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第二話『キャンプ合宿』



「おーい悠人! 集合場所まで一緒に行こうぜ!!」


 玄関の呼び鈴を二回鳴らしてドアをドンドン叩くのは洋一だ。キャンプ合宿の当日なのでわざわざ自宅まで迎えに来たようだ。


 悠人もそろそろ出る準備をしていたのでそのまま鍵を開けると洋一と玄関先で対面する。


「おっす! 悠人!」


「はよ」


 相変わらず元気の良い洋一に引っ張られるように悠人は玄関を後にする。


 背後からは祖母からのいってらっしゃいの言葉。悠人は振り向かず「うん」とだけ返すとそのまま自宅を後にした。


 キャンプ合宿など早く終わればいい。そう思いながら観光バスへと乗り込んだ。




 キャンプ合宿の初日はカレー作りが行われるのだが、最初の一時間は自由時間となっており様々な中高生がキャンプ上で集まり談笑していた。


 悠人は特に誰かと話す気にならず話し掛けてくる洋一の相手をしていたが、洋一も見知らぬ中高生と話し始めたのでその場から離れる。


 すると離れた先で見たくない人物を見る事になった。


 そう、菜乃葉である。


 向こうもこちらに気付いたのか「あれっ!? 悠人くん?」と心底驚いた表情を見せる菜乃葉。悠人は隠す事なく「ゲ」と不満げな顔で菜乃葉を見た。


 菜乃葉は興味深い顔をして悠人を見やり不思議そうに言葉を発した。


「へー、悠人くんもこういうの興味あるんだ?」


(やっぱその通りだった)


 悠人は昨日危惧していた事が現実になり肩を落とす。菜乃葉は面倒臭いだけではなく、質問ばかりで疲れるのだ。それもくだらない質問ばかりだ。


「べつに、関係ないじゃん。菜乃葉に」


 悠人は極力関わりたくなく菜乃葉に素気なく言葉を投げた。敬称をつける気力すらもはやなかった。


 頼むから早くここから立ち去ってくれと思っていると菜乃葉も悠人の発言にムッとしたのか「あーあーそーですか、ケチな子ねー」と不機嫌な声を出しそのまま悠人の前を通り過ぎた。


 悠人は内心安堵しつつ菜乃葉の背中を見送っていると「あれ、梅宮じゃん」と聞き慣れない男の声が菜乃葉を呼んでいた。


 悠人は何故か目が離せず二人のやり取りを遠くから傍観していた。


 菜乃葉は悠人に発したことの無いような声音でその男と話し込んでいる。


 その態度を見るにそれはあからさま過ぎた。最近アホ面でボケッとしていたのはこの男が原因だったのか。


(へー)


 悠人は状況を理解するとそのまま菜乃葉とは逆の方へと足を向けた。なんだがよく分からない気分であった。




 カレー作りが始まり悠人は勝手に割り振られた班のメンバーに頼まれ野菜を取りに野菜置き場へ向かった。


 そこで菜乃葉と再びばったり出くわしてしまった。


 菜乃葉はバツの悪そうな顔をするだけで特に話し掛けてくる様子はなく、そのままでいれば悠人の望むように菜乃葉と極力関わらない事が叶ったはずなのだが、今回は何故か悠人の方から話し掛けていた。


