑いながら言うクロードに、アリシアは目を丸くした。
髪の色や容姿の美しさからそう呼ばれていると思っていたが、別の意味があったとは知らなかった。
というか、それよりも。
「まったく感じた事がないので意外ですねぇ」
「え?」
「クロード様は格好良いですし、見ていて面白いですし」
「お、面白い?」
「はい、とても。ミアキスちゃんとのやり取りとか、大好きですよ!」
アリシアが断言するとクロードは衝撃を受けた顔になった。それから少しして、くすくすと笑い出す。
「その評価をいただいたのは初めてですね」
「おや、それは周りの目が節穴」
「節穴って」
クロードは楽しそうに言うと、眼鏡を軽く押し上げた。
やっぱり冷たい要素なんて欠片も見当たらないなぁとアリシアは思う。
人の噂は当てにならないものだ――なんて心の中で呟いて、ふと自分も『造花令嬢』と呼ばれている事を思い出した。良くも悪くも人がつけた呼び名は、人の想像力で尾ひれがつくものだ。
クロードに何となく親近感が湧いていると、マルシェの入り口付近がざわざわとしている事に気が付いた。
「何でしょう?」
「揉め事ですかね。申し訳ありません、クロード様。少し様子を――」
見てきます、とアリシアが言いかけた時。
「見つけたぞ、アリシア! 君は一体どういうつもりなんだっ!?」
その騒ぎの中心から聞き覚えのある声が響いた。
思わずアリシアが渋い顔になる。出来ればなるべく会いたくない人物だったからだ。
本当に何でここに、と思いながらアリシアはその声に応える。
「一体何のご用事ですか、ジェイムズ様……」
マルシェの端、そこにいた人物。
ジェイムズ・ターナーに向かって、アリシアはそう聞いた。




