ダンヴィル家の造花令嬢
「なぁ見ろよ、あそこにいるの……」
「ああ、ダンヴィル家の『造花令嬢』だろう?」
「元がどうだったかは知らないけど今は可愛いな」
「だけど金にがめついのはなぁ……」
ヒソヒソ、ヒソヒソと煌びやかなパーティー会場の一部から、そんな声が聞こえてくる。
その声が向けられているのは白色に淡く輝くガラスの花を髪に飾った一人の少女。歳は十八、やや癖のある黒い髪に紫色の瞳。愛嬌のある顔立ちだが少々地味なこの人物が、噂をされていたダンヴィル家の造花令嬢ことアリシア・ダンヴィルである。
(くうう、金にがめつくて何が悪いの……!)
笑顔を貼り付けながらアリシアは心の中で拳をぶんぶん振った。
さて、アリシアが何故そんな風に言われているのか。
その理由はちょっと複雑だった。
◇ ◇ ◇
ダンヴィル家のご令嬢は金儲けが趣味である。
そんな噂話が社交界に広がるくらい、ダンヴィル家の長女アリシアはお金を稼ぐのに必死になっていた。
その理由は単純にダンヴィル家が大変貧乏だからである。
ダンヴィル家はこのマルカート王国の南にある、広くもなく狭くもない、ごくごく平凡な領地を治めている。
特産品は農作物。特にネコイモと言う、猫の形をした甘いイモが名物で、身分や年齢問わず人気の商品だ。
ただまぁそれ以外はこれと言って大きな利益を得る事は少ないものの、自然豊かでほのぼのとした雰囲気が特徴の領地である。
しかし、そんな領地を『妖精の里帰り』という災害が襲った。
この世には妖精という翅の生えた生き物がいる。彼女達は『世界の意思』とも『生きた自然』とも呼ばれる存在で、力を注ぐ事で土地を元気にしたり、実りを豊かにする事が出来る。
実のところこのマルカート王国はあまり肥沃な土地ではなかった。
初代の王が、何とか飢えた民にお腹いっぱいの食事をさせてやりたいと方法を探し回り、妖精の国へ辿りつき。
必死で頼んで仲良くなって、力を貸して貰うに至ったのだ。
だからマルカート王国では「妖精達と仲良くしましょう」と幼い頃から習うくらいに、妖精達を大事にしてきた。
だがそんな妖精に悪さを働いた人間がいた。
誰かに「他国に妖精を一人でも売れば莫大なお金が手に入る」なんて吹き込まれて、欲に目がくらんで捕まえて売りさばこうとしたのだ。
幸い未遂に終わったが、妖精達の一部が怖がって、自分達の国へ一時帰国してしまったのである。
それが三年前、アリシアが十五歳の時の話だ。
ちなみにダンヴィル家もダンヴィル領の領民も無関係だ。その騒ぎを起こしたのはダンヴィル領の東と西にあるお隣の領地――しかもそこの領主一族である。
二つの領主一族はそれぞれかなり重い処罰を受けたのだが、事はそれだけでは収まらない。
マルカート王国の王族が妖精の王へ直接謝罪に向かった事で、何とか怒りは収めて貰ったものの、怯える妖精達はなかなか戻っては来てくれなかった。
これは時間が解決するしかない。妖精達が落ち着くのを待とうという事になったのだが……問題はダンヴィル領である。
実はダンヴィル領の妖精達も、両隣の騒ぎを聞いて怖がって帰ってしまったのだ。
そして両隣と同じく土地が痩せ、農作物の収穫が激減してしまったのである。
巻き添えを食らってこの状態になった事に、さすがに憐れに思った国が補助金を出してくれたものの、農作物を主産業としてきたダンヴィル領だ。大打撃である。
何とかしなければと必死に動いたが、なかなか上手く行かず。
騒動から三年、未だ戻らぬ妖精達を待ちながら、領民達を飢えさせまいとダンヴィル家の貯蓄を使って何とか保っている現状だ。
さて、ここまでくれば大体はお分かりかと思うが、アリシアが金儲けが趣味と言われるようになったのはこれが理由である。
アリシアはダンヴィル家とダンヴィル領を立て直そうと『造花』を作り始めたのだ。