「おねーさんて、あーゆーのがタイプなんだ」


 そう言うと菜乃葉はギクッとしたように「え」と声を漏らすと何を言われたのか理解しているようで悠人の方を見てくる。


 悠人は菜乃葉に答え合わせをするように「バレバレだよ」と笑いかけると菜乃葉は顔を真っ赤に染めそのまま悠人を睨んできた。


 悠人はお構いなしにそのまま立ち去る。


 なんだか少しスッキリした悠人は自分が何をしたかったのかまでは理解できぬまま、まあいいかとカレー作りに集中する事にした。


 「なに話してたの?」突如横から現れた山咲はそう言いながら悠人に近付く。


 悠人は「別に」と返すとそのまま山咲を無視して調理台へと戻っていった。




 二日目はフラワーガーデンの散策だった。天気は晴天で気温も程よく散策には打ってつけの日である。


 悠人はバスから降りると植物を観察しようと近場の花々を見に行く。洋一は楽しそうに走り回っているので放っておいても問題ないだろう。


 悠人自身も植物や花に興味はあった。特にサボテンが悠人のお気に入りであるのだが、これを人に話した事はない。


 自宅に飾っている為祖母には気づかれているだろうが植物が好きだという事自体人に話した事はなかった。別に共有することでも無い。そう思っていたからだ。


 最近はその考えも百パーセントでは無いという事に気付き始めてはいるのだが。


 目の前の花を観察していると黄色い声を上げて元気にはしゃぎ回っている女の声が耳に入る。どこかで聞いたことのある…そこまで考え声の主が菜乃葉である事を理解した。また菜乃葉か。


「もーちょーやばい!」


「菜乃、コーフンしすぎ…」


「だってこの花畑見てよあすか!」


 どうやらフラワーガーデンの花畑に大興奮しているようだ。


 あまりにも楽しげな彼女の声が気になり声のする方へ立ち上がり目を向けるとそこには幸せそうに両腕を伸ばして花畑へ駆け込む菜乃葉の姿があった。


 どう見ても変人にしか見えないその姿に悠人は思わず「ふはっ」と笑いを堪えられなかった。


 悠人の声に気付いた菜乃葉は勢いよく振り返り悠人を見るとズンズンとこちらへ向かって不満を漏らす。


「ちょっと悠人くん何笑ってるのよ?」


 悠人は笑いを止める事ができずくっくっと笑いながら「アホ面してるから」と答えると「はあ!?」と菜乃葉が更に不満げに声を出す。


 悠人は菜乃葉の今の様子を見て城の庭にいる菜乃葉を思い出していた。


「アンタってほんと植物好きなんだね」


 嫌味でも何でも無い。素直に思った事を口に出すと菜乃葉は「え?」と不思議そうな顔をした後すぐに悠人の予想していない言葉を返してくる。


「悠人くんもでしょ」


「は?」


 突然の返しにどう反応したら良いか分からず思わず疑問符を浮かべる悠人だが、そんな悠人にはお構いなしに菜乃葉は言葉の続きを話してくる。


 先ほどより近い距離であるのにもう一歩ズイッと足を踏み込んできたかと思えば「悠人くんは植物好きじゃ無いの?」と問い掛けてきた。


―――――また質問だ。いや、そんな事より……


 悠人は「は……いや…」と狼狽えながらドキッという音が自身の身体から聞こえたのを聞き逃さなかった。距離感に狼狽したのだろうか…定かではないが、悠人は確実に今動揺しており動悸はいつもより激しく高鳴っている。


「べつにっ…アンタ程じゃないよ」


 上手く目を見る事ができず後退りしながら顔を背けると菜乃葉は「ふーん」と呟くと悠人の先に居たのか「あっ岸くん!」という言葉と共に悠人の前から姿を消した。


 悠人は紅潮した自分が理解できず右手で首元をゆっくりとさすった。いや、今のは嘘だ。理解している。


 だが認めたくない。菜乃葉の方へ目を向けるとまたあの例の男と楽しそうに話す菜乃葉がいる。


 先程悠人と話していた時より遥かに口角は上がり頬を染めて幸福そうに談笑している姿を見て悠人は「百面相…」と小さく呟いた。


 気が付けば先程の動悸はすっかり治まりいつもの自分の正常な心音が胸に響いている。


(さっきのは気のせい気のせいあり得ない)


まるで自分に言い聞かせるかのように心の中で唱え続けていると背後から「西田くん」と名前を呼ばれる。


「何?」


 振り返った先には山咲だ。最近やたらと話し掛けてくる気がするがその理由さえも興味がなかったのでまあいいかと山咲の話を聞く事にした。


「あ、あの……さ、きもだめし一緒に回らない?」


 悠人の目ではなく足下を見ながら話してくる山咲の意図が分からず「? いいけど」と二つ返事をすると「あっありがと!!」といつもより少し大きめの声を出してすぐ立ち去っていく。


 肝試し自体に特別な気持ちが無かったので正直どうでも良かった。


 ふと菜乃葉のいた方に目を向けると菜乃葉もこちらを見たようで目が合ってしまう。


 悠人はべっと舌を出して「こっち見んなし」と悪態をつくと菜乃葉が「カワイクない子」と呆れたような目で悠人を見てくる。


 悠人は何故か菜乃葉にだけは揶揄う事を楽しく感じていた。不思議な女だ。何故だろう。答えなど分かっているのに認めたくない自分がいるのも事実で、悠人はその疑問から逃れる事を選んだ。




 夜になると宿泊施設の裏側へ集合の合図がかかる。


 悠人は洋一に連れられ肝試しへと向かう。この行事に不参加する選択肢は無理な相談のようだ。


 悠人は面倒臭い気持ちで辺りを見回すと一人で狼狽える菜乃葉の姿を見つける。


 菜乃葉の視線の先には先程の男、岸の姿があり、その男は数人の女に囲まれていた。どうやら菜乃葉も岸とペアを組もうとしていたようだが周りを囲む女の数に圧倒された様子だ。


 悠人は菜乃葉の側まで歩くと声を掛ける。


「オレとまわる?」


 特に深い意味はなかった。ただ、菜乃葉となら悠人が面倒に感じている肝試しも面倒ではなくなる気がしたのだ。


 菜乃葉は悠人の声でこちらに気付くと驚いたような焦ったような表情をした。


「え、ちょ、なんで君が…」


「なんとなく」


「はあ!?」


 菜乃葉の表情は変わらない。呆れたような拍子抜けしたような見ていて飽きない表情をしている。


 本当にコロコロと表情が変わる女だと思いながら悠人はまた自然と口角が上がっていた。


「おねーさんと回ったら面白そうだから」


 これは紛れもなく本心であるのだが、そう言った直後、Tシャツの袖を何者かに引っ張られた。


 隣にはいつの間にか山咲がおり、悠人を見ながら「西田くん私と回るって約束したじゃん」と言われる。そういえば何か言ってたような気がする。


「そうだっけ?」と言うと「そうだよ」と言われそのまま入り口付近に向かって引っ張られる。


 自分で歩くからとすぐさま山咲の手を振り払うと山咲は順番のプレート貰ってくるねと小走りで離れていく。すると背後から菜乃葉の声がため息混じりに聞こえてくる。


「先約いたんじゃん。自慢しにきたの?」


 その声音からは声だけで呆れた様子が窺える。悠人は「そう見える?」と菜乃葉へ笑いかけるが、菜乃葉の表情は変わる事はなかった。


 自慢などをする趣味はないし、菜乃葉とペアを組みたかった気持ちも嘘ではないのだが。悠人は安易に山咲と約束した事を少し後悔していた。


 まあ、たかが肝試し。別にペアなどどうでも良いだろう。そう言い聞かせて悠人は山咲の方へと歩を進めた。




 肝試しと言っても大したものではなく、ただ暗闇の中一本杉を歩き切るだけの散策のようなものだった。


 お化け役が潜んでいるわけでも物騒な場所なわけでもなくただ単に舞台が暗いというだけの肝試し。


 しかも無駄に十分程歩く距離なのが悠人にとっては面倒で仕方なかった。


 隣で静かに歩く山咲は特に何かを話しかけたりしてこなかった。それはそれで悠人にとっても好都合である。


 肝試しが始まってすぐ山咲の歩く速度が遅かったので自分のペースで歩き始めたのだが、山咲に止められた。


 先頭に追いつくからという理由だったのだが、追い付いたらそれはそれで抜かせば良いのではと考える悠人とは裏腹に山咲は順番だからと自分のペースに合わせてほしいと言ってきたのだ。