幼い頃から妖精と仲良く過ごしていたアリシアは、彼女達から誕生日プレゼントとして一つの魔法を贈って貰った。
魔力を『花』の形の美しいガラスに練り上げる『造花魔法』である。
アリシアの魔力で出来ているから実質費用はゼロだし、魔力で出来ているからキラキラ淡く輝いて美しく、そして重さもほとんど感じない。
形振り構っていられないアリシアは、それを作って髪飾り等の装飾品にして知り合いの商人を通して『フルール・ド・アリシア』の名で販売して貰っているのだ。
実のところ女性達にはだいぶ好評だ。
今日のパーティーだってアリシアの作った造花を身に着けて参加しているご令嬢も多くいる。
「これ、アリシア様の新作なの! 素敵でしょう?」
「まあ! 羨ましいですわっ!」
「この赤色の花、本当に綺麗……!」
なんて女性達は楽しそうに話をしている。
最近はパーティーに行くと大体がアリシアの造花の話で持ち切りだ。
喜んでくれたなら頑張った甲斐があるなぁなんてアリシアも思っているが、問題は男性達である。
アリシアとアリシアの造花に話題を掻っ攫われた男性陣の一部が、そのやっかみでアリシアの悪口を吹聴しているのだ。
そしてついたあだ名が『造花令嬢』である。
的確な表現ではあるが、ああいう風にヒソヒソと話されているのは、正直良い気持ちはしない。
しかもその噂に尾ひれがついて「ダンヴィル家の令嬢は元々とても醜くて、妖精の力で美しくして貰ったらしい」みたいな話にまでなっている。
ついでに「そのために妖精を捕まえようとした」なんて噂する輩もいて、ダンヴィル領の両隣の悪事にダンヴィル領も加担していたなんて与太話まで出回っている。
好意的に思ってくれる人間はいれど、噂話を真に受ける者もいるというのが、アリシアを取り巻く現状である。
そんな両極端な状況の中、アリシアは何故こんなパーティーに来ているかと言うと。
簡単に言うと「婚活」である。
アリシアも十八歳だ。ダンヴィル家の長女であるアリシアは、将来家を継いでダンヴィル領の領主になる。
子孫を残すという意味でも伴侶が必要となるのだが――三年前の事件の影響で調いかけていた婚約は消え、今も婚約者が見つからないという状況である。
(高望みはしない……! しないけれど、とりあえず、うちの領地の事を好きになってくれて、まぁ、それでちょっと話が合ったり趣味が合ったりしたらいいなって……!)
そんな希望を抱きつつ、友人の伝手でパーティーに参加させて貰ったのだが、そう上手くはいかない。
ただ。
「アリシア様! アリシア様、これ、ありがとうございます!」
「婚約者からこの花飾りをプレゼントして貰ったんです。嬉しくて……!」
「いえいえ、喜んでいただけて私も嬉しいです」
先程も言った通り、女性陣には大変好評だ。
パーティー会場に入ると、アリシアは直ぐにご令嬢達に囲まれてしまった。
満面の笑顔で話してくれる彼女達を見て、アリシアもつられて笑顔になる。
そうしていると、ふわふわと天井付近に妖精達も姿を現し始めた。明るくて楽しい雰囲気が好きな妖精達は、アリシア達を見てにこにこ笑っている。
(ああ、癒される、楽しいな……)
お金稼ぎに必死にはなっていたし、パーティーに参加した目的は婚活だけれど。
こうして喜んでくれて、久しぶりに妖精の姿も見る事が出来て、アリシアは嬉しかった。
よし、もっと頑張ろうと言う気持ちにアリシアがなっていると、
「おやおや、お美しいご令嬢の中に、相応しくないニセモノが混ざっているね」
なんて嫌な声が聞こえて来た。
聞き覚えのある声だなと思いながらアリシアが顔を向けると、そこには意地悪そうな顔をした赤毛の青年が立っていた。
アリシアと同い年で、アリシアの婚約者になるはずだった男。
ターナー領の領主一族の三男、ジェイムズ・ターナーである。