 悠人は面倒だったが、考えるのも億劫だったのでそのまま従う事にした。十分の辛抱だ。


 突然山咲が足を止めて「に、西田くん!」と悠人の名前を呼ぶ。悠人は何故立ち止まったのか理解できず山咲の言葉を待つ。


 仕方ないので悠人も立ち止まった。すると山咲は顔を真っ赤に染めながら「西田くんわたしっ……」とどこかで見たような光景を思い出させる台詞を出してきた。


「西田くんの事が好きです」


 悠人の方を向き目を細めながら頬を紅潮させそう言い出す山咲に悠人は口を開く。


「ごめん」

「オレは好きじゃない」


 対面で告白をされたのは初めてだったが、悠人の心は微塵も動かなかった。


 嬉しいという気持ちも一切湧かず、申し訳ないという罪悪感すら全く出てこなかった。完全に無の状態だ。


 山咲は涙を目に浮かべ「そ、そっか……」と言うとそのままごめんねの言葉と同時に走り去っていく。順番はいいのだろうか。まあ本人からしたら気まずいのだろう。


 悠人は深く考えるのをやめた。


 視線を感じたので後ろを振り返るとそこにはなぜか菜乃葉と洋一の姿があった。今の一部始終を見ていたのだろう。


「趣味わるっ」


 率直な感想を呆れながら言い放つと二人はギクッとした様子で焦る姿を見せた。


 しかし洋一が「だってここ一本道だし」と言い始めると同調して「そーよ! 隠れるとこもないし」と菜乃葉も言い訳を始める。


 悠人にとっては見られて困るものでもなかったのでそれ以上何かを言う事はしなかった。


「ま、いーや」と思うままに言葉を口にすると一番気になっていた事を言ってみる。


「ていうか、いつの間に知り合ったの?」


 この二人に接点などなかったはずだ。悠人は少しだけ洋一を羨ましく思ったがすぐにその気持ちを掻き消した。


「たまたま余り物同士会ったの」


 淡々と答える菜乃葉を見て嘘などない事を認識する。一瞬でも焦燥感に駆られた自分に羞恥心を感じた悠人はその気持ちを奥底に追いやりながら表情を崩さず「へー」と答える。


 すると菜乃葉は突然前のめりになり悠人の方へ真剣な顔を向けてきた。


「ていうか悠人くん何で断っちゃったの?」


 勿体無いと言いながら聞いてくる菜乃葉に悠人は即答する。


「だってオレ、興味ないし」


 悠人にとって好きでもないのに付き合う事はあり得なかった。なので山咲の告白を受け入れる事は絶対にない。そもそも恋人など一生要らないとさえ思っていた。数日前までは――。


「好きな人いんじゃねーの?」


 洋一がニヤッとした顔を隠さず悠人に言葉を投げてくる。正直図星をつかれた気分だ。否定したくても前のようには出来なかった。


 悠人は参ったと思いながら返答できずにいるとそれを聞いた菜乃葉が「へーそうなの?」と興味ありげに聞いてくる。


 悠人は菜乃葉の方は見ずに方向転換をすると頭をガシガシしながら「んーーー」とぼやき、呟いた。


「ないと思ったんだけどなー」


 心の中で質問の主を見る。今この場で直接彼女を見る事は出来なかった。まだ認めきれていないのと、今見てしまったら認めてしまう気がしたからだ。


「いるかもね」


 悠人はそれだけ言うと無言で歩き始めた。背後からついてくる二人分の足音が聞こえたが、悠人は止まる事はせずそのままゴール地点まで向かっていった。




第二話『キャンプ合宿』終



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